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ローレライの想い~あの子の歌声~


 僕はいつもの定位置に座りながら、あの子から手渡されたCDをぼんやりと眺めていた。


 何だか今日は彼女と語る気分じゃないな。


 いつもと変わらないあの哀しげな眼差しの彼女に視線を向けてみるけど……。


 何故だか後ろめたい気分になって思わず視線を逸らし項垂れるように手元のCDを見つめてしまう。


「あらっ、今日は元気がないわね?」


 すっかり打ち解けた学芸員のお姉さんがいつもと違う雰囲気の僕に気付いて声をかけてくれた。


 僕は正直に今の心境をお姉さんに話した。


「う~ん、そうねぇ…浮気?」


 少し悪戯っぽい笑みを浮かべて見つめてくるお姉さんに僕は堪らず立ち上がってしまった。


「な、何を言ってるんですか!?」


 手に持っていたあの子のCDを落としそうになるのを直前で受け止めながら僕はお姉さんの言葉に動揺を隠すことが出来なかった。


 おかしな話だけれど僕は図星を突かれたようで落ち着かない。何となくだけど彼女の瞳が僕をジィッと見ている気分になってしまう。


「でも、その子と話をして楽しかったんでしょ?それで、彼女の前だと罪悪感を感じる……まさに浮気した男の心境じゃない?」


 さっき話した僕の心境を要約するとお姉さんはそう分析したらしい……だけど


「…うぐっ」


 否定の言葉も思い浮かばず、僕はぐうの音も出ずにお姉さんのしてやったりな表情に項垂れる。


 スクーターのあの子と絵画の彼女、よくよく考えてみても普通なら生身の女の子が正解なんだろうけど…僕はチラリと彼女を見て直ぐに視線を逸らす。


 何だかジト目で見られてる気がした。


 項垂れる僕の姿にお姉さんは苦笑しながら僕の持っていたCDに視線を向けて少し意地悪な笑みを浮かべたんだ。


 もうね…。


 嫌な予感がヒシヒシと感じられる。


「そのCDに浮気相手の唄が入ってるんでしょ?ここで聞いてみない?」


 もう、浮気相手確定なんですね…。


 しかも、ここでって鬼ですか?


 僕の中では浮気相手と彼女が鉢合わせした気分で…って、そんな経験は無いんだけど、僕はお姉さんの言葉に何とも言えない気分になってしまう。


「何も…ここで聞かなくても」


 渋る僕にお姉さんは受付からそそくさとCDデッキを持ってきてニコニコと楽しそうな笑みを浮かべて今か今かとうきうきした様子で待っている。


 もう、逃げられそうにない…。


 僕はジト目で見ている感じのする彼女から視線を逸らしながらお姉さんにCDを手渡す。


「ふふっ、年貢の納め時ね」


 楽しそうだ…。


 実に楽しそうな笑顔を見せるお姉さん。


 もうね、鼻歌でも歌い出しそうなほど楽しげに再生ボタンに手を添えるお姉さんの姿に…僕が言えるのは一言だけだった。


「……お願いします」


 彼女に決定的証拠を突きつけられたかのような心境で僕はソファに座り項垂れながら瞳を閉じる。


「じゃあ、流すわね」


 お姉さんは躊躇なく再生ボタンを押した。


 ブゥーーンとCDが回転する音が聞こえ、微かに風の音がスピーカーから流れ始める。


「外で録音したのね…」


 お姉さんがボソリと呟く。


 しばらく風の微かな音だけが流れていて瞳を閉じて聞いていた僕は何だか聞き覚えがある気がした。


 どこでだろう…物凄く身近に感じる。


 聞いたことがあるはずなのに分からない。


 そんな焦れったいもどかしさを感じていた僕の意識に急にあの子の声が聞こえた。


 透き通るようなあの子の声が、微かに聞こえていた風の音と混じり合い自然に溶け込んでいく。


「…この歌声」


 あの子の歌声を聞いた瞬間、お姉さんが驚いた表情を浮かべた。


「どうかしたんですか?」


 その表情に尋ねてみるけれど、何か考え込むように口元に手を当てて僕の声が聞こえていないみたいだった。


 そんなお姉さんの姿を横目に僕はあの子の歌声に静かに耳を傾ける。


 最初は少し自信なさげだったけど、徐々に声のトーンが上がっていってーー気が付くと僕は。


 泣いていた。


 無意識だった。


 頬を伝う暖かな感触で初めて気付いたんだ。


「…えっ、あれ?どうして……」


 何でだか分からない。


 けど、あの子の歌声が僕の心に強く響いた。


 彼女と出逢い、あの話を聞いたときのように…。


 僕は…僕は、堪らなく哀しくなった。


「なんで…なんで、なんでーー」


 僕は無意識に呟く。


 何で…彼女の心が分かるんだろう。


 僕はいつも彼女に語りかけていた。


 彼女の涙の理由を知りたくて。


 その心を癒やしてあげたくて。


 どんなに話しかけてきたか分からない。


 それでも分からなかったのに…。


 なんでーー。


 あの子は分かったのだろうか。


 僕が知りたかったことを…あの子は知っていた。それを歌声に乗せて届けようとしていた。


 その相手が誰なのかは分からない。


 けれど、僕は確信を持って言える。


 この唄は彼女の想いだ。


 僕が知りたくて狂おしいほど欲していた彼女の想いをあの子は歌っているんだ。


 彼女の見つめる先、彼女のあの哀しげな眼差しの理由、それを知っている。


 僕はあの子にもう一度、会いたいと思った。


 そして、彼女の前で話をしたい。


 お姉さんは浮気相手なんて冗談で言っていたけど違う…彼女とあの子は同じなんだ。


 二人で一人の存在なんだ。


 だからか……。


 ようやく、僕は理解した。


 僕が何故、あの子の歌声を聞いて涙したのか…。


「…あのー」


 考え込んでいるお姉さんに声をかける。


 どうしても、お願いしたいことがあった。


「…その、ですね。この唄を「この展覧室のBGMに使わせてくれない?」BGMに……えっ?」


 お姉さんの声が僕の声と重なる。


 しかもお願いしようとしていたことを逆にお願いされて、あまりの展開に言葉を失ってしまう。


 お姉さんが僕を見てニッコリと笑う。


「…そうよね?」


 僕の頬に残る涙のあとを見て微笑むお姉さんの姿に正直に言って敵わないなと思った。


 彼女のことを一番、理解しているつもりでいたけど…そのきっかけを作ってくれたのはこの人だ。


 僕なんかよりよっぽど理解しているこの人が彼女とあの子の関係を理解できないはずがない。


「お願いします…」


 それだけで十分だ。


 きっと分かってくれる。


 僕にはそんな確信があった。


 そしてーー。


「分かったわ」


 お姉さんも笑顔で了承してくれた。


 あの子の歌声が僕の心を包み込んでくれる。彼女の声を、歌声を聞いているみたいだから。


 少しずつ、本当に少しずつだけど僕は彼女に近づけている気がする。彼女の声、彼女の瞳………彼女の想い。いつか必ず彼女のために僕がーー。


 救ってみせる、その哀しみを僕が必ず…。


          *


 あの子から逃げるように私は美術館の長い坂道を下り、いつもの海岸へとこの子と向かっていた。


 無性に海が見たかった…だけど。


 何だか心が落ち着かない。


 いつもなら楽しみで仕方ないはずの光景が色あせて見えた。澄みきった青空に日の光が反射して輝く果てなく続く青い海……それが今の私の瞳にはセピア色にしか見えない。


 いつもの場所でこの子を止めて、私はいつもと違う光景をぼんやりと眺めていた。


「…どうしたんだろ、私」


 何だかいつもと違う。


 あぁ、そうか……あの子と会ったからだ。


 私は直ぐに理解した。


 そして…後悔していた。


 あの子にCDを渡したこと…。


 あれは最初で最後の私の唄、なんで渡したんだろうかと私はあの時の気持ちを思い返してみる。


 私はあの美術館から見える海が好き。


 特に誰もいなくなった真夜中に海を眺めていると、何だか無性に懐かしさを覚えてしまう。


 その理由を知りたくて私は毎晩、あの場所で海を眺めていたわ。いつものように微かに頬を撫でる潮風と耳を澄ませば聞こえるような気がする波音、ここに居るだけで私は満足だった。


 けど…いつも、少しだけほんの少しだけ物足りなさを感じていたの。


 それを分かり合える人がいない事が私の心に小さな穴を開けていたのだと思う。


 気分を変えたくて昼間に来てみたけれど、その物足りなさを癒やしてくれる事がなかった。


 そんなとき、彼に出逢った。


 この子を眺める彼の瞳はキラキラしてて私には眩しすぎる。だから、私は警戒したの…自分が変わるのが恐かったから。


 彼が私の日常を変えてくれるかもしれない。


 淡い期待があるけれど私は……。


「…私のスクーターなんだけど」


 警戒しながら彼に声をかけたんだ。


 私は彼があたふたとする姿に少し癒やされた気がした。なんだろう、この感情…不思議な感覚。


 もう少し彼を知りたいと思った私はこの子が珍しいと言った言葉に過剰に反応してみたの。


 そしたら彼は私から視線を逸らしながら耳まで赤くなって照れていた。


 その姿が面白くて私はさらに近づいたのだけど…彼は突然、楽しそうに笑い出した。


 その笑顔はとても楽しそうで私はもっと見たいと思ったの…だって、私にはない感情だから。


 理由を聞いて私は心の中で何だかモヤモヤとした感情が湧き上がってきて少し気分が悪くなる。


 彼といると私の感情がコロコロと変わってしまって自分でもよく分からない。


 彼は私が飼い犬にすごく似てるって言った。なんだか、納得がいかない……何で犬なの?


「……ねぇ」


 私が彼を見るとさっきまで笑っていた表情が急に硬くなった気がした。何だか怒られる前の子供みたい…。


「……その子、可愛いの?」


 何を聞いてるんだろう?


 犬に嫉妬…してるみたいじゃない。


 でも、その言葉にきょとんした彼にちょっとむっとしてしまう。


「…だから、可愛いの?って聞いてるの!」


 私は不機嫌そうに聞いてしまった。


 でも、彼は「可愛い」って言った。


 何だか自分が褒められたみたいでむず痒い。


 でも……ブサかわだったら?


 私の脳裏にそんな予感が走った。


「名前は?あと……犬種は?」


 正直、名前なんてどうでもいい。


 犬種、それが気になる。


 彼が説明してくれた犬種を聞いてもピンッとこない。それより何でアメリカンでスパニッシュ?なに、ハーフ?


 そんな疑問が過ぎって私はーー。


「アメリカンなのにスパニッシュ?変なの」


 思わず口に出していたけど彼は苦笑いを浮かべてた。多分、同じようなことを言われたことがあるんだと思う。


 それから私は彼と色んな話をした。


 彼の話はよく分からない。


 だけど、楽しそうに話す彼の姿をもっと見ていたくて……私は相づちを打ちながら彼を見ていたの。


 だけど……もう時間、これ以上はダメ…。


 私は自分のスクーターへと視線を向ける。


「ふぅ~ん、この子の人生に歴史ありね」


 私はこの子を優しく撫でる。


 もう、彼には会わないだろうと思いながら…。


 私は用事があると言い訳して…本当は何も無いんだけど、彼を悲しませたくなくて……。


 私はメットを被りながら足下の鞄に視線を向けて無意識に私の唄が入ったCDを彼に手渡していたの。


 真夜中、月夜に煌めく海を眺めながらこの場所で想いを込めて歌った私の唄…。


 彼に何を言ったのかも覚えていない。


 恥ずかしかったから…。


 私のことを忘れないでほしいなんて絶対に言えない…ううん、言えるわけない。


 だって、私は……もうすぐ。


 私は彼のことを思い出してーー。


 …ズキリと心が痛んだ。多分、後悔だと思う。


 だって、一方的な私の想いが…彼に…重荷を背負わせてしまうかもしれないから……。


「……生きたい」


 景色は相変わらずセピア色で、私はそれを眺めながらポツリと呟いた。 

読んでいただきありがとうございます

(o_ _)o

今回からサブタイトルが変わりました


第二章と考えて頂けると幸いです


では、失礼いたします

(o_ _)o

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