表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/21

リリスの涙~彼女の見せる夢~





 学芸員のお姉さんは彼女を見つめたまま微笑を浮かべた。僕は顔には出さなかったけれどお姉さんの気持ちが分かる気がしたんだ。


 僕もあの時、あの涙に心を奪われた。


 だから……僕はここにいる。


「……この話はまだ先があるんですよ」


 視線を向けてきたお姉さんに僕はその先の話を知りたいと思った……いや、知らないといけないと感じたんだ。


「聞かせてもらっていいですか?」


 お姉さんを見つめると微笑を浮かべ頷く。


「ええ、もちろん」


 そして、彼女を見つめながらゆっくりとした口調で話し始めたんだ。


           *


 不思議な体験した私は残りの仕事を終わらせて休憩室でぼんやりと沸騰し始めたケトルを見つめていたの。


「…何だったんだろ」


 あの不思議な体験を思い出しながらテーブルに頬を当てるとヒンヤリとした感触が気持ち良くて私は思わず目を閉じた。


 微かに聞こえる沸騰する音が私の意識を深い眠りへと誘われて心地良い感覚が私を支配していく。


「きっと……つかれ……て……すぅーー」


 思っていた以上に疲れていたんだと思う。


 私はそのまま眠り込んでしまった。


 感覚的には数分程度だと思っていたのだけれど完全に眠ってしまってたみたい。


 ブクブク………「らららーー」。


 沸騰する音が遠ざかっていくなかで私は哀しげでどこか儚いそんな歌声を聞いたような気がしたの。


 あれは…まるであの絵の彼女が歌っているような、何故だか私にはそんな気がしたの。


 けれど、疲れ切った身体が私の意識とは裏腹に深い眠りへと意識を遠ざけていく。


「……まぁ、いいや…」


 意識が遠のいていくなかで私の耳には歌声だけが子守歌のように何時までも聞こえていた……。


 数時間後ーーー。


 私は瞼に当たる日差しの暖かさに眠りを妨げられる結果となり不機嫌な唸り声を溢しながら顔の向きを変え日差しを遮った。


「…うーん…もうちょっとだけ………んっ?」


 いつもと違う感覚に私の朦朧とした意識が徐々に目覚めていくなかでふと、今いる場所がどこなのか考えた。


 私、どこにいるんだっけ……?。


 朧気な記憶を手繰り寄せて辿り着いた最後の記憶に私は……ハッと瞳を見開き、勢いよく壁の時計に瞳を向けた……8時だった。


 もちろん、日付の変わった朝のだ。


 今日は休館日じゃない……。


 焦った自分に苦笑しながら微睡みにウトウトと意識を委ねようとして……何かを忘れている気がした。


 私、何で……こんな場所で眠る羽目になったんだっけ?たしか、館長に言われた仕事を…あっ!?


 一気に目が覚め顔を上げる。


 そして私は館内でザワザワと聞こえてくる人の気配に青ざめた表情で飛び起きたの。


「わっ、わっ、寝過ごしたぁ~!?」


 慌てて鏡の前で寝癖だらけの髪を手ぐしで解す。俯せで寝ていたから片頬が少し赤くなっているけど気になどしてる暇はない。


 戸締まりをして保管庫に行ったから多分、館長に連絡して鍵を開けてもらったんだと思う。


 ……って事は?


 休憩室の扉を開き、早足で駆け抜けていく。


 メインフロアに近付くにつれ人の声がハッキリと聞こえて私はさらに焦りが増していく。


 メインフロアへと続く目の前の扉の前で立ち止まった私は膝に手を当て大きく何度も深呼吸して早足で乱れた呼吸を整える。


「…よしっ」


 覚悟を決めて扉を開いたの。


 その瞬間ーー。


「おぉーい、もう少し右に寄せて!」


 展示品を紹介する看板の位置を離れた位置から見ながら合わせる専門会社の社長が仁王立ちで声を上げていた。


「こっちの作品は?」


 他のスタッフが保管倉庫から持ってきた展示品を重たそうに持ちながら社長に聞いてくる。


「知るかぁ~、嬢ちゃんがレイアウトの資料を持ってんだろ?そういえば、嬢ちゃんはどこだぁ~?」


 周囲を見渡す社長に気付かれないように私はそぉ~っと扉を閉めようとしてーーーー。


「…こらっ」


 目敏く私を見つけた社長が頬を引き攣らせながら扉に手をかけて私を見下ろしていた。


「あっ、あはは、社長おはようございます」


 私は乾いた笑いで社長を見上げる。


 そしてーー。


 私が閉めようとしていた扉を無理やり開いてゴツゴツした掌を私の前に差し出してきたの。


「…はいっ?」


 意味が分からず呆ける私に社長の頬の引き攣り方が最高潮に達している……あっ、マジなやつだわ。


「えっと、えっとーー」


 冷や汗を流しながら必死に考える私に社長は額に手を当てて呆れた表情と共に盛大に溜息をついた。


「レイアウトの資料、嬢ちゃんが持ってんだろ?」


 そう言われて私はハッとする。


「す、直ぐに持ってきます!」


 私はクルリと向きを変え来た道を今度は全力疾走で戻っていく。確か、休憩室にあるはず…。


 バンッ。


「あったぁ~、良かったぁ!」


 勢いよく扉を開き忙しなく周囲を見渡し、テーブルに散乱した書類の束に安堵の溜息が漏れる。


 それバタバタと掻き集めて胸に抱き寄せると踵を返して社長達のいるメインフロアへと駆けだしていったの。


「ぜぇ、ぜぇ、はぁ、はぁ……こ、これがレイアウトの資料です。お待たせしました」


 肩で息をしながら頭を下げて社長に手渡す。


「……あぁー、嬢ちゃん?」


「はいっ?」


 呼ばれて私は顔を上げると少し困った表情を浮かべる社長にもしかして間違った?と不安になる。


「疲れてたんだろうけど……さぁ」


 社長が私の持ってきたレイアウトの資料を見せてくる。あぁ……涎でクシャクシャだわ。


「ひゃ、ひゅいません!」


 勢いよく頭を下げて謝ろうとした私は盛大に噛んでしまい俯いた顔が真っ赤に染まっていく。


「あぁ、まぁ大体分かるからいいんだけど……」


 何とも言えない表情でポリポリと頬を掻く社長に周囲にいた若いスタッフの一人が茶々を入れる。


「社長、さいてぇ~」


 その言葉に社長は振り返ると資料を若いスタッフに投げつけながら芝居じみた怒鳴り声を出す。 


「うるせぇ、ばっきゃろー!ほれ、お前らはこれ見てとっとと仕事しやがれ」


 あまり本気に取れない口調に周囲にいたスタッフの人たちも笑いながら作業へと戻っていく。


「あ、あのぉ……」


 おずおずと社長に声をかけようとした。


 けど……。


「若い子をあまり苛めないでもらえないかね」


 私の背後で聞き慣れた声が聞こえたの。


 その声に社長は苦笑いで振り返る。


「ははっ、苛めてるつもりはないんですけどねぇ。一応は予定通りの時間には終わりそうですよ」


 そんな会話を聞きながら後ろを振り返ると思っていた通りの人物、温和な表情を浮かべる館長が立っていたの。


「昨夜は遅くまで頑張ってくれたみたいでありがとうね。あぁ、そうそう今度の展示会のことで相談があるので後で受付ロビーへと来てもらえる?」


「はい?わかりました」


 なんだろう?と小首を傾げて頷く私に館長は微笑を浮かべて作業をしているスタッフの人たちに近づいて行きながら、一人一人に声をかけていく。


「嬢ちゃんとこの館長さんは相も変わらず温和な人だね。本当に昔から変わらない気さくな人だ」


「他の美術館の館長さんは違うんですか?」


 私にとっては当たり前のことなので不思議に思わなかったのだけれど他の美術館の館長は違うのかしら?


「う~ん、そうだなぁ。他の美術館の館長はもっと横柄っていうか俺たちみたいな人間にあんなに気さくには声をかけてはくれないかな」


 社長の説明に私はふぅーんと気のない返事をする私に社長は苦笑いで私を見る。


「…嬢ちゃんが聞いてきたんだろうが?」


「えっ、あはは…あっ、そうだ館長から呼ばれてるんだった。それじゃあ、私いきますね」


「はいよ」


 軽く手を振る私に社長も苦笑気味に手を振る。


 私は忙しなく作業進める社長達に挨拶を交わしながら館長から言われた受付ロビーへと歩いていくと館長は受付近くにある小部屋で待っていたの。


「館長、来ました」


 私の声に振り返る館長は振り返って微笑み。


「あぁ、ありがとうね」


 その言葉に内心でホッとした。


 もしかしたら怒られると思っていたから。


「相談ってなんですか?」


 私の質問に館長は小部屋を指差した。


「ここなんですが…」


 この場所はこの美術館の言わばデッドスペース、使用用途のない部屋なの。


 展示品を飾るにしては狭すぎるし物置に使うには広すぎる、中途半端なスペースだから今までお客さんの休憩所としてソファとかを置いているんだけど……そのお客さんが…ねぇ。


 実際に休憩している姿なんて見たことがないのが実情だったりする。


「この場所のレイアウトをやってみませんか?」


 ニッコリと微笑みを浮かべる館長の言葉に私は小部屋を見つめながらしばらく考え込んだの。


「休憩室としてですか?」


 正直、ソファとローテーブルぐらいしかなくていつも殺風景だなとは思っていたの。


「用途は任せますよ…休憩室でも、小さな展示会場でも貴方がこの美術館に適していると思える場所を作ってみませんか?」


 私にとって、すごく魅力的な提案だった。


 この美術館に勤め始めて一つだけやらせてもらえない仕事があった。それは展示品のレイアウトの作成、これだけは館長が自らやっていたの。


 でも、館長のレイアウトはいつも見る人の五感に訴えてくる配置でとても勉強になる。


 その館長のお誘い、知らず知らずのうちに鼓動が早まっていくのがハッキリと分かる。


 ドクンッ、ドクンッーー。


 耳に届く私自身の心音にさらに胸が高鳴る。


「やります。いえ、やらせてください!」


 微笑む館長に私は頭を下げてお願いする。


「わかりました。ただし、今日中に構成表を持ってきてください。社長さん達と打ち合わせをしたいですから」


 館長の言葉に私は驚いた。だって、てっきり私一人で準備をするものだと思ってたから。


「…えっ、手伝ってもらえるんですか?」


 思わず聞き返してしまった。


「ええ、勿論ですよ。すばらしいアイデアを期待して待っていますからね」


「はいっ!頑張ります!」


 私は大きな声でお礼を言うと早速、スマホを取り出して部屋の写真を色んな角度から撮り始める。


 頭の中で色んな構想が浮かび整理しきれないくらいにあふれかえり始めている。けれど、私のなかで一つだけ確定していることがあった。


 それは、この部屋にあの絵を飾ること。


 館長から任された時点で決めていたの。

読んでいただきありがとうございます

(o_ _)o

この作品は5月までに完結する予定となっております


短い期間ですが宜しくお願いいたします


では、失礼いたします

(o_ _)o

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ