テレテレ村のお話
テレテレ村では、一年中晴れの日が続く。一年まるまる晴らしてもまだ晴れが余っているので、他の町や村に売ったりもしているらしい。
りん子はいつまでも続く雨にうんざりしていた。テレテレ村へ行って、晴れが安く売っていたら買うことにした。
私鉄を乗り継ぎ、窓の外に緑の丘や畑が見えるようになってきたところで、小さな赤いバスに乗り換える。曲がりくねった道を行き、松の木の下で降りるとそこはもうテレテレ村の入り口だ。
「えっ、本当にここなの?」
「はい、テレテレ村でございます」
運転手は表情ひとつ変えずに言い、りん子は降ろされてしまった。バスはそそくさと逃げるように走っていき、あとに残ったのはどんよりと暗い空と汚れた建物の群れだった。
「おかしいわ。聞いてたのと違うじゃない」
ぼろぼろのアーチをくぐって村に入ると、中はさらにひどい。道にはゴミが散乱していて、息を吸うと喉がざらざらする。立ち並ぶ家はどれも屋根や塀が壊れ、庭の草は伸び放題だ。
「自分の家の手入れもしないなんて、ものぐさな人たちね」
わざと大きな声で言ってみたが、怒って出てくる人はいない。そういえば村に入ってから、住人を一人も見かけていない。
「誰かいないの?」
しばらく歩くと商店街があった。商店街といっても、肉屋と魚屋と八百屋が並んでいるだけで、売り物もほとんどない。
歩いているうちに、ようやく買い物客がやってきた。古びたかごを持った年配の女性だ。こんにちは、とりん子は声をかけたが、上の空で通り過ぎていってしまった。
「ねえ、ここはテレテレ村でしょ。晴れはどこで買えるの?」
肉屋の主人に聞いても、ぼんやりと座ったまま何も答えない。目を開けたまま寝ているようだ。
「もう! こんなところで買い物なんてできないわ」
「だったら大人しく帰るんだな!」
振り向くと、黒いシャツにジーンズを着た少年が立っていた。暗い空を切り取ったように、少年の周りだけが殊更に黒かった。あまりの空気の濃さに、りん子はむせ返った。
「俺は闇の支配者だ。この村の晴れは全て俺が買い占めた」
「なんですって。どうしてそんなことを」
「もう雨にはうんざりだからだ」
なんて身勝手な、と言いかけ、自分も同じ理由でこの村に来たことを思い出した。
「とにかく買い占めはだめよ。村の人たちが困るじゃない」
闇の支配者は登山用のリュックを背負い、さらに買い物袋を二つ提げている。晴れをぎっしり詰めてきたのだろう。
「それ、全部でいくらしたの」
「晴れ一日ぶんにつき、ホットケーキ二つだ」
「意外と面倒ね」
闇の支配者は十個焼いたところで嫌気がさし、代わりに歌で支払ったという。脅された店員の様子が目に浮かび、りん子は気の毒になった。
「歌で支払うって、どうやるのよ」
「俺を誰だと思ってる。持ち歌は無限にあるぜ」
闇の支配者は胸を張り、大きく息を吸った。暗い空気が集まり、細い体を包み込む。
奪え 太陽
襲え 絶え間なく
この宇宙の全てを
焼き尽くせ 鉄砲玉
幼い外見に似合わず、深みと迫力のある歌声だ。りん子が感心して聴いていると、気を良くしてさらに歌い続けた。
取り戻せない光
消えないせつなさ
全て 全て 埋めてあげましょう
優しく潰すように
りん子は素早くしゃがみ、買い物袋の口をほどいた。音を立てないように慎重に、結び目をといて開ける。すると、中から金色の光が溢れ出した。あまりの勢いに、りん子は尻餅をついてしまった。
光は火の玉のように宙へ上り、広がっていく。ひとすじごとに辺りが暖かく、明るくなっていった。
りん子はもう片方の袋も開け、後ろへ回ってリュックの蓋も開けた。闇の支配者はなぜか抵抗せず、歌い続けている。
「晴れって、こんなに明るいものなのね」
塗り変わっていく空を見て、りん子はため息混じりに言った。まるで花が咲いては散っていくように、残像が点滅する。
やがて光は空から溢れ、流れ出した。テレテレ村の外まで晴れが広がったのだ。
「ねえ見て! すごいわよ、ねえってば!」
肩を揺さぶっても、闇の支配者は歌い続けていた。存分に間をとって、最後の一節まで歌い切ると、ざわざわと全身から鳥が飛び立っていくように、まとうオーラが消えた。
「おい、何てことしやがるんだ!」
「今ごろ何言ってるのよ。止めようと思えばいつでも止められたでしょ」
「歌の途中だっただろうが!」
りん子は呆れた。歌に対してはどこまでも忠実らしい。その根性を世のため人のために活かせないものかしら、と思う。
「ほら、世界中に晴れが広がっていくわ。思い通りになったじゃない」
「行ったこともねえ町や村なんかどうでもいいんだよ。俺だけでいいんだよ!」
闇の支配者はそう言ったが、顔はそれほど怒っていなかった。さんざん歌ってすっきりしたのか、こんな一面の青空の下で怒る気にもなれないのか、空のリュックにビニール袋を詰めて背負った。
テレテレ村の住人たちも、青空を見に外へ出てきた。綺麗だねえ、やっぱり晴れはいいねえ、と言い合っている。肉屋と魚屋と八百屋の主人も店から出てきて、太陽を浴びて伸びをする。気づかなかったが、少し離れたところにもう一つ店がある。そのシャッターが開き、白い髭を生やした老人が金色の粉をこね始めるのが見えた。
「あれが晴れ屋さんね」
きっと、晴れていないと新しい晴れを作ることができないのだ。りん子は近づいていき、老人に声をかけた。
「素敵なお仕事ね。これからも頑張ってね」
しかし老人は耳が遠いのか、答えずに粉をこね続けている。
りん子は八百屋の主人のところへ行き、晴れて良かったわね、と言った。
「ねえ、梨がほしいんだけど、どれが美味しいかしら」
八百屋の主人は空を見上げたまま何も言わない。とろんとした目で、飛んでいく雁の群れの数を数えているようだ。
住人たちは青空を見て満足したようで、のそのそと家に戻っていった。屋根や塀は壊れたまま、庭の手入れもせず、道の掃除もせず、全て放ったらかしだ。
辺りは相変わらずゴミだらけで、息を吸うと喉から胸までが苦しい。太陽の光を、空き缶やお菓子の袋が照り返している。
闇の支配者の笑い声が高らかに響いた。
「ほれ見ろ。ここの奴らは最初からバカでものぐさなんだよ! 晴れてたってどうだって関係ねえんだ」
りん子は愕然として、眠そうな店主たちや活気のない家々を見た。晴れ屋の主人だけが、一応休みなく働いている。
「こんな小汚い村、さっさとおさらばしようぜ」
「小汚い少年のくせによく言うわ」
「いやー、これよこれ。この晴れがいいんだ。サイコーだねえ」
闇の支配者は晴れた空の下、バスを待たずに走っていった。明るい道に黒紫の残像がなびき、やがて消えた。
「元気ね。少しはここの住人に分けてあげたらいいのに」
りん子は日傘を広げ、バス停へ向かって歩いていった。