エピソード 2ー1 ~異世界で死に、精霊へと転生した少女~
夕焼けに照らされ、金色へと染まりゆく丘の上。俺はこれからのことについて考えていた。
俺が異世界にやってきたのは、四年前に連れ去られた咲夜を救い出すため。だけど……その咲夜は流行病で亡くなっていた。
本来であれば、その時点で俺は目的を失ったはずだ。だけど不幸中の幸い……と言って良いのかどうか、咲夜はこの異世界で精霊に転生している可能性が高いらしい。
転生しても全てを引き継ぐとは限らないそうだから、咲夜から生まれた別人である可能性も否定できないんだけど……それは探してみないと分からない。
だから咲夜の生まれ代わりを探すことにしたんだけど、問題はどこを探すかと言うこと。
「咲夜はウィラント伯爵領で生活してたんだよな?」
「うん。二年ほど前に亡くなるまで、伯爵家のお屋敷で暮らしていたよ」
「お屋敷……当時はその、どんな感じだったんだ?」
「そうだねぇ。知識が目的で連れてこられたから、逃げないように監視はされていたけど、ある程度の自由はあったよ」
「じゃあ……その、幸せ……だったのか?」
「大事にはされていたと思う。でも咲夜の願いは、一希と再会することだったから……」
「そう、か……」
咲夜が俺との再会を願ってくれていたことは嬉しいけど……咲夜は願いを叶えることなく死んでいったと言うことでもある。ちょっと複雑な気分だ。
けど、今その話はおいておく。
重要なのは、咲夜の生まれ変わりがいるとして、一体どこにいるかと言うこと。
カティアの言っていた咲夜の願いが事実で、その記憶が引き継がれているのなら、咲夜は日本に帰ろうとするはずだ。だけど……精霊は魔力素子が必要で、地球では生存できない。
それに、ウィラント伯爵が咲夜の持つ異世界の知識を当てにしていたのなら、今も保護されているかもしれない。
そして、記憶が引き継がれていない場合。特にその地を離れる必要がない。だからやっぱり、ウィラント伯爵領にとどまっている可能性は高い気がする。
「まずは、咲夜が暮らしていたウィラント伯爵領に言ってみるべきかなぁ」
「……やっぱり、そう言う結論になるよね」
「なにか問題があるのか?」
俺はこの世界のことをまだよく分かってない。だから俺が想像もしてないような問題があるのかもしれない。そう思って不安になる。
「問題というか……ウィラント伯爵は異世界の知識を求めてる。そしてさっき、一希に調査隊の人間が接触してきたんだよね?」
「……俺は狙われてるってことか」
咲夜が彼らのもとにいて、その生活に満足してるのなら、彼らに連れて行かれてもかまわないと思う。けど、咲夜が彼らのもとにいなかったら困るし、咲夜がいても逃げ出したいと思っていたら助けられなくなる。
接触するにしても、咲夜を見つけだしてからになる。なかなかやっかいそうだ。
「うぅん。分かった、一希がウィラント伯爵領に行くつもりなら、私もついて行くよ」
「カティアも? それは頼もしいけど……リスティスはどうするつもりだ? 一緒に連れて行くつもりなのか?」
「うぅん。一希が狙われる可能性を考えたら、リスティスは連れて行けないよ」
「まぁ……そうだよな。でも、置いていくのだって危険だろ?」
リスティスは日本で言えば小学生くらいの女の子。一人暮らしをさせるなんてありえない。
「ウィラント伯爵領って言ったけど、咲夜が暮らしていたラングの街は、ここから半日で行けるんだよね」
「そうなると……向こうで数日調べ物をしたとしても、帰ってくるのに一週間くらいか」
「うん。だからそれくらいなら、預けるあてがあるんだよね」
「……当てって?」
「ここに来るときに会った女性がいたでしょ?」
「あぁ。えっと……ミリアとか言うお姉さん?」
「そうそう。あの人にお願いできたら安心かなって」
「安心かなって、そんな簡単に……いや、待て」
そう言えば、ミリアさんはカティアの剣を見て、大切に使ってくれているとか、感慨深そうに言っていた。だとしたら……
「リスティスの親戚とか、なのか?」
「親戚というか……お母さん、かな」
「お母さんって、リスティスの両親は死んでるんだろ――って、まさか!?」
「そう。ミリアさんは、リスティスのお母さんの生まれ変わりだよ」
「そう言う、ことか……」
リスティスのお母さんは亡くなった。亡くなって……精霊に生まれ変わった。
だけど……リスティスは、カティアと一緒に暮らしている。お母さんの生まれ変わりとは一緒に暮らしていない。それはつまり……
「リスティスは、ミリアさんをお母さんと認めていない?」
「……私達が住んでいるあのお家は、リスティスの家族が暮らしていたお家なの」
カティアは、俺の問いには答えなかった。だけど、リスティスの家族が暮らしていた家に、母親の生まれ変わりがいない。つまりは、そういうことなのだろう。
「ミリアさんは、見た目や記憶を引き継いでいないのか?」
「うぅん。ミリアさんは完璧に記憶を引き継いでいるし、見た目だってそっくりだよ」
「そう、なんだ……」
記憶も見た目もそっくりの生まれ変わり。それはつまり、本人と同一のはずだ。そう思っていたから、リスティスの出した結論は、俺にとって衝撃だった。
「……リスティスは、どうして」
「どうして、かなぁ……。もしかしたら、リスティスのお母さんはリスティスを庇って、目の前で死んじゃったから。なにか思うところがあるのかもしれないね」
「そっかぁ……それはたしかに複雑だな」
「うん。だけどミリアさんは間違いなく、リスティスのことを大切に思ってる。だからは私は、二人に仲良くしてもらいたいって思ってるんだよね」
「そう、か……」
生まれ変わった精霊が、もとの人間と同一人物と言えるか否か。それは観測者によって変わると言ったけど、その観測者の中には精霊本人も含まれる。カティアに言われるまで気づかなかったけど、考えてみれば当たり前のことだ。
精霊自身が生まれ変わった本人と認識していて、だけど愛情を向ける相手からは本人として見てもらえない。それはきっと、凄く悲しいことだろう。
「そういう訳だから、二人の仲を取り持つまで待ってくれたら嬉しいな。そうしたら、私も一緒について行けるから」
「えっと……そうだな。カティアを連れて行くかどうかは別としても、旅立つのをもう少し後にするのはかまわない――と言うか、もう少し置いてくれると嬉しいかな」
まだゼフィリア語は片言で、カティアに養ってもらっている。この世界の常識についても知らないことも多いし、一人でウィラント伯爵領に行くとしても、今の状態では不可能だろう。
なにより、さっきはウィラント伯爵領が怪しいと言ったけど、ほかに気になることもある。今はまだ混乱していて上手く考えられないけど……まずは、それを確認したい。
そもそも、散々世話になったカティアに、なんの恩返しも出来ていないって言うのもあるし、俺はもう少しだけ、カティアのもとで生活しようと思う。
でも、今度はただお世話になるだけじゃない。カティアに恩返しをするためにも、旅をするためにも先立つものは必要――という訳で、俺はまず働くことにした。
「この世界で俺にも働けそうな仕事って、どんなのがあるかな?」
翌朝、俺はさっそくカティアに相談したのだけど……
「え、生活費なら私が稼ぐから、一希は家でゴロゴロしてて良いよ?」
返ってきたのは、男をダメにしそうなセリフだった。
「ええっと……気持ちは嬉しいけど、そういう訳にはいかないだろ」
「え、私はかまわないよ?」
「俺がかまうのっ!」
左右で光彩の異なる瞳が、不思議そうに俺を見る。この子、無自覚だ。無自覚で男をダメにする、ダメ男製造機だ。
「ん~っと、もしかして欲しいものがあるの? 言ってくれればお金を渡すよ?」
「俺の欲しいものは、お金じゃなくて仕事なのっ」
いや、それだとなんか、ブラックに精神を侵された社員みたいだけど。カティアからもらったお金では、カティアに恩返しが出来ない。
「うぅん……お仕事、ねぇ」
「うんうん、なにかないか?」
「じゃあ……私の話し相手とか? あ、側にいて時々魔力をくれるだけでも良いよ」
「だーかーらーっ。そう言うのじゃなくて、普通のバイトみたいなのはないのか?」
「そうは言っても、この世界には精霊が存在するから、一希の思い描くようなバイトってあんまりないんだよね。あったとしても、既に誰かが雇われてるし」
「ふむぅ。冒険者はダメなのか? カティアって、冒険者ギルドに所属してて、見回りとかのお仕事をしてるんだよな……って、なんだよ?」
なんか、物凄く嫌そうな顔で見られてしまった。
「分かってるの? 見回りってことは、敵がいるってことだよ?」
「それは、泥棒とか、そう言うの?」
「そっちは兵士のお仕事。私達が見回りをしているのは、森とかの見回り。人里にガルムが出てこないように見回るの」
「うぐ……」
ガルムというと、俺が殺されかけたあの大型のオオカミもどきである。
一体と真正面から戦うならともかく、あんな群れがいつ襲ってくるか分からない森の見回りはきつい。常識的に考えて、首を突っ込むべきではない領分だろう。
だけど――
「剣を買ってくれたのは、俺が戦えるようにするため、だろ?」
「そうだけど、そうじゃないよ。私が一希に剣をあげたのは、本当にどうしようもなくなったときに、自分を護れるようにするため、だよ」
俺を危険な目に遭わせたくないと思ってくれているのだろう。カティアの整った顔は憂いに満ちている。だから申し訳ないとは思う。思うけど、
「今がそのときだ」
俺にも譲れないモノがあるからと、自らの意思を口にした。
「カティアが心配してくれるのは嬉しいよ。でも、俺はこの世界で咲夜の生まれ変わりを探さなくちゃいけない。だから、危険だからって逃げる訳にはいかないんだ」
「それは……でも、本当に危険なんだよ?」
「分かってるつもりだ。だから必要だって言うなら、剣術の稽古から初めても良い。だけど、危ないからって、引きこもる訳にはいかないんだ」
無理だからと諦めるのではなく、無理ではなくなるように努力すると言うこと。平和な日本で暮らしていた甘ちゃんがって思われるかも知れないけど、一応の勝算はある。
この世界に存在する魔力素子による身体能力上昇は、この世界の住人みんなが持っているので利点にはならないけど、カティアとの契約による身体能力の上昇は特別なもの。さすがに俺つえぇ的な無双は出来ないと思うけど、生活費を稼ぐくらいはなんとかなるはずだ。
まあ……それもカティアの恩恵を捧げてもらった結果だから、自分の力でと言うと少し後ろめたいんだけど……養われている現状よりはマシだろう。
「うぅぅぅん。どうしてそんなに自分で稼げるようになりたいの?」
「咲夜を探すのにもお金は必要だし、カティアにも恩返しをしたい。だから、自分で稼げるようになりたいんだ」
「……ずるいよ。そんな風に言われたら、手伝うしかないじゃない」
カティアは照れくさそうな、それでいて悲しげな、複雑な表情を浮かべて眉を落とす。
働きたいって言ってるだけなのに、なんだか俺が悪いことをしているみたいだ。いや、実際カティアを困らせている以上、悪いことなのかもだけどさ。
「ごめんな。でも、どうしても必要なことなんだ」
「……分かった。そこまで言うのなら、協力してあげる」
「ホントかっ!?」
「うん。一希が一人前の冒険者になれるよう、協力してあげる。だから、当分は私のお手伝い。一人では絶対に無茶をしないこと」
「え、でもそれは……」
「忘れたの? 一希は狙われてるかもしれないんだよ? それに、油断してたら、ガルムに食い殺されちゃうんだからね?」
「……分かった、カティアに従うよ」
「絶対だよ、約束だからね?」
「お、おう」
そんな風に念押しされると、フラグになりそうな気がするなぁ、なんて思いながら頷いた。