エピソード 1ー5 精霊の性質
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街の案内は午後からと言うことで、午前中はリスティスにこの国の言葉を教えてもらいながら過ごした。そうして午後になり、カティアと街へ出かける準備を始める。
俺がこの世界に転移したときに着ていた私服は目立ちすぎると言うことで、身に付けるのはカティアが用意してくれた平民の普段着。
シンプルな作りで、着心地が良いとは言えないけれど、カティア達の着ている服と比べて見劣りはしていないので、この世界の紡織や裁縫の技術が低いのだろう。
と言うか、命を救ってもらったばかりか、この国の言語を教えてもらいながら、家でひたすら養ってもらっている現状。服まで買ってもらって……ホント、カティアには感謝しかない。
この世界に来た目的は、咲夜に罪滅ぼしをするため。その想いは変わらないけど、可能ならカティアにも恩返しをしたいな――なんて考えながら出かける準備は完了。
俺は外開きの扉を開けて家の外へ。そこには既にカティアが待っていた。
いつもの普段着や冒険者風の服装ではなく、ちょっとオシャレな村娘風の服装。シンプルなデザインが、カティア本人の素材の良さを引き立てていて……想像以上に可愛い。
「……一希?」
「いや、なんでもない。もしかして待たせたか?」
「うぅん、大丈夫だよ。それより、ホントにもう出歩いても平気?」
「歩く分には問題ないよ。それに、もし辛くなったらちゃんと言うから」
「分かった。それじゃ、まずは鍛冶屋さんからね」
カティアがそう言って歩き始めたので、俺は慌ててその隣に並んだ。
「えへへ」
なにが楽しいのか、カティアは上機嫌だ。俺の隣で銀色の髪を揺らしながら歩いている。そんな幸せそうな横顔を見ていると、カティアが精霊だってことを忘れそうになる。
日本人と比べても、相違点は銀髪とルビーのように紅い左目くらい。後は普通の……可愛すぎる部分を除けば、ごくごく普通の女の子にしか見えない。
「……一希、どうしたの?」
俺の視線に気づいたのだろう。カティアがこちらを見て小首をかしげる。
「やっぱり普通の女の子にしか見えないなぁって」
「あはは、なんとなく分かるよ。一希にとっての精霊のイメージって、羽が生えてたり、半透明だったりするんでしょ?」
「そうそう、そんな感じだ」
俺にとって――と言うか、異世界から来た人間にとってという意味なんだろう。
その情報源はどう考えても異世界の住人。咲夜を知っているのだから、当然咲夜から聞いたのだろう。そう考えると、カティアと咲夜は相当親しい関係だと思う。
そのあたりが非常に気になるけど……今日、咲夜のことを教えてくれるって話だし、カティアから話してくれるまでは我慢しよう。
という訳で、精霊についての質問を続ける。
「それで、実際のところはなにが違うんだ?」
「そうだね。それを説明するには、まずは誤解を解くところから、かな」
「誤解?」
「うん。一希は精霊と人間はそっくりだって思ってるみたいだけど、それは誤解だよ」
「え、でも……カティアは人間そっくりだよな?」
「それは、私が人型の精霊だから、だよ」
「人型の精霊? と言うことは、人型じゃない精霊もいると言うことか?」
「むしろ人型じゃない精霊の方が多いよ。精霊って言うのは、変質した生物の総称だから」
「変質した……生物?」
「簡単に言うと、大気中にある魔力素子を糧として魔術を扱えるのが精霊だね」
「魔術……あれか」
俺はこの世界に来て最初に出会った少女を思い出す。あの少女が俺を救うために放った光の矢。あれが多分、魔術だったのだろう。
「……って、あれ? 魔術を扱えるのが精霊ってことは、人間には扱えないのか?」
「残念ながら、純粋な人間には魔力を操れないんだよね」
「そう、なのか……」
せっかく異世界に来たんだから、魔術を使ってみたいとか思ったんだけど……そうか、無理なのか。ちょっと残念だ。
「誤解してると思うから注釈するけど、人間は魔術を使えない代わりに、魔力素子を生成して、魔力に変換する能力が備わっているんだよ」
「……ん?」
一部理解できない言葉があったけど、カティアはそれに対して日本語で注釈してくれた。
それによると、魔力素子とは大気中に漂っているエネルギーのようなもので、それを生成したものが魔力と呼ばれるらしい……って、人間は魔力を作れる?
「魔力を精製できるのに、魔術は使えないのか?」
「魔力素子を魔力に変換する才能と、魔術を扱う才能は別なんだよね。そして、魔力を生み出せる能力を持っているのが人間で、魔術を扱う才能を持っているのが精霊なの。だから、人間には魔術が使えないんだよね」
「……ええっと。それだと、精霊も魔術が使えないことにならないか?」
「精霊は自分で魔力を生成できないだけで、取り込むことは可能だから、魔術を使うことが出来るんだよ。でも、一番魔術を上手く扱えるのは、精霊と人間の混血だね」
「あぁ……なるほど」
精霊はなんらかの手段で取り込んだ魔力を糧に魔術を行使できて、人間と精霊の両方の性質を持つ混血は自分で生み出した魔力で魔術を使える。
だけど、魔力を生み出すことしか出来ない人間は、魔術を使うことが出来ない、と。
「宝の持ち腐れだな。ちょっと残念だ」
「うぅん。人間は魔力を操れないけど、魔力を体内に宿していると、身体能力が上昇するから、宝の持ち腐れって訳じゃないんだよ。身に覚え、ないかな?」
「身体能力? ……あぁ、そう言えば」
森で追っ手から逃げていたとき、身体が軽く感じたのはそういう理由か……って、あれ?
「異世界から来た俺にも、魔力を生成する機能があるってこと?」
「そうだよ。そしてこっちの世界に来て身体能力が上がったってことは、一希の住んでいた世界には魔力素子がないってことになるね」
「……なるほど」
だからこっちの世界に来たときに、無意識下で魔力が生成されて、身体能力が上がった訳か。追っ手から逃げてたときに抱いた違和感の正体が分かった。
そして、いまはそれに加えて、カティアとの契約で更に身体能力が上がってる、と。どうりでとんでもない速度で傷が治る訳である。
脇腹を食いちぎられたのに、一ヶ月でほとんど治っちゃったもんなぁ。少し違和感があるだけで、傷跡すら残ってないし。
「それとね、精製された魔力の使い道はもう一つあるんだよ」
「もう一つ? 頑張れば魔術が使えるとか?」
「それは無理だけどね。自分で使えないなら、使える人に譲渡しちゃえば良いんだよ」
「……譲渡ってどうやって?」
「一希と私がしてるような契約だね。それによってアストラルサイドにパスが繋がって、私に魔力が流れ込んでくるんだよ」
「なんか、また分からない言葉が出てきたぞ」
知らない単語を含めて日本語で説明してもらうけど、いまいち理解できなかった。
なんでも、この世界は俺のいた地球より一つ上の、四次元空間だと認識されているらしい。
つまりは、線しか存在しない一次元に、もう一つ線が加わり二次元に。それを立体にしたのが、地球のある三次元の世界。そしてこの世界はそれに加え、平行に並ぶアストラルサイドと呼ばれる空間が存在している四次元空間。
魔力素子なんかはその空間に存在しているらしい。でもってパスを繋ぐというのは、アストラルサイドにて、俺とカティアのあいだに魔力供給ラインを確立すること。
「魔力供給って……あぁっ!? カティアがやたらと俺にくっついてくるのって、もしかして、それが理由なのか?」
「……え? あ、う、うん。実はそうなんだぁ。あはは……」
なんか笑いがぎこちないけど、魔力目当てなのがバレて焦ってるんだろう。
どうして出会っていきなり好感度マックスなんだろうって疑問だったけど、ご飯が目当てだったから、なんだな。ちょっと残念……いや、なんでもない。
「ちなみに、他にも相違点ってあるのか?」
「いくつかあるよ。特に明確な違いは、精霊には生まれる手段が二種類あるってこと」
「……二、二種類?」
まさか、分裂したり――って、さすがにそれはないか。
「えっとね。一つは普通に、両親から生まれるパターン。そしてもう一つは……」
「……もう一つは?」
「話すと長くなるから後でね」
「え、そこでやめられると気になるんだけど……」
「あはは、ごめんね。でも、その説明は後にした方が分かりやすいと思う。それにほら、そっちの説明ばっかりしてたら、街の案内が出来ないでしょ」
どうして後にした方が分かりやすいのかは理解できなかったけど、街の案内はその通りだ。いつのまにか、周辺の建物が増えてきている。どうやら街の中心付近に着いたらしい。
精霊の話は後回しにして、俺は周囲を見回す。立ち並ぶ建築物の大半が、石造りか木造の家屋。中世のヨーロッパのような町並みがそこにはあった。
ちなみに中世のヨーロッパのような町並みと言ったけど、この世界には魔術的なものが存在していて、カティアの家は上下水道なんかも整っていた。
だからだろう。踏み固められたあぜ道は思った以上に衛生的だ。
「ちなみに、この街はどれくらいの規模なんだ?」
「えっとね……人口は数千人くらいかな。でも王都の人口は数万くらいって話だから……そこまで小さな街じゃないと思うよ」
ふむふむ。王都が数万なら、国の総人口は数十万ってところかな? どれくらい土地の広さがあるのか知らないけど、咲夜を探すには規模が小さい方がありがたいな。
なんてことを考えながら、俺はカティアと並んで街のあぜ道を歩く。そうしてほどなく、いわゆる職人工房通りへとやってきた。
周囲には十件くらいの工房が建ち並んでいる。
「――あら、カティアちゃんじゃない」
不意に響いた声に振り返ると、買い物袋を抱えたお姉さんがいた。
二十代半ばくらいだろうか? ブラウンの髪と瞳の持ち主で、リスティスと同じような魅力的なイヌミミと尻尾がある。
「ミリアさん、こんにちは」
「こんにちは、カティアちゃん。今日はどうしたの?」
「今日は鍛冶屋で剣を修理してもらおうと思って」
カティアはそう言って、腰に下げていた細身の剣を軽く持ち上げてみせる。
「……その剣、大切に使ってくれているのね」
ミリアと呼ばれた女性は少し物憂げに微笑んだ。なにか曰くのある剣なんだろうか? なんて考えながら、二人の会話を邪魔しないように、一歩下がったところで見守る。
二人は普通の速度でしゃべっているので、いまの俺にはあまり聞き取れないけど……どうもミリアさんは、カティアやリスティスの近況を聞いているみたいだ。
親しそうだけど……どういう関係なんだろうな? なんて感じで見守っていると、通行人の一人とぶつかってしまった。
「“すまない”。――いや、すまない」
思わず日本語で謝罪し、慌ててこの国の言語――ゼフィリア語で言い直す。
そうして相手を見た俺は息を呑んだ。相手は冒険者風の出で立ちをした少女で、顔を上手く認識することが出来なかったのだ。
……まさか、遺跡で会った少女なのか?
分からないけど……と視線を少し下げると、豊かな胸に押し上げられた服が目に入る。上乳と下乳に切れ込みの入った服は見覚えがある。この世界で最初に出会った少女の着ていた服だ。だからたぶん、目の前にいるのはあのときの少女だろう。
なんてことを考えていると、少女が俺を見て「……一希」と呟いた。
「どうして俺の名前を。もしかして、キミも咲夜の知り合いなのか?」
たどたどしくも、この大陸の言葉で尋ねる。その瞬間、少女が微笑んだ――ような気がした。そうして、自らの髪に止められている髪飾りに手をかける。
刹那――
「一希、どうかしたの?」
こちらの様子に気づいたのだろう。カティアが歩み寄ってきた。
「いや、ちょっとぶつかっただけだよ」
「ぶつかったって……大丈夫なの?」
「俺は大丈夫。キミも怪我とかないよな……あれ?」
カティアに意識を取られたわずかな時間で、少女は姿を消してしまった。
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