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エピローグ 精霊のパラドックス

「……一希、大丈夫?」

 おでこにひんやりとした感覚。ゆっくりと目を開くと、そこには咲夜がいた。

「……咲夜、ごめんな」

「どうして謝るの? 一希が謝ることなんて、一つもないのに」

 不思議そうに小首をかしげる。それを見た俺は、いつもの夢だと思った。この世界に来てからは久しく見ていなかったけど……最初の日にも見た、自分にとって都合の良い夢。

 と、そこまで考えた俺は違和感を覚える。

 夢にしては、やけに意識がはっきりしているのだ。


「……夢じゃ……ないのか?」

 俺の問いかけに、咲夜が困った顔で微笑んだ。――いや、違う。困った顔を浮かべているのは、咲夜ではなくカティアだった。

「……カティア?」

「そうだよ。ようやく目が覚めたんだね」

「えっと……」

 状況が飲み込めず、ベッドから起き上がった。その瞬間、身体のあちこちから痛みが走る。


「ダメだよ、全身怪我だらけだったんだから」

「怪我……そうだ。街に魔獣が押し寄せてきて……カティアは――無事そうだな。リスティスやほかのみんなは大丈夫か?」

「私は一希のおかげで大丈夫。ほかのみんなも無事だよ」

「そう、か。でも、街には結構な被害が出てたよな?」

「そう、だね。街には少し被害が出たけど、ヴァン伯爵様の騎士団も派遣されてきたし、ウィラント伯爵の騎士団も救援に来てくれたから、これ以上の被害は心配ないよ」

「そう、か……」

 街に被害が出たのは悲しいけど、最悪の事態にはならなかった。それを聞いて安堵する。


「それと、サクヤから、一希に伝言が届いてるよ」

「伝言?」

「遺跡は無事に停止して、アークも捕らえた、だって。魔獣が押し寄せてきたの、遺跡を連続で起動したから、だったんだね」

「あぁ、それは、えっと……」

 事実なんだけど、下手をしたらヴァン伯爵と、ウィラント伯爵のあいだで諍いの種になる。そう思ったんだけど、カティアは隠さなくても知ってるよと言った。


「今回の件、ウィラント伯爵から正式に謝罪があったそうだよ。今後、賠償について話し合うことになるらしいって、ギルドで噂になってた」

「そう、か……」

 ロンド伯爵が俺に言ってたのは本当だったってこと、なのかな。アークがどうなるかは分からないけど……取りあえずは終わったと言うことだろう。


「ちなみに、俺はどれくらい寝てたんだ?」

「一日足らずかな。今は翌日の夕方だよ」

「おぉう。そんなに寝てたのか」

「全身傷だらけだったからね。無理もないよ」

 そう言えば――と、俺が目覚めた瞬間、カティアが俺を見つめていたことを思い出す。


「……もしかして、ずっと付き添っててくれたのか?」

「私は一希の契約精霊だからね」

 カティアが左右で光彩の異なる瞳を細め、柔らかな微笑みを浮かべる。その見る者を安心させる笑みに、俺は思わず見とれてしまう。


「――ねぇ、私からも聞いても良いかな?」

「良いけど……?」

「どうして私のところに来ちゃったの? サクヤも大変だったんでしょ?」

「どうしてって言われると困るけど……あっちは騎士団がついてたからな。それに、カティアは俺と契約してて、俺がいないと実力を発揮できない訳だし」

「それは、サクヤも同じじゃない」

「……はい?」

 意味が分からなくて首をひねる。その瞬間、カティアはなにかを察したのだろう。困惑するように俺を見た。


「もしかして……気づいてないの? 一希、サクヤとも契約してるよ?」

「……は? いや、嘘だろ?」

「嘘じゃないよ。と言うか、私が力を取り戻すの早かったでしょ?」

「あぁ、そういや。俺が紋様魔術の剣を振り回してたのに、何故か精霊としての力を取り戻してたな。……って、まさか?」

「うん。サクヤの持ってた恩恵は、魔術的なあれこれを高める能力みたいだね」

「マジか……」

 そう言えば、俺を送り出すときに、サクヤが保険がどうとか言ってたな。あれは、自分の力を俺に捧げたから大丈夫という意味だったんだな。

 まさか、サクヤにまで命を救われるとは……


「そっか……一希は、サクヤと契約してるって、気づいてなかったんだね」

 何故か、カティアが凄く寂しそうに呟いた。

「どうして、そんなに悲しそうな顔をするんだ」

「それは……だって。一希が、私を選んでくれたのかなって、少しだけ期待したから。でも、残念。一希がこっちに来たのは、単純に私の方が危ないと思っただけ、なんだね」

 カティアはやっぱり寂しそうに呟く。だから俺は、それだけじゃないよ――と返した。


「……え?」

「二人が同じくらい危険だったとしても、俺はカティアを助けに来てたってこと」

 俺は自分の想いを口にした。それを聞いたカティアの瞳が大きく見開かれた。信じられないと思っているのだろう。左右で光彩の違う瞳が揺れている。

「なにを、なにを言ってるの? 一希は、咲夜のためにこの世界に来たんでしょ?」

「そうだよ。咲夜のためにこの世界に来た。その気持ちは今でも変わってないよ」

「だったら、一希は咲夜の側にいるべきだよ」

 カティアの言葉に、俺はやんわりと首を横に振った。


「それでも、カティアを放っておきたくない。サクヤが困ってるのなら全力で助けるけど、俺はカティアの側にいたいんだ」

「私の、側に?」

「正直に言うよ。俺は精霊のパラドックスって概念を聞いた後、カティアが咲夜の生まれ変わりかもしれないって思ってたんだ」

「……うん」

 小さく頷いたカティアに驚きの色は滲んでいない。たぶん、融合したあのとき、俺の考えが伝わっていたのだろう。

 だから俺は、その後にあれこれ思ったことを伝える。


「だけどサクヤ――あの精霊が現れて、それは間違いだって分かった。分かった……はずだった。なのに、俺はどうしても、カティアと咲夜を重ねてしまうんだ。成長した咲夜と一緒にいたら、こんな感じだったのかな、って」

 俺がそう言った瞬間、カティアの頬をひとしずくの涙が伝った。そして、それで堰をきったように、カティアの瞳から止めどなく涙があふれ出る。


「ちょ、カティア!? ご、誤解だからな? たしかにカティアは咲夜みたいだって思ったけど、似てるから好きだとか、身代わりみたいに思ってる訳じゃないからな!?」

「うん。うん……分かってる、分かってるよ。ただ、嬉しくて」

「……嬉しい?」

 傷つけてしまったのだと思っていた俺は、その言葉の意味が分からなかった。だけど、俺はそれより更に、理解できない言葉を聞かされることになる。


「私、ずっと後悔してたの」

「後悔って……なにを?」

「自分の秘密を打ち明けなかったこと、だよ。いつかは気づいてくれるまで待っていようって思ってたらサクヤが現れて、もう二度と伝えることは出来ないんだって、そう思ったから」

「なにを……なにを言ってるんだ?」

「一定の条件を満たして死んだ人間は、精霊として生まれ変わることがある。だけど、引き継ぐのは一部だけでしょ?」

「それは分かってるよ。だから、精霊のパラドックスって言うんだろ?」

「うん。でも、精霊のパラドックスは私が思っていたより複雑だったみたいなの」

「どういう意味だ?」

「あの精霊を見たとき、一希はなにか思わなかった?」

「え? 咲夜の生き写しだとは思ったけど」

「そうだね、びっくりするくらいそっくり。だけど……決定的に違う部分があるでしょ?」

「違う部分? あぁ……瞳のことか」

 咲夜の目は夜色だった。だけど、サクヤは左目だけが夜色で、右目は金色の瞳だ。ほかのパーツは全て咲夜の物を引き継いでいるけど、右目だけは引き継いでいない。


「……まさ、か」

 慌てて視線を向けた俺を、カティアは光彩の異なる瞳で静かに見つめている。そんなカティアの左目はルビーのような赤色。だけど……その右目は、咲夜と同じ夜色だ。

 ――そう。サクヤが唯一引き継いでいない右目だけが、咲夜と同じ夜色なのだ。


「カティアは、咲夜の生まれ変わり、なのか……?」

 あり得るはずがない。だけど、それでも、そうかもしれないと、震える声で問いかける。そんな俺に対し、カティアは目の端に涙をにじませ、柔らかな微笑みを浮かべた。


「そうだよ。私も咲夜から生まれた精霊、だよ」

「で、でも、だったらサクヤは?」

「咲夜もきっとそうなんだと思う。滅多にないことだから、私も凄く驚いたんだけど、私達は咲夜から生まれた双子の精霊、なんだよ」

「――そう、か」

 その言葉を聞いた瞬間、俺は言いようのない衝撃を受けた。

 咲夜が精霊へと転生した。だけど、咲夜が生き返った訳じゃない。死んだ咲夜から精霊が生まれただけで、全てを引き継いでいる訳でもない。

 だとすれば、一人の人間から、複数の生まれ変わりが生まれても不思議じゃない。


 だけど……一人の人間が死に、二人の精霊へと転生する。普通に考えたら想像もしないような現象。まさに、精霊のパラドックスだな。


「なぁ、カティアが引き継いでいるのは、もしかして……」

「容姿で引き継いだのは右の瞳だけ。だけど、私には一希と過ごした記憶がある。私にとって、一希は今も昔も、ずっと、大切な幼なじみ、だよ」

 俺は息を呑んだ。


 俺が咲夜の生まれ変わりを探したのは、恩返しをしたかったから。そして――叶うのなら、昔のように咲夜と、同じ時間を過ごしたかったから。

 だけど……咲夜の生まれ変わりであるサクヤは、咲夜と同じ容姿でも、性格はまるで違う女の子だった。だから俺は、恩返しだけをすることにした。

 俺の知っている咲夜はもうこの世界のどこにもいない。咲夜と以前のように過ごすという俺の願いは、二度と叶えられないのだと思っていたからだ。


 だけど……だけど、俺の目の前で微笑むのは、咲夜の記憶を引き継いだ精霊。咲夜の生まれ変わりはサクヤなのだと知った後でも、咲夜と重ねてしまうような、優しい女の子。

「……咲夜、会いたかった」

「私もだよ、一希」

 俺はとっくに、咲夜と同じ時間を過ごしていたのだ。

 

 

 精霊のパラドックスはひとまず完結となります。

 一人の少女が、二人の精霊へと転生したと言うお話、いかがだったでしょうか?

 感想を見る限り、途中で察した方も何人かいらしたようで、凄く嬉しかったです。

 でも、個人的には瞳の色でバレるかなとか思っていたんですが、まさかリボンから想像する方がいらっしゃるとは思っていませんでしたが。

 そのほかにも、色々な考察を頂き、楽しませて頂きました。


 精霊のパラドックスの続きとしては、遺跡の起動で葵が――なんて構想なども考えていますが、それは機会があったらと書きたいと思います。

 次はヤンデレ女神の作った世界で繰り広げられる新作を投稿予定です。もちろん、異世界姉妹はまだ続くので、平行しての投稿になります。


 最後になりましたが、ご愛読、ありがとうございました。

 次はどれを書くかなどなど、みなさんの反響を参考にさせて頂いています。なので、よろしければ感想や評価など頂けると嬉しいです。

 それでは、またどこかで――


 *追記 ヤンデレ女神の箱庭 連載開始しました!

 作者名から、もしくは『http://ncode.syosetu.com/n1110eb/』へ移動でご覧になれます。

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