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エピソード 4ー5 サクヤとカティア

 異世界姉妹二巻、本日発売です。

 手荷物を纏めた俺はすぐさま屋敷の外へと出る。馬は屋敷の前まで届けてくれるとのことで待っていると、冒険者風の服に着替えたサクヤが駆け寄ってきた。

「一希、どうしたの? あたしの見送りに来てくれた訳じゃ……なさそうね」

 俺の出で立ちを見て、サクヤが寂しげに微笑んだ。

「遺跡が少しでも起動したら、ミレルの街に魔獣が押し寄せるかもしれないだろ。だから、俺はカティアのもとへ帰るよ」

「……帰る、か。一希にとっては、ミレルの街が帰る場所なのね。もう、こっちには来ないつもりかしら?」

「やりかけの仕事を投げ出すつもりはないよ。だけど、俺はカティアを放っておけない」

「そう……」

 サクヤは俯き、なにかをブツブツと呟く。

「サクヤ、どうかした――っ!?」

 続きは口に出来なかった。いきなり抱きついてきたサクヤに、唇を奪われたからだ。それは軽い感じではなく、ディープな感じで。慌てた俺は、サクヤの肩を押して引き離した。


「なにをするんだ!?」

「……契約をしたの」

「契約って……まさかっ!?」

「そう、精霊の契約よ」

「――なっ!? なにを考えてるんだ! 俺はミレルの街へ帰るんだぞ!?」

 精霊の契約は、契約者に対して恩恵を捧げるだけでなく、契約者以外から魔力供給をする能力が著しく低下してしまう。

 それなのに、このタイミングで俺と契約するなんて……


「あたしが、どうして契約したか分からない?」

「分からないから聞いてるんだ」

「……行かないで。そう言ってるのよ」

「え、それは、どういう……」

「貴方の契約精霊の性格は調べたから知ってるわ。彼女が無茶をすれば、貴方はきっと、無茶をする彼女のフォローをしようとするでしょ?」

「それは、まぁ……」

「ミレルの街は本当に危険になる。そんな街で貴方とあの精霊を一緒にしたらどうなるか。だから、貴方にはあたしの側にいて欲しいの。あたしなら、貴方に無茶はさせないから」

「サクヤ、お前……」

 騎士団が一緒とは言え、遺跡にいくサクヤも十分に危険だ。なのに、咲夜もカティアと同じように戦う力を失ってしまった。

 つまりは、俺に咲夜かカティア、どちらかを選べと言うこと。


「なんで、だよ。なんでそこまでするんだ」

「言ったでしょ、貴方のことが好きだって」

「……それは」

「お願いよ、一希。あの精霊じゃなくて、あたしの側にいてよ」

 咲夜の生まれ変わりで、その想いを引き継いでいる。そのサクヤに、側にいて欲しいと言われて嬉しくないはずがない。

 なにより、俺が命を賭けて異世界まで来たのは咲夜のため。そして、サクヤは咲夜の生まれ変わりで、俺が恩返しをすると決めた相手だ。

 サクヤを見捨てるなんてありえない。

 だから――


「……ごめん」

 俺の口からこぼれ落ちたのは、俺がこの世界に来た目的を否定する一言だった。


「どう、して?」

 俺にとって大切な幼なじみと同じ顔が、悲しみに染まっていく。それを見た俺は、胸を締め付けられるような思いを抱いた。

 だけど、それでも、俺がここでサクヤを選ぶという選択肢はない。


「サクヤのことがどうでも良いと思ってる訳じゃないよ。でも、サクヤは騎士達と一緒に行くだろ? だから、カティアほど危険に晒されるとは思わないんだ」

「それが、理由? それだけが理由なの?」

 俺はその答えに(きゆう)してしまった。これ以上、サクヤを傷つけたくなかったからだ。でも、その迷いこそが答えになってしまったのだろう。サクヤは全てを見透かすように俺を見た。

「一希、ほかにも理由があるんでしょ? お願いだから、理由を教えて」

「……どうしても聞きたいのか?」

「どうしても知りたいわ」

 俺をまっすぐに見つめる。その夜色と金色のオッドアイには、俺から事情を聞くまでは決して引き下がらないという意志が秘められている。だから……と俺も観念した。


「……俺の知ってる咲夜は、このタイミングで俺を引き留めたりしない。あいつは自分がどんなに心配してても、それを隠して俺の応援をするんだ」

 もし俺の目の前に立っているのが咲夜なら、俺に行かないでなんて絶対に言わない。泣きそうな顔をしながらも、それでも笑顔を浮かべて、気をつけてねって送り出す。


 サクヤは咲夜の生まれ変わりだけど、咲夜本人ではない。それをはっきりと理解してしまった。だから、サクヤの優先度が俺の中でカティアより下になったのだ。

 本当なら、命の恩人である咲夜の生まれ変わりを置いていくなんて、間違ってるのかもしれない。でも、カティアだって俺の命の恩人なのだ。


「――だから俺は、カティアのところへ行く」

「……そっか。貴方にとって、あの精霊はそこまで大切なのね」

「なっ!? べ、別にそんな特別な感情を抱いてるとか、そういう訳じゃないからな!?」

「もう、そんなことは言ってないでしょ」

 慌てる俺を見て、咲夜はクスクスと笑った。


「……仕方ない。今回はあたしの負けよ。もう引き留めたりしないから、あの精霊を助けに言ってあげなさい」

「……良いのか?」

「一希が決めたことなんだから、仕方ないでしょ? それに、あたしのことは心配しなくて良いわ。さっきの契約をしたって言うのは嘘だから」

「……はい?」

「だ か ら、嘘なの。本当は契約なんてしてないわ」

「ちょ、おまっ!? 俺がどれだけ真剣に考えたと思ってるんだ!?」

「怒らないでよ。契約してなかった方が、行きやすいでしょ?」

「それは、まぁ。……そうだな」

 サクヤの言うとおりだ。サクヤの言うとおりなんだけど……なんだろうな、この徒労感は。


「一希、これを渡しておくわ」

 サクヤは懐からなにかを取り出し、俺に押しつけてきた。それは、少し古びた黒いリボン。

「これは……咲夜の? そうか、サクヤが持っていたのか」

「ええ。貴方が持っていて」

「……良いのか?」

「咲夜が死ぬまで大切にしていた形見だもの。貴方が持つべきだと思うわ。残念ながら、もう片方はなくなっていたのだけど……」

 ぽつりと呟く。サクヤの言葉を耳に、俺は違和感を抱いた。


「……片方はなくなっていた? そのリボンはどこで手に入れたんだ?」

「どこって……咲夜が最期までつけていたのよ?」

「そうか……」

 丘の上にある咲夜のお墓。そこに飾っていたリボンがなくなったというのは、カティアの作り話だったんだな。理由は……考えるまでもない。俺が絶望しないようにだろう。

 俺はそんなことを考えながら、カティアから預かったリボンを取り出した。


「……え? それはなくなったリボン? どうして一希がそれを持っているの?」

「カティアから預かったんだ。カティアも同じように、咲夜の形見として持っていたそうだ」

「……あの精霊、咲夜と知り合いだったの?」

「どう、なのかな」

 もしかしたらって憶測――いや、俺の勝手な望みなのかな? そう言うのはあるけど、どう考えても矛盾が生じる。よく分からないというのが俺の本音だ。


「――サクヤ副隊長。出発の準備が出来ました!」

「すぐに行くわ!」

 騎乗した騎士達から声がかけられる。それにサクヤが応えた。

「……そういうことだから、あたしはもう行くわね」

「あぁ。気をつけてな」

「一希こそ気をつけて。死んだりしたら、お説教だからね?」

「おいおい、死んだ相手にどうやったらお説教なんてするつもりだ?」

「あら、精霊に生まれ変わったら可能よ?」

「……そうだった。なら、そうならないように気をつけるよ」

 サクヤを見るに、死んで生き返るという感覚とはほど遠い。俺が死んだら、俺の人生はそこでお終いと考えた方が良いだろう。

 だから、死ぬことは絶対に出来ない。


「まあ、保険をかけたから、心配しなくても大丈夫だと思うけどね」

「……ん? どういう意味だ?」

「秘密、よ。それより、あたしは諦めた訳じゃないからね。この件が片付いたら、貴方を奪い返しに行くから」

「……まあ、俺も一度引き受けた仕事を途中で放り出すのは気が引けるし、サクヤを助けたいって気持ちに変わりはないよ。だから……また会うだろうな」

「それを聞いて安心したわ。それじゃ、またね」

 サクヤは少しだけ寂しげに笑い、騎士達とアークを止めるために出発していった。その後ろ姿を眺めていると、ほどなく俺の馬も到着。俺はその馬に乗り、ミレルの街へと急いだ。

 

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