エピソード 4ー3 咲夜のために2
ロンド伯爵の元で働くことになった翌日。さっそく学者や技術者を屋敷に集まっているとのことで、俺とサクヤはお屋敷の会議室へと向かっていた。
だけど、その道の途中でアークと出くわした。
「いないと思ったら、異世界の平民と一緒だったか、サクヤ。これから森の調査に行くから、お前もすぐに準備をしろ」
俺と一緒にいたことが気にくわないようで、アークが不満げに言い放つ。だけどそれに対してサクヤは、首を横に振って拒絶した。
「あたしは一希のサポート役を仰せつかっておりますので」
「……隊長の命令が聞けないというのか?」
「申し訳ありませんが、あたしは昨日付で、一希のサポート役をロンド伯爵から仰せつかっております。なのでご不満がありましたら、ロンド伯爵にお申し出になってください」
「――ちっ、親父の奴……余計なことを」
アークは舌打ちを一つ。ギロリと俺を睨みつけると、
「……良いか、良く聞け。咲夜の幼なじみだかなんだか知らねぇが、サクヤは俺のモノだ。手を出したりしたら、ただじゃおかねぇからな」
忌々しそうに言い放ち、ずかずかと立ち去っていった。なんと言うか……思慮深いロンド伯爵とは正反対のイメージ。とても親子とは思えないな。
「……違うからね?」
アークの後ろ姿を見送っていると、サクヤがぽつりと呟いた。
「――って、親子じゃないのか?」
「……親子? えっと、そうじゃなくて、あたしは隊長のモノじゃないからね? アーク隊長が勝手に言ってるだけだからね?」
「あぁ、そっちか。俺に気を遣ってるなら、別に大丈夫だぞ?」
サクヤにはサクヤの幸せがある。咲夜の生まれ変わりって考えると思うところもあるけど、それは仕方のないことだ。なんて思ったんだけど、
「ち が う って、言ってるでしょ?」
「いひゃい、いひゃい」
ほっぺをギューッとつねられてしまった。
「あのね。あたし――と言うより、隊長は咲夜を好きだったみたいなのよ。あたしが精霊として生まれ落ちた後も、咲夜と自分は恋人同士だなんて言っていたわ」
「えぇっ!?」
思わず取り乱してしまう。そんな俺をみて、サクヤの左右で光彩の異なる瞳が、見事な逆三角形になった。なんか、凄く睨まれている。
「……なんか、あたしが付き合ってるって言ったときより動揺が大きい気がするんだけど、気のせいなのかしらね……?」
気のせいのはずがない。
咲夜の生まれ変わり――娘のような存在であるサクヤが、ほかの誰かと付き合ってたという話より、咲夜が誰かと付き合ってたという話の方がショックに決まってる。
――なんて言ったら、ほっぺたギューではすまない気がするので、口が裂けても言わないけど。いや、口を裂かれたくないから言わないけど。
「一応言っておくけど、アーク隊長が勝手に言ってるだけよ?」
「それは、でも……サクヤが知らないだけで、実は――って可能性もあるだろ?」
なにしろ、サクヤには咲夜としての記憶が残っていないのだ。だから、サクヤが生まれる前の出来事は、サクヤには断言できないはずだ。
そう思ったんだけど……サクヤは呆れ顔。
「言ったでしょ、あたしには幼なじみの男の子に対する想いが残っているって」
「想いって言っても……サクヤには生まれ変わる前の記憶がないんだろ?」
「そうなんだけどね。人を好きになるのってきっと、理屈じゃないのよ。だって、出会ってすぐに、あたしの中にある好きって想いの対象が貴方だって分かったもの。だからこそ、初対面でも契約をしても良いと思ったのよ」
「なるほど……」
つまりは、アークと咲夜が付き合っていたと言うのは、サクヤの気を引くための嘘。そしてそれは、アークが咲夜のことも狙っていたという意味にもなる。
だけど、咲夜は四年で元の世界に帰る約束だったはずだ。それまでに口説き落とすつもりだったのか……それとも、帰すつもりがなかったのか。
今はまだ情報が少なすぎて分からないけど……なんとなく、見えてきた気がする。
「……あたし、結構大胆なことを言ったと思うんだけど、スルーなの?」
サクヤの不満げな声が耳に届き、俺は慌てて顔を上げる。そこには、ジト目で俺を睨みつけるサクヤの姿があった。
「えっと……どうしたんだ?」
「一希のばーか、ばーか」
「なにその子供みたいな悪口」
「ふんだっ、なんでもないわよーだっ」
「いや……なんでもないって、なんかむちゃくちゃ不満気に見えるんだけど」
「気のせいでしょ? それより話し合いの場へ向かうわよ。みんなが待ってるんだから」
「お、おう」
よく分からないけど……乙女心――と言うか、精霊心は複雑らしい。という訳で、俺はこれ以上は怒らせないようにと、さっさと歩き始めたお姫様の後を慌てて追いかけた。
お屋敷にある会議室。そこには十名ほどの技術者や学者が集まっていた。
俺が異世界から来たと言うことは事前に話してあるそうだけど……俺が役に立つか半信半疑なのだろう。俺に向いているのは値踏みするような眼差しだ。
サクヤの役に立つためにも、役に立たないと思われる訳にはいかない。だから――と、俺は彼らに舐められないように、ピンと背筋を伸ばした。
「俺は一希。異世界から来た人間だ。そして、皆に集まってもらったのは、俺が持つ異世界の技術を再現してもらうためだ」
「技術を再現と言うが……具体的な製作方法は分かっておるのか?」
最初に口を開いたのは、職人っぽい爺さんだった。俺はその爺さんに向かって顔を向ける。
「肥料を再現できなかったという話は聞いてる。そして正直に言えば、俺もそこまで詳しい知識を持っている訳じゃない」
「それでは再現出来ぬではないか」
「いや、そうでもないぞ。そうだなぁ……えっと、爺さんはなんの職人なんだ?」
「わしは鍛冶職人じゃ」
「鍛冶か。それじゃ、例えば……クズ鉱石の話は知ってるか?」
「加工できないからと放置されてる鉱石じゃろ。そのクズ鉱石がどうかしたのか?」
「その鉱石はたぶん、俺の世界では鉄鉱石って呼ばれてる鉱石だと思う」
ごろごろ出てくる加工の出来ない鉱石。資料を見る限り、鉄鉱石で間違いないと思う。
「それはつまり、クズ鉱石が使い物になるという意味か? わしも触ったことがあるが、あれはどうにもならんかったぞ?」
「鉄鉱石は基本的に酸化した鉄なんだ。だから、コークス――石炭とかを加工したモノなんかと一緒に1,200℃くらいで溶かせば精製できるはずだ」
「……ほう。あのクズ鉱石が精製できるというか。しかし、聞いただけでも手間が掛かりそうじゃが、手間をかけて精製するだけの価値があるのか?」
「実際のところ、頑丈さは青銅とあまり変わらないらしい」
物語なんかで良く、青銅の剣を鉄の剣が切り裂くなんて演出があるけど、あれらは基本的に誇張表現、もしくは加工技術の差に寄るところが大きいらしい。
「青銅と変わらんなら、わざわざ手間をかけて鉄鉱石を加工する意味なんてないじゃろう」
「そうだな。ただ、地球では圧倒的に産出量が多いんだ。だから製鉄技術が発見され、あっという間に青銅器に取って代わった」
「……ふむ。手間が掛かっても、安易に手に入る分だけコストが下がると言うことか」
「こっちの世界ではどうか分からないけど……ごろごろ出てくるんだよな?」
地球では、もっとも身近な金属と言われるほどに多く産出されている。だけどそれがこの世界でも同じかは知らない。そんな俺の言葉を聞いた爺さんは、少し考えるそぶりを見せた。
「……そうじゃな。埋蔵量については分からんが、捨て置かれているクズ鉱石はかなりの量があるはずじゃ。クズ鉱石が加工できるのなら、当面は採掘する必要がないかもしれんな」
「なるほど。なら、加工する価値はありそうだな」
金属のコストが下がるのなら、各種農具も作りやすい。俺は農業に革命を起こした農具の数々を思い浮かべていく。
「鉄鉱石の可能性については分かった。が、1200℃……だったか? 今まで精錬できなかったことを考えれば、それがかなりの高温なのだろう? どのようにすればいい?」
「実はその辺があやふやなんだ。竈を作るんだけど、1200℃に至る竈となると、レンガが耐えられない。だから耐火レンガを作る必要があるんだけど……」
耐火レンガの作り方はよく分からない。
と言うか、以前なんとなく耐火レンガの作り方を調べた際に、耐火レンガを使った竈でレンガを焼くと書いてあるのを見て『……は?』とか思った記憶がある。
「なるほどのぅ。詳しい知識はないというのはそういうことか」
「ああ。“アルミナ”ってのが耐火粘土の成分の一つってのは知ってるんだけど、ほかの成分とかはよく知らないんだ」
「“アルミナ”とはなんだ?」
「赤茶色の鉱石だ。まあ詳しい説明は後でする。取りあえず、今話した情報だけでも、研究すればなんとかなるそうだと思わないか?」
「そうじゃな……今すぐとはいかんが、不可能ではないじゃろう。……なるほど。詳しい技法が不明でも、研究する価値はありそうじゃな」
「そう言ってくれると助かるよ」
俺はほっと息を吐いた。はっきり言って、俺は日本ではただの高校生だ。だから、持っているのは大雑把な知識だけで、実際に作った経験もない。
もっと詳しい知識が必要だと言われたら、どうしようもなかったからな。
「――一希っ」
不意に黙って聞いていたメンバーの一人、俺と同い年くらいの少女が詰め寄ってきた。金髪碧眼の、精巧なビスクドールのような美少女である。
「えっと、なんだ?」
「わたくしはラクシュ。ウィラント伯爵領の内政を担当しているの。わたくしとしては、食糧の生産量を増やす手段を教えて欲しいのだけど、なにか知らないかしら?」
「あぁ、うん。大丈夫だ。そっちも――と言うか、そっちの方が一杯あるぞ。噂の水車も、おおよその原理なら知ってるし――」
「水車! 水車の原理を知っているの!?」
「う、うん」
「ぜひ、詳しく教えて!」
「そ、それはかまわないけど……」
色々話し合うのが先なのではと、周囲に視線を向ける。すると、さっきまで俺と話していた、鍛冶職人の爺さんと目が合った。なので、助けてくれと縋るような視線を向ける。
「まぁまてラクシュ嬢、坊主が困っているだろう」
そうそう。まずは、落ち着いて話し合いを――
「まずは製鉄技術についての話を煮詰めるのが先じゃ!」
――違う、そうじゃない。そう叫ぼうとするが、既に後の祭り。鍛冶職人の爺さんと、内政官のおじさんは、こっちが先だ、いやこっちじゃと言い争いを始めてしまった。
それどころか、
「一希様、産業についてもなにかご教授頂きたい!」
二人が言い争っている隙を突いて、別の人に詰め寄られてしまった。
「さ、産業?」
「ええ。この辺りには特産品などがなく、交易による赤字がかさんでいるのです。なにか、なにか良い案はございませんか?」
「ええっと、そうだなぁ……」
俺は必死にもとの世界で得た知識を絞り出す。
「んっと……和紙――羊皮紙に変わる、木の繊維で作る紙とか、あとは水車で用水路を作るなら、魚の養殖とか……あ、鉄を作れるようになるなら、高品質のガラスとか?」
「ガラスじゃと!? と言うか、貴様、なにを抜け駆けしておるっ! まずは、製鉄技術からだと言っておるじゃろうっ!」
「ちょっと、待ちなさいよっ! まずは食糧問題の解決が急務だって言ってるでしょ。わたくしが水車の作り方を教えてもらうのが先に決まってるわ!」
「いや、産業が確立できれば、必要な物は買うことが出来る。まずは産業が先だ!」
あは、あはは……なんと言う勢い。気圧されそうだ。
でも、みんな、この領地のために必死なんだろう。そう思ったから、俺は自分の頬をパンパンと叩いて気を入れ直す。
「みんなの疑問には可能な限り答える。だから、落ち着いてくれ。まずは――」
咲夜に返せなかった恩を返すため、俺は街を救うために全力を尽くすと決めた。
一希「青銅と鉄の性能は大差ないんだ。だから、鉄の剣で、青銅の剣を切り裂くなんてありえないから」
リオン「俺もそう思ってた時期があったんだけどな……」





