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精霊のパラドックス ~異世界で精霊に転生した少女~  作者: 緋色の雨


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エピソード 4ー2 ウィラント伯爵

 執事に案内され、お屋敷の廊下をサクヤと共に歩く。

 俺がこの世界で見てきたどの建物よりも立派な作り。だけど成金趣味という訳ではなく、落ち着きのあるデザインで纏められていた。

 民を貧困から救って欲しいという貴族のお屋敷が、金ぴかの成金仕様だったらどうしようとか思っていたのだけど……その点についてはちょっと安心だ。


「……一希、今のうちに聞いておくけど、大丈夫なのよね?」

 隣を歩くサクヤが肩を寄せて尋ねてくる。

 その内容に対し、なにが――とは聞き返さない。咲夜を攫った黒幕に会うことに対してなのはすぐに分かったし、ウィラント伯爵に仕える執事が目の前を歩いているからだ。

「……心配ないよ。俺は、サクヤのためにここに来たから」

 咲夜を攫った人物は許せないけど、サクヤを悲しませることはしない。ウィラント伯爵がサクヤに良くしてくれているのなら、俺は怒りをあらわにするつもりはない。

 そんな想いを込めて答える。


「……ありがとう。――っと、ついたわね」

 サクヤが呟くのと同時、案内役の執事が扉の前で足を止めた。

「ロンド様。サクヤさんが、異世界よりお越しの一希様をお連れなさいました」

「――通せ」

 扉の向こうから威厳のある声が響く。それを聞いた執事が扉を開いた。

「どうぞ、ロンド様が中でお待ちです」

 執事の案内に従い、俺とサクヤは部屋の中へと足を踏み入れた。


 上品なデザインで統一された応接間。向かい合って並べられたソファの片方に、鋭い眼光を持つ中年男性と、俺より少し年上の男が並んで腰掛けていた。

 金髪碧眼の二人は、どことなく顔立ちが似ている。見た目年齢から考えると、二人は親子なのかもしれない。

 ちなみに、若い方の男に、なにやら凄く睨まれている。


「一希、ウィラント伯爵家のご当主であるロンド様と、その息子であるアーク様よ。そしてアーク様は、調査隊の隊長でもあるわ」

 ……あぁ、調査隊の隊長。

 俺がこの世界に降り立ったとき、俺に突っかかってきた男がいた。そしてサクヤは、それが隊長だといっていた。つまり、アークという男が、俺を剣で殺そうとした張本人。

 ……いや、あれは威嚇だったのかもしれないけど、好かれてないのは事実だな。


「――ロンド様、アーク隊長、異世界から現れた少年、一希をお連れいたしました」

 サクヤは俺に二人を紹介すると、ソファに座る二人に向かって恭しく頭を下げた。

「うむ。よくぞ任務を果たした。……そして、お主が異世界から来た一希か」

 探るような眼差しを向けられる。俺はこの世界のマナーにあまり詳しくないので、見よう見まねでサクヤと同じように頭を下げた。


「初めまして。異世界から来た一希と言います。ゼフィリア語はまだ不慣れで、失礼な言葉遣いをするかもしれませんが、お許し頂けると嬉しいです」

「うむ、無論だ。しかし、本当にゼフィリア語がしゃべれるのだな。この世界に来てまだ半年ほどのはずだが、良くそこまで覚えたものだ」

「――ふんっ、異世界から来たとは言え、しょせんは平民であろう。この町を救う知識を持ち合わせているはずがない。親父、こんな男と話すだけ時間の無駄だぜ」

 アークがロンド伯爵のセリフを遮り、とげとげしい口調で言い放つ。それに対し、ロンド伯爵は顔をしかめた。


「アークよ。そのように頭ごなしに決めつけてはいかんと、いつも言っているだろう。もう少し物事をよく考えてだな」

「親父、考える必要なんてねぇよ。サクヤが、自分のためにつれて来たに決まっている」

「いいえ、隊長。あたしは決して、そのような理由で一希を招いた訳じゃありません」

「どうだか。そもそも、サクヤ。お前が咲夜の知識を引き継いでいれば――」

「アーク! 邪魔をするのなら席を外せ」

 ロンド伯爵は息子に向かって一喝する。


「……ち、わぁったよ。おい、一希。俺はお前を認めていないからな」

 アークはそんな捨て台詞を残して、応接間を出て行ってしまった。それを見届け、ロンド伯爵が深いため息をついた。

「――失礼した。どうも甘やかせて育ててしまったようでな。あとで言い聞かせておくので、どうか許して欲しい」

「はぁ……あぁ、いえ。気にしません」


 気を悪くする以前に、呆気にとられていた――とは口が裂けても言えないので、軽く流しておく。と言うか、俺的には少し意外だ。

 咲夜を攫った首謀者。もっと高圧的で感じの悪い――それこそ、アークみたいな人間だと思ってた。サクヤが言うように、民のことを考える良い領主というのは本当なのかもしれない。


「寛容な態度に感謝する。では一希よ。あらためて問うが、おぬしが異世界の技術を提供してくれるというのは誠であろうか?」

「……少なくとも、俺はそのつもり出来ました」

「そのつもりで、か。アークではないが、おぬしは異世界の平民だと聞く。技術の存在を知ってはいても、その仕組みまでは理解していないのではないか?」

 咲夜は肥料の概念を知っていても、その作り方を知らなかったそうなので、俺も同じである可能性を危惧しているんだろう。その表情には期待と不安が見え隠れしている。


「ご指摘の通り、俺は詳細な仕組みまで理解している訳ではありません。ですがこの世界の技術者と相談させて頂ければ、いくつかの技術は間違いなく提供することが出来ます」

「ふむ。ではその技術とやらは、どのようなモノだ? ミレルの街で広まりつつある技術と比べて、遜色のないモノなのだろうか?」

「それは、水車のことでしょうか?」

「うむ。そう呼ばれているらしいな。あれはここ最近に出来た技術だそうでな。同じモノが作れないか、研究を始めたところなのだ」

「なるほど、そうでしたか。詳細な仕組みまでは分かりませんが……おおよその原理なら説明することが出来ます。技術者の力を借りれば、水車の製作は可能だと思います」

「なんとっ、それは誠か!?」

 ロンド伯爵がソファから立ち上がってテーブルに身を乗り出し、向かいのソファに座っている俺にずずいと迫ってくる。俺はそれに気圧されながらもこくりと頷いた。


「ほかにも同程度の技術であれば、いくつか紹介することが出来ます」

「同程度の技術をいくつか、だと? それは、どのようなモノなのだ!?」

「まずは……肥料。咲夜は作り方までは知らなかったそうですけど……俺は、大雑把な作り方くらいは知ってます。それに、畑が不作と聞いていますので土壌の改善する方法が数種類。あとは……画期的な農具を数種類、くらいでしょうか」

「……それら一つ一つが、水車と同等の革命を引き起こすというのか?」

「間違いなく」

 この世界の技術力を考えれば、パラダイムシフトが起きるのは間違いない。今までの常識が覆り、農業を初めとした分野で革命が起きるはずだ。


「……素晴らしい。だが、おぬしはどうしてそのような知識を持っているのだ?」

「それは……」

 咲夜が攫われてからの四年間は、小学六年の終わりから、高校一年の終わりまで。異世界で役に立つような知識なんて、ほとんど習っていない。

 それなのに、俺がこう言った状況で役に立つ知識を、にわかとは言え知っているのは、異世界で内政や冒険をする物語を好んで読みあさっていたからだ。


 ――四年前、咲夜は魔法陣から現れた者達に連れ去られてしまった。まるで、異世界転生を題材とした物語の主人公のように。

 だから……様々な手段で異世界に旅立ち、そこで新たな人生を歩み……幸せになる。そんな話を読みあさっていたのだ。咲夜もどこか別の世界で、そんな風に幸せになっているかもしれないと、そんな風に思えたから。

 ……現実は、そんなに甘くなかったけどな。

 なんにしても、そんな俺の内心を打ち明けるつもりはないので、咲夜がいなくなってからの四年間で、学校で学んだと言い張っておく。


「……咲夜、か。お主には謝罪せねばならんな」

 俺の建前上の理由を聞き、ロンド伯爵は重苦しい口調でそう言った。

「謝罪、ですか?」

「そう、謝罪だ。いずれもとの世界に返すと、咲夜と約束していたのだ。だが、その約束を果たすことが出来なかった。本当に申し訳ない」

 ロンド伯爵はそう言って――俺に向かって深々と頭を下げた。

 予想していなかった言葉と行為に、俺は混乱する。ロンド伯爵が予想外に腰の低い人物だと言うことも驚きだけど、カティアから聞いていた情報と食い違っているからだ。


「咲夜をもとの世界に帰す約束、だったんですか?」

「うむ。彼女はずっと元の世界に帰りたがっていたからな。だから、知識を教えてもらうことを条件に、四年で故郷に帰すと約束をしていたのだ」

「四年、ですか? ……失礼ですが、少し長すぎるのではないですか?」

 言語の壁があるとは言え、小学生の知識を引き出す程度なら、四年も必要ないと思う。それなのに四年と言ったのは、咲夜が二年で死んだことを利用した言い訳だと思ったのだ。

 だけど、それを指摘されても、ロンド伯爵はうろたえなかった。


「本当はもう少し早く帰してやりたかったのだが、遺跡を起動するには周囲の魔力素子(マナ)を大量に消費するのでな。連続の使用は危険だと判断したのだ」

「遺跡周辺の魔力素子(マナ)が希薄になる、でしたか?」

「……知っていたか。その通りだ。周囲の魔力素子(マナ)が回復する前に連続で使用すると、森に住む魔獣達の大移動が起きかねないからな」

「この街まで魔獣が押し寄せてくると?」

「さすがにそれはないと思うが……森から近いミレルの街は危険だ」

「それは……ミレルの街の安全を考えていると言うことですか?」

「当然だ。同じリーベルト国の貴族だからな。我が領地を優先するのは当然だが、ヴァン伯爵の領地がどうなっても良いと思っている訳ではない」

「そう、ですか……」


 ミレルの街が今より危ないことにはならないと聞いて安心する。

 それと、魔力素子(マナ)や魔獣の移動についてはカティアから聞いた話と一致する。そう考えると、ロンド伯爵の言っていることには真実味がある。

 でも、だったらカティアはどうして、調査隊に捕まったら二度と帰ることが出来ないようなことを言ってたんだろう? カティアが知らないだけか、それとも……いや、今は考えても仕方のないことだな。真実がどうであれ、俺は協力すると決めてるんだからな。


「正直に言います。どんな理由があったとしても、咲夜を攫ったことは許せません。だけど、それでも、俺はサクヤのために協力するつもりでここに来ました」

「そう、か。お主の決断に心からの感謝を」

 ロンド伯爵はそう言って、もう一度深々と頭を下げた。そしてしばらくの沈黙の後、顔を上げてまっすぐに俺を見る。

「お主にはサクヤをサポートにつける。だから、我が領地に住む民を救ってくれ」

「お任せください」

 こうして、俺はウィラント伯爵領で働くことになった。

 

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