表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊のパラドックス ~異世界で精霊に転生した少女~  作者: 緋色の雨


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/25

エピソード 3ー5 咲夜のために

 地平線が夕焼けに染まり、空が夜色に彩られていく。その境界線が紫色に染まる、マジックアワー。そんな幻想的な空の下、カティアは寂しげな表情で微笑んでいる。

 俺はそんな彼女の口から、たったいま紡がれた言葉について考えていた。

 カティアは最初から、俺と一緒にウィラント伯爵領に行くことが出来ないと言っていた。だけど、俺の説得に応じ、考えてみると言ってくれた。言ってくれたはずだった。

 なのに、カティアは再び、俺について行くことは出来ないと言った。


「……どうしてだ? リスティスとミリアさんのわだかまりが解消して、不安要素がなくなったんじゃないのか?」

 カティアは静かに首を横に振り、銀色の髪を揺らした。


「気づいちゃったの。リスティスがどうして森の入り口にいたのか」

「……森の入り口にいた理由?」

 そう言えば……と、俺自身も疑問に抱いていたことを思い出す。

 ガルムは本来、森の奥に生息しているので、森の入り口で出くわしたのは運が悪いと言える。けどそれはあくまで運が悪い程度で、ありえない話ではない。それに今の森は魔力素子(マナ)が希薄になっていて、ガルムが森から出てくる確率も上がっている。

 そんな森にわざわざ足を運んだ理由は――と、考え、一つの可能性に行き当たった。


「もしかして……ギルドのお仕事?」

「……うん。リスティスの所持品に、ギルドの登録証があったの」

「でも、リスティスにはまだ早いって、カティアがギルドに手を回してたんだろ?」

「そうなんだけど……たぶん、私に許可をもらったとか嘘をついて登録したんだと思う」

「どうして――っ」

 そんなことをしたんだろう。とは言えなかった。いや、言うことが出来なかった。言葉にしなくても、その理由に思い至ってしまったからだ。


「俺のせい、だな」

「ち、違うよ。悪いのは私だよ。私がはっきりとしなかったから」

 優しいカティアが慌てて否定する。だけどそれは、結局のところ否定になっていない。

 リスティスが森に行ったのは、冒険者として活動しようとしたから。そしてその理由は、一人でも大丈夫だって、カティアに示したかったからだろう。

 つまり、俺がウィラント伯爵領に行くことになり、だけどカティアはこの街にとどまることにした。それを聞いたリスティスは、自分の存在が枷になっているのだと思った。

 だからリスティスは、自分一人でも生活できると証明しようとしたのだ。


 そんなリスティスの気持ちは凄く嬉しい。けど、リスティスはまだ十一歳の女の子。冒険者になるのはもちろん、一人で暮らすのだって早すぎる。

 本来なら、最優先で考えてあげなきゃいけないことだ。なのに俺は気づかずに、リスティスのことをなんとかして、カティアをウィラント伯爵領に連れて行きたいなんて考えていた。

 その結果、リスティスは身の危険にさらされ、ミリアさんが大けがを負った。

 俺は命の恩人の、大切な人達を殺してしまうところだった。


「ごめん、カティア。俺がキミの生活を引っかき回しちゃったんだな」

 俺が異世界に来なければ、俺があのときガルムに殺されそうになっていなければ、カティアとリスティスは、今も穏やかな日々を送っていただろう。

 そんな生活を壊してしまったのは俺だ。

「一希は悪くないよっ。悪いのは、一希と出会って浮かれていた私、だから……」

 カティアは寂しげに微笑んで、風になびく銀色の髪をそっと手のひらで押さえつけた。そうして、まっすぐに俺の顔を見つめる。


「私は……私は一希のことが好き。出会った頃から、ずっと好きだった。だから、叶うのなら、ずっと一希と一緒にいたいって思ってる。ほんとに、ほんとに思ってる」

 それはきっと、心からの告白だったのだろう。カティアの白い肌が朱色に染まっているのは、決して夕焼けのせいだけじゃないと思う。

 だけど俺は、それを喜ぶ気にはなれない。その後に続く言葉を理解しているから。


「――だけど、だけどね。気がついちゃったの。私にとってリスティスは、一希と同じくらい大切な家族なんだって。だから……ごめん。私は一希と一緒には行けないよ」


「……分かった」

 俺には頷くことしか出来なかった。

 カティアがリスティスを優先するように、俺自身もサクヤを優先すると決めているのだから。俺はサクヤを優先するけど、カティアは俺を優先してくれなんて、言えるはずがない。

 咲夜は俺にとって、大切な幼なじみだ。俺はそんな咲夜に助けられた。だから、俺は咲夜の生まれ変わりに恩返しをする。そのことに一切の迷いはない。

 だけど……あぁ、人生は本当にままならない。

 どうして、カティアが咲夜の生まれ変わりじゃなかったんだろう? もしカティアが咲夜の生まれ変わりなら、なにも迷わなくて済むのに――と、そんな風に思ってしまう。


 あの精霊――サクヤに協力することに迷いはない。迷いはないのだけど……それと同時、俺はカティアと一緒にいたいと思い始めている。もし二人が同一の存在であれば、こんなに苦しむ必要なんてないのに、と。そんな風に考えてしまう。

 だけど……しょうがない。

 俺が心惹かれているのはカティアだけど、それでも、咲夜の生まれ変わりを救いたいと、心から思ってしまうのだから。

 だから――


「ごめんな。俺も、咲夜の生まれ変わりを放ってはおけない。契約までして俺を救ってくれた、カティアには本当に悪いと思うけど……」

「言ったでしょ。私は一希に生きて欲しかったから、一希と契約をしたの。だから、一希の好きなように生きて良いんだよ。そうじゃないと、私が悲しくなっちゃうよ」

「……本当にごめん。そして、ありがとう。俺はウィラント伯爵領に行くよ」

「うん、それでこそ一希だよ」

 少し寂しげに、だけど嬉しそうに微笑む。カティアは本当に綺麗だった。


「……そうだ。これを渡しておくね」

 カティアは服のポケットから黒いリボンを取り出し、それを俺に差し出してきた。

「……これは、まさか?」

「うん。一希が咲夜にプレゼントしたリボンの片割れだよ」

「どうして、カティアがこれを?」

「前に一つだけ、お墓に添えたって言ったでしょ? 残りの一つは、私が形見として持っていたんだよ」

「そうだったのか……」

 そう言えば――と、カティアの髪をみる。

 艶やかな銀髪の髪には、なにも飾られていない。だけど初めて会ったときのカティアは、黒いリボンを身に付けていた記憶がある。

 つまり、あのとき身に付けていたのがこのリボン。

 恐らくは、俺に気遣ってとか、そんな感じの理由で使用するのをやめていたのだろう。手渡されたリボンは使い込まれていて、ところどころに修理した跡が見受けられる。

 修理したのが咲夜かカティアかは分からないけど、大事に使われていたようだ。


「……このリボン、俺が受け取って良いのか?」

「うん。一希に渡しておこうと思って」

「……どうして?」

「咲夜ならきっと、一希に持っていて欲しいっていうと思ったから、だよ」

「それは……でも、良いのか?」

 俺としては、咲夜の形見をもらえるというのは嬉しい。けど、カティアにとっても大切な形見のはずだ。それを軽々しく受け取るなんて出来ない。そう思ったのだけど……


「……私のことも忘れて欲しくないから」

 ぽつりと、カティアが呟いた。その言葉の意味が分からなくて、俺はカティアの顔をまじまじと見る。左右で光彩の異なる瞳が、俺をまっすぐに見つめていた。

「そのリボンは咲夜の形見だけど、私がずっと大切に持っていたリボンでもあるの。それを私が一希に渡せば、一希は絶対に私のことを忘れないでしょ?」

「――っ」

 俺はたまらなくなって、カティアを抱きしめたい衝動に駆られる。けど……カティアと俺はこれから別々の道を歩む。

 ウィラント伯爵の元に行く以上、俺は二度と戻ってこれないかもしれない。だから……と、俺は拳をぎゅっと握りしめ、自分の気持ちを抑えつけた。

「分かった。このリボンはずっと、俺が持っておく。咲夜の形見をカティアからもらったこと、絶対に忘れないから」

「うん。ありがとう、一希」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍『俺の異世界姉妹が自重しない!』の公式ページ
一巻好評発売中。二巻はまもなく。
画像をクリックorタップで飛びます。
l7knhvs32ege41jw3gv0l9nudqel_9gi_lo_9g_3

以下、投稿作品など。タイトルをクリックorタップで飛びます。

俺の異世界姉妹が自重しない! 連載中

青い鳥症候群 完結

異世界姉妹のファンアート 活動報告

小説家になろう 勝手にランキング
こちらも、気が向いたらで良いのでクリックorタップをお願いします。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ