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エピソード 3ー4 理由

 リスティスがガルムに襲われたという報告を冒険者ギルドの受付で聞き、俺達は全力でリスティスが運ばれたという診療所へと駆け込んだ。

「すみません、ここに女の子が運ばれたと――」

「――聞いたんだけど!」

 カティアと二人、入り口にいた医者っぽいおじさんに詰め寄る。おじさんは目を白黒させて、わずかな沈黙のあと「それなら、一番奥の部屋にいるはずだ」と教えてくれた。


「一番奥の部屋ですね」

「ありがとうございます!」

「こりゃ、廊下を走るでない!」

 背後からおじさんの苦情が飛んでくるけど、今はかまっていられない。俺とカティアは全力で一番奥の病室前へ。ノックをする手間も惜しんで、部屋の中に飛び込んだ。

 薄暗い病室のベッドサイド、うなだれるリスティスの姿があった。それを見た瞬間、カティアは俺の横をすり抜けて、リスティスのもとに駆け寄った。


「リスティス、大丈夫なの!?」

 カティアの声に反応し、リスティスがゆっくりと顔を上げた。だが、なにかあったのだろう。その紫色の瞳には生気が宿っていない。

「リスティス、しっかりして、リスティス!」

「……カティア、お姉ちゃん?」

 カティアを見たリスティスの瞳に、わずかながら光が宿る。それと同時、その大きな瞳に涙がにじんだ。


「カティア、お姉ちゃん。カティアお姉ちゃん! うあぁぁぁぁぁぁあぁっ!」

 堰を切ったように泣きじゃくり、カティアの胸に飛び込む。そんなリスティスを、カティアは慌てて抱き留めた。


「リスティス、どうしたの? なにがあったの? 怪我はしてない!?」

 リスティスは泣きじゃくるばかりで、カティアの問いかけには答えない。なので、抱きつかれているカティアの代わりに、俺がリスティスの身体を確認する。

 だけど、見える範囲にあるのは擦り傷程度で、大きな怪我は見当たらなかった。


「……一希?」

「いや、大丈夫そうだ」

「……そっか。リスティス、落ち着いて。なにがあったの?」

 カティアがリスティスの金色の髪を撫でつけてあやし、優しい口調で問いかける。

「うぅ、ぐすっ。森の入り口で、ガルムに襲われたの。それで、もうダメかと思ったんだけど、ひくっ。そこにミリアさんが現れて、私の代わりに――」

「ミリアさん?」

 カティアが呟くのと、俺が答えに至るのは同時だった。

 リスティスが座っていたのはベッドサイド。つまり、部屋の主はリスティスではなく――と視線を向ければ、ベッドにミリアさんが寝かされていた。

 治療はされているみたいだけど、その顔色は明らかに悪い。


「……カティア」

 俺には医療知識がないけど、精霊魔術で人の体調を確認できるカティアなら、ある程度は確認できるはずだ。そう思って状態の確認を促す。

 カティアはすぐに頷き、リスティスを抱きかかえたまま、俺の方へと身体を向けた。

「リスティスをお願い」

 泣いてくるリスティスをこちらに差し出してくる。カティアの支えを失ったリスティスがくずおれそうになり、俺は慌ててその小さな身体を抱き留めた。


「バイタルサイン確認……っと」

 カティアが呟き、薄暗い部屋に光のウィンドウが浮かび上がった。

 例によって俺はまだあんまり文字が読めないんだけど、様々な数字が表示されている。バイタルサインと言うからには、脈拍や血圧、酸素濃度を初めとした数値、なのかな?


「……そう、だね。一命は取り留めたと……思う」

 そう口にするカティアの表情は険しい。リスティスがいる手前、あまり良くないという言葉を口にしないようにしているのだろう。

「……俺を救ってくれたみたいに、契約でなんとか出来ないのか?」

 カティアは静かに首を横に振った。既に契約しているカティアはもちろん無理だし、そもそも精霊同士は契約できないそうだ。しかも、もし契約できたとしても、身体能力や治癒能力を持っている精霊と契約しないと、俺を救ったときのようなことは出来ないらしい。


「じゃあ……その、治癒魔術みたいなのはないのか?」

「白魔術があるんだけど、治癒効果を高めるだけで、そこまで劇的な効果はないんだよね。と言っても、やらないよりはマシだから、今から使ってみるよ」

 カティアはそう言いつつ、リスティスをチラリ。今のうちに事情を聞き出して欲しいと言うことだろう。その意図を察した俺は小さく頷き、リスティスを廊下へと連れ出した。



「なにか飲み物をもらってくるよ」

 リスティスを近くにあった長椅子に座らせ、受付へ向かおうとする。だけど俺が歩き出す寸前、リスティスに袖を捕まれた。

「……リスティス?」

 どうしたのかと振り返るけど、リスティスは袖を掴んだままで答えない。けれど、俺はその小さな身体が、小刻みに震えていることに気がついた。

 今は飲み物よりも、側にいる人が必要なのかもしれない――と、そんな風に考えて、リスティスの隣に座る。そうして、その頭をそっと抱き寄せた。


「リスティスは、怪我とかしてないか?」

「……私は、大丈夫。ミリアさんが助けてくれたから」

「そう、か……」

 リスティスが無事で本当に良かったと思う。けど、ミリアさんが大けがを負ったことで、リスティスは深く悲しんでいる。怪我がなくとも、大丈夫とは言えないだろう。


 それなのに、リスティスは震える声で大丈夫だと呟く。無理をしているのは明らかだ。

 話を聞いてあげるべきなのか。それとも今はそうっと見守るべきか。どちらにもリスクがあるような気がする。こんな時、どうするのが正解なんだろうな……?

 そんな風に迷った俺は、まずは様子を見ながら話を聞いてみることにした。


「……なぁ、なにがあったか教えてくれないか?」

 もしリスティスが拒否反応を見せれば、すぐにでも話を変えるつもりで様子をうかがう。幸いにしてリスティスは、実は――とぽつぽつと事情を話し始めた。


 リスティスは、所用で森の入り口にまで足を運んだそうだ。

 そこに、森から出てきた二体のガルムと運悪く遭遇。リスティスは護身用に持っていた短剣で応戦したのだけど、一体を倒した時点で短剣を取り落としてしまった。

 絶体絶命のピンチ。もうダメかと思った瞬間、飛び出してきたミリアさんに救われた。それが今回の出来事だそうだけど……リスティスはどうして、森になんて行ったんだろう?


「ねぇ一希お兄ちゃん。ミリアさん、大丈夫だよね? お父さんやお母さんみたいに、死んじゃったり……しないよね?」

 アメジストの瞳が不安に揺れている。それを見た俺は、リスティスの両親がガルムに殺されたのだったと思い出した。

 カティアが駆けつけたとき、リスティスのご両親は命懸けでリスティスを護っていたらしい。なので、そのときと重ねて、不安に思っているのだろう。

 だから――


「絶対に大丈夫だよ」

 俺はきっぱりと断言した。だけど、それは根拠のない励ましだ。

 カティアの白魔術にどれくらいの効果があるか分からないけど……ステータスを見たときのカティアの反応を考えれば、このまま目を覚まさない可能性もないとは言い切れない。

 だから、最悪の事態が起きたら、俺はリスティスに恨まれるだろう。だけど、それでも、リスティスの不安が少しでも和らぐなら――と、俺は素知らぬ顔で大丈夫だと繰り返す。


「そっか……良かった」

 俺の慰めに、リスティスは少しだけ安堵の表情を浮かべた。

 リスティスはミリアさんを避けてるとか聞いてたんだけど……とてもじゃないけど、そんな風には見えないな。もしかして……本当はずっと慕ってたのかな?


「ミリアさんはね、私のお母さん――ミリアリアお母さんから生まれた精霊なの」

「そう、だったんだ……」

 知らなかったフリをして驚きの声を上げる。だけど、驚いたのは演技じゃない。リスティスが自分からそんな話をするとは思わなかったから驚いたのだ。


「それでね。ミリアさんは記憶も引き継いでいるし、容姿もお母さんそっくりなの」

「それで、リスティスを護ってくれたんだな。良いお母さんじゃないか」

 咲夜の生まれ変わりであるサクヤは記憶を引き継いでいなかった。だけど、ミリアさんは違う。全てを引き継いでいて、本人そのものだと言えるような存在。

 だから俺は、少しだけ羨ましいと思った。なのに、リスティスは首を横に振る。


「ミリアさんは……私のお母さんじゃないよ」

「……どうしてそんなことを言うんだ? ミリアさんは、リスティスを心配してるのに」

 最初にあったときも、リスティスの様子を聞いていた。そしてそれ以降に会ったときも、やっぱりリスティスのことを気にかけていた。

 そえなのに、そんなミリアさんを拒絶する。リスティスの想いが理解できなくて、俺は少しだけ咎めるように問いかけた。

 その瞬間――


「そんなのっ、そんなの知ってるよ! ミリアさんが私を大切に思ってくれてることなんて、誰よりも私が一番よく知ってるもん!」

 今までみたこともないような剣幕。そして、その大粒の瞳から涙があふれ出るのをみて、俺は激しく動揺した。


「だったら……だったらどうして、お母さんって呼んであげないんだ?」

「だから、お母さんじゃないんだってば! お母さんはもうどこにもいない! お母さんは、私を庇って、代わりに殺されたんだから!」

「それ、は……でも、ミリアさんは、記憶も容姿も引き継いだ生まれ変わりだろ?」

 それなら、お母さんは今も生きていると言うこと。そう思っていたから、俺は次のリスティスの言葉で打ちのめされることになる。


「生まれ変わりでも、本人じゃないよっ! 私がミリアさんをお母さんって呼んだら、死んだお母さんはどうなるの? 私を庇ってくれたお母さんが、いなくなっちゃうじゃない――っ」

「……そう、か」

 リスティスはミリアさんを嫌ってなんていなかった。それどころか、お母さんのように優しい彼女に惹かれている。

 だけど、リスティスにとってのお母さんは、リスティスを庇って死んだミリアリアさんただ一人だけ。だから、ミリアさんに甘えて、お母さんを忘れてしまうのを恐れている。


「……貴方は、そんな風に考えていたのね」

 弱々しい声が廊下に響く。その声に驚いて顔を向ければ、カティアに支えられたミリアさんが、病室から出てくるところだった。

「ミリアさん! 良かった、目が覚め――っ」

 リスティスはミリアさんが目覚めたことに喜ぶような表情を見せた。だけどそれは一瞬で、すぐに唇を噛んで逃げようとする。

 だけど――


「良いのよ、それで」

 ミリアさんの穏やかな声が、リスティスを引き留めた。リスティスは驚いた顔で、ゆっくりとミリアさんの顔を見る。


「……良いって、どういうこと?」

「私のこと、無理にお母さんなんて思わなくて良いのよ」

「で、でも、姿はそっくりだし、記憶だってあるって」

「ええ、そうね。だから私にとってあなたは、大事な大事な娘よ。だけど……ね? 貴方まで、私と同じように考える必要なんてないでしょ?」

「でも、それは……」

「あなた言ったじゃない。“お母さんは私を庇って死んだ”って。だから私のことは、お母さんによく似た、親戚の小母さんかなにかに思っておけば良いのよ」

「でも、でもでも、それじゃ、ミリアさんが悲しいでしょ?」

「ばかねぇ……そんなことを気にしていたの?」


 力なく微笑んだミリアさんは、カティアの支えを借りてリスティスのもとへ。そうして目の前で膝をつくと、涙を浮かべるリスティスの身体をぎゅっと抱きしめた。


「私はあなたのお母さんなのよ? 自分のことなんかより、あなたの方が大切に決まってるじゃない。だから、あなたが気にする必要なんて、な~んにも、ないのよ?」

「ほんとう、に? じゃあ、ミリアさんって呼んでも嫌じゃない?」

「もちろんよ。リスティスの好きなように呼びなさい」

「……ミリア、さん。ひくっ、ぐすっ。……ごめ、ごめんなさい。今まで、無視したり、辛く当たったりして、ごめん、ごめんなさいっ! うわああああぁぁぁあぁっ!」


 ミリアさんにしがみついて泣きじゃくる。

 俺は二人のわだかまりが解消されて良かったと心から祝福しながらも、どこか複雑な想いを抱いていた。

 俺は咲夜が死んだと聞いて、咲夜の生まれ変わりである精霊を探していた。

 その理由は決して一つじゃない。だけど、一番大きな理由は、その精霊が咲夜自身かもしれないと期待したから。だけど……

 俺が探していたのは、咲夜の身代わり……なんだろうか?


 ……分からない。咲夜ならきっと、サクヤを助けようとするはずだ。だからたぶん、サクヤを救うことは咲夜への恩返しになると思う。

 だけどもしかしたら、俺が咲夜の生まれ変わりを探していたのは、俺自身が罪悪感から逃れたいだけ……なのかもしれない。



 その後、リスティスはミリアさんの側にいるというので、俺とカティアだけうちに帰ることにした。そうして夕焼けの小道を歩きながら、俺はこれからのことについて考える。

 ミリアさんは一命を取り留めたし、リスティスとの関係も良好になった。ミリアさんが元気になれば、二人は一緒に暮らすことも可能だろう。

 ミリアさんの怪我が治れば、カティアは一緒にウィラント伯爵領についてきてくれるはずだ。そう思った俺に、カティアは静かに告げた。

「ごめんね。やっぱり私は、ウィラント伯爵領にはついて行けないよ」――と。

 

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