エピソード 3ー3 遺跡起動の代償
――翌日。俺は朝からカティアに正座させられていた。まるで意味が分からないと言いたいけど……なんとくデジャビュである。そして、理由が予想できてしまう。
「一希に聞きたいことがあるんだけど」
「……もしかして、リスティスに元気がない理由か?」
「まさかと思うけど、一希がなにかしたの?」
その切れ長の眉が少しつり上がる。返答によっては成敗されそうな雰囲気だ。
「なにかしたというか、言われるままに答えたというか。リスティスに、お姉ちゃんの様子がおかしいって詰め寄られたんだよ」
「……それで、なんて答えたの?」
「ありのままに。咲夜の生まれ変わりが見つかってから、カティアの様子がおかしいって」
「そっかぁ……」
今の一言だけで察したのだろう。カティアは小さなため息をついた。
「理由が分かったなら、俺にも教えて欲しいんだけど?」
「そんなの簡単だよ。リスティスは私のことを心配してくれてるんだよ」
「心配してたら、どうして落ち込むんだ?」
「そんなの、私が一希を…………」
「俺を?」
何故かカティアの顔が真っ赤になっていく。そして、
「――そんな手に引っかからないんだからね!?」
何故か怒られた。引っかけるもなにも、俺はただ疑問を口にしただけなのに……解せぬ。
「よく分からないけど、どうしたら良いと思う?」
「ん~、そうだねぇ。今日の夜にでも、私が話をしてみるよ」
「……分かった。カティアに任せるよ」
気になるけど、俺が相手では、リスティスも悩みを打ち明けられないだろう。そう思ったから、リスティスのことはカティアに任せることにした。
「それじゃ、この話はお終い。今日は森でガルム退治だよ」
「またガルムか。最近、ガルム退治の依頼が多くないか?」
生きていくために必要なことだから嫌ってことはないんだけど……冒険者になるのが目的な訳じゃないので、戦闘三昧なのはなぁ。なんて思いながら立ち上が――いてぇっ。
「――っと、大丈夫?」
足がしびれて立ち損ねた俺を、カティアが慌てて抱き留めてくれた。それはありがたいんだけど、何故かそのまま豊かな胸元へ抱き寄せられた。
「……あ、あの、カティア?」
「――ふえ? あ、その、えっと……そう、魔力。急に魔力が欲しくなったの!」
ちょっと慌てたようにカティアが俺から離れる。なんか恥ずかしいような、残念なような。そんなに俺の魔力って美味しいんだろうか……
「そ、それで……えっと、なんの話だっけ?」
「なんだっけ? あぁ、ガルム退治の依頼が多くないかって」
「あぁ……それは、ほら。一希と私は、ガルムの討伐数がいつも多いから」
「……………………ああ」
精霊の血が混じっていない俺は体内に宿す魔力の純度が高く、ガルムに非常に狙われやすい。だからガルムを退治する数が多いので、依頼を任せやすい、と。
「……ガルムに好かれても嬉しくないなぁ。なんかおとりみたいだ」
「あはは……たしかにそれは否定できないんだけど、最近ガルムが多いからね。一希には、みんな助けられてるんだよ?」
「そう、なのか?」
「うん。ウィラント伯爵――と言うか、サクヤ達が遺跡にある魔法陣を起動したでしょ? だから森の魔力素子が希薄になっていて、魔獣とかが森から出てきてるんだよ」
「あぁ……そんなことも言ってたなぁ」
そのおかげで、俺がこの世界に来られたのは事実だけど……生まれ変わりとは言え、咲夜が色んな人に迷惑をかけてるって言うのは……ちょっと辛い。
「――よし、それじゃ、じゃんじゃんガルムを退治しよう!」
「え、なんか急に乗り気になったね?」
「まぁ……なんとなく?」
サクヤのしたことの後始末が、咲夜に対する恩返しになるのかは分からないけど……カティアの住む街のみんなが助かるのなら、まぁ悪くはない。
それに、俺はカティアに金銭的な意味でも世話になりっぱなしだ。
サクヤが迎えに来るといった日まであまり時間がない。だから、それまでにカティアが俺のために使ったお金だけでも返せるように、大人しくガルムの退治に出かけるとしよう。
やってきた森の中。俺達はさっそく遭遇したガルム達と戦っていた。
「そっちに二体行ったよ!」
「任せろ!」
飛び掛かってくるガルムを避け、すれ違いざまに長剣を振るう。その一撃で一体を切り伏せ、時間差で飛び掛かってきた二体目は、回し蹴りで撃退した。
あとは地面の上をのたうつガルムにとどめを刺して終了。そう思った瞬間、更に茂みをかき分ける音が接近してくる。
「一希っ!」
「だいじょう――うぇっ!?」
飛び出してきたガルムを側面に回避。先ほどと同じように剣を振るったのだが、その一撃はガルムの毛並みに防がれてしまった。――と言うか、デカい。ただでさえ大型なガルムの中でも更に二回りくらい大きい。もはや、熊くらいの大きさがある。
「気をつけて、そいつはハイガルム、ガルムの上位種だよ!」
「上位種? ボスみたいなものか!?」
飛び掛かってくるハイガルムを回避――って、はやっ!? なんだよこいつ。ガルムと比べものにならないくらい巨体なのに、速度はむしろ勝る勢いだぞ!?
俺は続けて飛び掛かってくるハイガルムの攻撃を必死に回避する。こんな巨体の飛び掛かり、引っかかるだけでもそのまま吹き飛ばされて、間違いなく終わる。
「こっちを片付けたら行くから、もう少しだけ耐えて!」
「分かってるけど――っ!?」
ハイガルムの飛び掛かりを、先ほどと同じように回避――したと思った瞬間、ハイガルムがその前足を振るった。凶悪な爪が俺を切り裂く――寸前、俺はとっさに長剣で受け止めた。
だけどその一撃は重く、剣を弾き飛ばされてしまう。
「――このっ!」
切り返して飛び掛かってこようとしたハイガルムの鼻先に蹴りを入れる。いや、蹴りを当てたというか、足で突進を受け止めたというか。俺は逆に衝撃で吹き飛ばされてしまった。
「~~~っ」
苦痛に顔をゆがめながらも立ち上がる。そんな俺の側に、カティアが駆けつけてくれた。カティアはハイガルムに剣を突きつけつつ、俺の方へと視線を向けてくる。
「一希、大丈夫なの!?」
「あ、あぁ……だい、じょうぶだ。悪い、助かった」
「うぅん。こっちこそ、遅くなってごめんね」
「いや、ホントに助かった。でも……カティアなら、あいつに勝てるのか? もし必要なら、融合を使ってくれても良いぞ?」
融合はカティアの経験や知識を使って、俺が戦うというシステムだ。
だから、カティア自身が戦うより反応速度が落ちるんだけど、代わりに俺の魔力素子を魔力に変換する能力を使えるので、魔術が強くなると言う利点がある。
なので、剣が利きにくいハイガルム相手なら、融合を使った方が対処しやすいはずだ。そう思っての提案だったんだけど、カティアは大丈夫だよと笑った。
「心配しないで。あれくらいなら融合を使うまでもないから」
「……マジで?」
「うんうん。だから、ちょっとだけ魔力をもらうね」
カティアはそう言って左手で俺に触れ、右腕をハイガルムへと突きつける。俺の中から力が抜け落ちる感覚。そして――カティアの手のひらに淡い光が収束を始めた。
その光はヤバイ――と、ハイガルムは本能で感じ取ったんだろう。ハイガルムが狂ったように雄叫びを上げる。
「魔力が欲しいのは分かるよ。分かるけど、一希を傷つけるのは許さない。だから……」
カティアが静かに呟く。その瞬間、カティアの突き出した手のひらを中心に、光の魔法陣が展開。放たれた光が、ハイガルムを貫いた。
わずかな静寂、ハイガルムの巨体がドサリと倒れ伏した。
「……終わった、かな」
カティアが周囲の様子を探りながら呟く。そこに、あのハイガルムを一撃で屠ったことに対する高揚感のようなものは一切感じられない。
「またカティアに助けられたな。ありがと……っと」
ふらついて倒れそうになる。その瞬間、カティアに手によって支えられる。
「一希、どこか怪我したの!?」
「い、いや、ちょっとフラついただけだ」
カティアに多くの魔力を捧げたので、魔力切れを起こしたらしい。ここ数ヶ月は身体能力の上がっている状態が普通だったので、身体が重く感じられる。
「ごめん、少し魔力を使い過ぎちゃったみたいだね。ガルム達の解体は私が引き受けるから、一希はちょっと休んでて」
「いや、俺もちゃんと手伝うよ。戦闘でも助けられてばっかりなんだから、せめてそれくらいはさせてくれ」
「助けられてばっかりなんて、そんなことないよ。一希の魔力がなかったら、私でも苦労するくらいの強敵だったんだからね?」
「それ、俺を護りながら戦う必要がなければ、一人でも問題なかったって意味じゃないか?」
「そんなことないよ。一希が側にいるから、私はこんなにも頑張れるんだよ」
「……お、おう」
やばい、完全な不意打ちだった。俺を見てはにかむカティアが可愛すぎる。だけど、カティアは、ウィラント伯爵領にはついてきてくれない。それを思い出して胸が苦しくなった。
「……どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
「なんでもないって顔してないよ。ごめん、魔力をもらいすぎたのかな?」
「いや、それは大丈夫。少しずつマシになってるよ」
剣を持っている状態だと回復と消費が拮抗してあまり回復しないみたいだけど、今は剣を鞘にしまってるので、回復が実感できる程度には魔力が戻っている。
「……なら、どうしてそんなに辛そうなの? なにかあるのなら、私に相談して欲しいよ。それとも、私には話したくないのかな?」
「そんなことはないけど……」
「だったら話してよ。もうすぐ、私達はお別れ……なんだから」
「――っ」
唇を噛み、ぎゅっと拳を握りしめる。カティアの口からこぼれ落ちたのが、今の俺にとって一番聞きたくない言葉だったから。
「一希? 本当にどうしたの?」
「……なあ、本当に、ウィラント伯爵領については来てくれないのか?」
「それは……言ったでしょ? 私がいたら邪魔になっちゃって」
「そんなことない。少なくとも俺は、カティアがついてきてくれたら嬉しいよ」
「そう、なの?」
これだけ一緒にいたら分かりそうなものだけど……カティアは想像もしていなかったんだろう。驚いた顔で俺を見た。
「カティアは俺の命の恩人だし、そうじゃなくても一緒にいて凄く楽しいと思ってる」
もちろん、咲夜を探すという目的を忘れたことはない。だから本当の意味で楽しんでいたとは言えないと思う。だけど、それでも、咲夜を失ってから過ごす四年間の中で、この数ヶ月が一番楽しかった。それは俺にとって、偽らざる真実だ。
だから――
「もう一度言うよ。契約がどうとかじゃない。俺は本当に、カティアにウィラント伯爵領についてきて欲しいって思ってるんだ」
「それは、嬉しい……けど、リスティスのことが」
「それは、ミリアさんとリスティスが仲良く出来るように協力するよ。それに、ずっと側にいてくれとは言わない。両方の街を行ったり来たりするだけでも良いからさ」
俺が一番恐いのは、咲夜と同じように、離ればなれになって二度と会えないこと。それを避けられるのなら、俺はできる限りのことをしたいと思う。
そんな風に願う俺に対して、カティアは視線を彷徨わせた。
「カティアは……俺と一緒にいるのは嫌か?」
「……そんなはずないよ。私も、私も一希と一緒にいたいと思ってる」
「じゃあ――」
ついてきてくれるのかと尋ねる前に、カティアは小さく首を振って否定した。
「一希がそう言ってくれても、サクヤさんに悪いと思う気持ちもあるの。それにリスティスのことだってある。だから……だから、ね。少しだけ考えさせて?」
「……考えて、くれるのか?」
「うん。まだどうするか分からないけど……でも、だからこそ、ちゃんと考えてみる」
「……ありがとう。今はそれで十分だ」
たしかに、同行すると言われたわけじゃない。だけど、カティアが一緒にいたいと思ってくれるのなら、きっとなんとか出来る。そんな風に思った。
だけど、ハイガルムなどの毛皮や討伐の証をギルドへと持ち帰った俺達を出迎えたのは――
「大変だにゃ! リスティスちゃんが、森の入り口でガルムに襲われたそうだにゃ!」
血相を変えたアンネから聞かされた凶報だった。
本編とは関係のない話なんですが、精霊が契約主から魔力を補充するのに抱きつく必要はありません。
アストラルサイドで繋がるので、近くにいれば勝手に回復していきます。





