エピソード 3ー1 精霊サクヤ
活動報告に、異世界姉妹2巻の表紙やラフを載せてます。良ければご覧ください!
「……さく、や。生き、て……生きていたのか?」
かすれた声で問いかける。けれど、咲夜とおぼしき少女はゆっくりと首を横に振った。
「あたしはサクヤ。咲夜から生まれた精霊よ」
「咲夜から生まれた、精霊……?」
言われて気づく。サクヤと名乗った少女は、俺が思い描く咲夜の四年後の姿そのものだけど、一カ所だけ違う部分がある。左の瞳が金色に輝いているのだ。
「それじゃ、咲夜はやっぱり……?」
「ええ、二年前に亡くなったわ」
「そう、か……」
カティアから聞かされたのと同じ答え。やはり咲夜は既に死んでいる。そして目の前の少女こそが、咲夜の生まれ変わりだと言うこと。
「キミが咲夜の生まれ変わりだと言うことは判った。だとしたら、キミは咲夜なのか?」
「あたしが咲夜の生まれ変わりであることは事実よ。だけど、貴方の識る咲夜と同一かどうかは、貴方にしか判らないわ」
「……精霊のパラドックス、か」
「そう。あたしには、幼なじみの男の子を好きだという気持ちが少しだけ残っている。でも、それだけ。あたしには、人間だった頃の記憶が残っていないの」
「そう、か……」
咲夜が死んだと聞かされた時から覚悟していたことだ。
覚悟していたことだけど、ここまで生き写しなのだから――と、心の何処かで期待してしまったのだろう。記憶がないと聞かされ、俺は想像以上にショックを受けた。
「……ごめんなさい。貴方を傷つけたかった訳じゃないのよ。だけど、嘘を吐いてもきっと、いつかはバレると思って……」
「そう、だな」
咲夜はこの世界の生まれじゃない。もし記憶があると嘘を吐いていても、昔話をした瞬間に記憶がないことが発覚していただろう。
悲しいことだけど、仕方がないことでもある。そんな風に自分を言い聞かせる。
「……その表情。やっぱり、貴方が咲夜の幼なじみなのね」
「ああ、そうだよ。俺が咲夜の幼なじみの一希だ」
「そっか……。それじゃあ、貴方があの魔法陣からこっちの世界に来たのは?」
「咲夜に会いたかったからだ」
俺がそう答えた瞬間、サクヤが嬉しそうに顔を輝かせた。
「やっぱり。貴方は咲夜のことが大好きだったのね」
「なっ!? べべべっ別に、好きとかそう言う――いや、たしかに大切な幼なじみとは思ってたけど、恋とか、そう言うのじゃないぞ!?」
「ふふっ、慌て過ぎよ。そもそもあたしは好きだったと言っただけで、恋をしていたなんて言ってないわよ?」
「そ、そうだよな」
「もっとも、咲夜の好きは、異性としての好きだったみたいだけどね」
「~~~っ」
不意打ちに顔が紅くなるのを自覚する。ほかの誰かに言われたのなら、もう少し冷静でいられたと思うんだけど……咲夜の顔をした少女に言われるとか、衝撃が大きすぎる。
「ねぇ、一希。そんな貴方にお願いがあるの」
「お願い?」
即座に、俺の中で意識が切り替わった。
俺が咲夜の生まれ変わりを探していたのは、咲夜に救われた恩を、生まれ変わりである精霊に返すためだったから。だから、願いがあるのなら、なんとしても聞き届けたい。
「ええ、貴方をここに呼び寄せたのは、それが目的よ」
「……呼び寄せた? もしかして、遺跡の側で調査隊がうろついてるって噂は?」
「あたしが流した噂よ」
「なんでわざわざそんなことを? 俺に話があるなら、普通に会いにこれば良いじゃないか」
「貴方には、あのカティアって精霊がいつも側にいたでしょ? ほかにもいくつか貴方と会うためにあれこれしてたんだけど、全部あの精霊に阻止されちゃってたのよ」
「そう、だったのか……っ。さっきの爆発音はまさか?」
「あの精霊を、貴方から引き離すためのおとりよ」
「……カティアに危害を加えるつもりじゃないだろうな?」
カティアは俺の命の恩人だ。たとえ咲夜の生まれ変わりだとしても、カティアに危害を加えるなんて許さないと睨みつける。
「……恐い顔ね。心配しなくても、傷つけるようなマネはしないわ。貴方と話すあいだ、少し追いかけっこをしてもらってるだけよ」
「……そっか。なら良いけど……それで、俺にお願いって?」
「知っているかもしれないけど、あたしは調査隊の副隊長なの」
「副隊長だって言うのは初耳だけど、調査隊だって言うのは聞いてるよ。ウィラント伯爵の命令で動いてるんだよな?」
「ええ。その通りよ」
「……ずいぶんとあっさり認めるんだな」
ウィラント伯爵の命令云々は、公式には認めていないと聞いていたので、ちょっと驚いた。
「もちろん、本当は秘密よ? でも、今回のお願いって言うのは、あたし達に力を貸して欲しいというものだから、素性を隠す訳にはいかないでしょ?」
「……そう言えば、遺跡を起動したのもサクヤ達なんだよな? 異世界の知識を得るためだって聞いてるけど……どうして異世界の知識が欲しいんだ?」
「あたし達の住むウィラント伯爵領は、貧困にあえいでいるの。だけど、貴方達の住んでいる世界は豊かで、この世界よりずっと発展しているのでしょ?」
「まあ……そうだな」
地球にだって飢餓や貧困はあるけど、日本とここでは天と地ほどの差があるのは事実だ。
「つまり、ウィラント伯爵に協力しろってことか?」
「……貴方の言いたいことは分かるつもりよ。咲夜を攫った張本人だものね」
「それだけじゃない。咲夜を攫った連中は、ショッピングモールに火を放った。それで、俺や咲夜の両親は焼け死んだんだ」
俺がそれを告げた瞬間、サクヤの整った顔が驚きに染まった。
「教えてくれ。異世界の知識が目的なら、調査隊はどうして火を放ったりしたんだ?」
「……聞いた話になるけど、不幸な事故だと聞いているわ。異世界に魔力素子が存在しないため、同行していた精霊が狂ったって」
「そう、か……」
言い訳だとは思わなかった。異世界には魔力素子がなく、精霊は生きられないとカティアが言っていたことを思いだしたからだ。
「ただ……事故とは言え、貴方の家族が死んだのは事実だし、サクヤを攫ったのは間違いなく、あたし達がやったことよ。だから――ごめんなさい」
サクヤが深々と頭を下げる。それを見た俺は酷く動揺してしまった。
「どうして、どうしてサクヤが頭を下げるんだ! サクヤは被害者だろ?」
「いいえ。攫われたのはあたしじゃなくて、生まれ変わる前のあたし。そして今のあたしは、ウィラント伯爵にお仕えする精霊だもの。あたしが謝罪するのは当然でしょ?」
「それ、は……」
現調査隊の副隊長が、前調査隊の不始末を謝罪する。それは別に不思議でもなんでもない。
だけど……俺が怒っているのは、咲夜や両親を奪われたから。
それなのに、咲夜の生まれ変わりに謝罪をさせるなんて本末転倒だ。怒りをぶつけるなんて出来るはずがない。だから――と、俺は唇を噛んで怒りを抑え込んだ。
「……サクヤは、ウィラント伯爵に自分の意思で仕えているのか?」
「ええ、精霊として生まれ変わって途方に暮れていたあたしを拾ってくださったの。だから、ウィラント伯爵家に仕えるのはあたしの意思よ」
「咲夜を攫った張本人なんだろ?」
「そうね。たしかに人さらいは良くないことだけど……必要なことだったのだと思うわ。少なくとも、今のウィラント領を見ているとね」
「貧困から民を護るため、か」
「ええ。咲夜の残してくれた知識はそう多くないわ。肥料という概念くらいで、具体的な肥料の作り方も分かってない。だけどそれでも、ウィラント領に可能性を与えてくれたの」
「可能性、か」
肥料を作れば、農作物が良く育つ。だから肥料を作ることが出来れば、この領地は救われると言う希望を持ったのだろう。だからこそ、新たな異世界の知識を欲した。
「それにね。貴方は怒るかもしれないけど……咲夜が攫われていなければ、あたしは生まれてこなかったから」
「それ、は……」
どうしようもなく事実だった。
この世界に攫われなければ咲夜が死ぬこともなかったし、仮に死んだとしても、俺達が住んでいた世界では、人が死んで精霊に生まれ変わるなんてシステムは存在しないのだから。
咲夜を攫った連中は許せないけど……咲夜の生まれ変わりを悲しませるようなことも言えない。言えるはずがない。彼女は間違いなく、咲夜の生まれ変わりだと思うから。
だから――と、俺は咲夜を攫った者達に対する怒りも抑え込んだ。
「なら、もう一つだけ聞かせてくれ。魔法陣を起動したのが、異世界の知識が目的なら、あの時のあれはなんだったんだ?」
咲夜は止めようとしてくれていたみたいだけど、ほかの連中は俺を殺そうとしていた。サクヤについて行きました、殺されましたじゃシャレにならないと尋ねる。
「……あれは、本当にごめんなさい。あたしは貴方が一希だって思ったから、契約をしようとしたんだけど、勘で契約をするなんてって隊長が怒っちゃって」
それを聞いた俺は首をかしげる。
契約なんてちょいちょいとする程度のはずなのに――と、いまだに思ってる訳じゃない。カティアはそう言ったけど……それはたぶん、俺が負担に思わないようにするための嘘。
だから、契約をしようとしたサクヤを、周囲が止めようとするのは理解できる。
だけど……
「俺が一希だったら、どうして契約する必要があるんだ?」
「貴方はゼフィリア語がしゃべれなかったでしょ? でも融合すれば、互いの意思を疎通させることが出来る。だから、まずは契約と思ったのよ」
「あぁ……そういうことだったのか」
俺を一希だと思って契約しようとしたサクヤと、軽率だと止めようとした仲間。サクヤが止まらないのを見て取り、俺の方を排除しようとした、と。
そう考えると、彼らには殺意はなく、脅しだったのかもしれない。それを肯定する証拠はないけど……なんとなく、サクヤは嘘をついていないような気がした。
咲夜と顔がそっくりだから、表情が読みやすいと思い込んでるだけかもしれないけどな。
「それで、どうかしら? あたし達に協力してくれない?」
「俺は……」
なんと答えるべきか迷っていると、不意に森を駆ける音が響いた。その直後、茂みから飛び出してきたのはカティアだった。慌てた様子で、俺とサクヤのあいだに割って入る。
そして――
「一希、大丈夫……って、え、えええええぇっ!? う、嘘よ。どう、して……?」
カティアは、サクヤの顔を見て硬直した。
どうしてそんなに困惑しているのだろう? カティアにとっては友人だった咲夜の生まれ変わり。そのはずなのに……その表情に喜びは見えない。
そして、驚くカティアを前に、サクヤはため息をついた。
「邪魔が入ってしまったわね。残念だけど、今日のところはこれでおいとまするわね」
「……待ってくれ。まだ聞きたいことがあるんだ」
「心配しないで。近々、返事を聞きに行くから。そうね……一ヶ月後、街の外で待っているわ。そのときにあらためて話しましょう。だからその前に、その子に事情を話しておいてね」
サクヤはパチリとウィンクをすると、身をひるがえして立ち去っていった。
その後ろ姿を見送り――俺はカティアへと視線を向ける。だけどカティアは、そんな俺の視線にも気づく様子もなく、呆然とたたずんでいた。
「カティア?」
「――っ」
俺が名前を呼んだ瞬間、カティアはびくりと身を震わせた。そうして怯えるように、俺から一歩後ずさる。そこに浮かぶのは、捨てられた子供のような表情。
過剰なまでに優しくて、頼りがいのある少女の面影は欠片も残っていなかった。
「……どうかしたのか?」
「えっと……う、うぅん。なんでもない。なんでもないよ」
「なんでもないって……そんな風に見えないから、どうしたんだって聞いてるんだ。もしかして、咲夜の生まれ変わりに会ったのがショック……なのか?」
理由は分からないけど、このタイミングで無関係とは思えない。そう思って問いかけた瞬間、カティアは涙を流し始めた。その予想外すぎる反応に、俺の方が慌ててしまう。
「カ、カティア? どうして泣くんだ? 俺がなにか変なことを言ったのか?」
「……うぅん、そうじゃないよ。ただ、えっと……そう。一希は、咲夜の生まれ変わりを見つけたんだなぁって、そう思ったらなんだか泣けちゃって」
「カティア……」
うれし泣きだと主張してるみたいだけど、とてもじゃないけどそんな風には見えない。本当に、どうして泣いているんだろう?
俺はカティアが咲夜の生まれ変わりかもしれないと思い始めていた。だけど、あのサクヤと名乗った精霊が偽物だとは思えない。
だとしたら、カティアは咲夜の生まれ変わりじゃないと言うことになる。だから、サクヤと会う前のやりとりは俺の勘違い。カティアが悲しむ理由なんてないはずだ。
なのに、カティアは俺の前で泣いている。
「……ごめんな」
「どうして一希が謝るの?」
「分からない。でも、どうしてか、凄く申し訳ない気分なんだ」
「……ふふっ、一希ってば、へんなの」
カティアはあふれ出る涙を指で拭い、ほんの少しだけ笑ってくれた。
そんなカティアを見て、俺は少しだけ安心する。サクヤのことも気になるけど、今はカティアを放っておけない。そんな風に思っていたから。





