エピソード 2ー5 咲夜
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既に遺跡の側まで来てると言うことで、ガルムから毛皮や討伐の証を採取したあと、俺達は近くの小川で血糊を落とし、遺跡へとやってきた。
「ん~遺跡に調査隊は来てなさそうだね」
カティアが入り口の地面を眺めながら呟く。
「……見たくらいで分かるのか?」
「足跡とかでね……なんて、嘘だよ。本当は、近くにいた精霊に聞いたの」
「なんだ、びっくりした」
そんな特種技能まで持ってるのかと思った。……いや、その辺の精霊に聞くって言うのも十分に凄いことだと思うけど。
「取りあえず、周辺に調査隊はいなさそうだし、休憩にしちゃお」
「あぁ、そう言えば、お腹すいたな」
時計がないから正確な時間は分からないけど、お昼はとっくに過ぎているはずだ。と言うことで、俺達は遺跡の中にある小部屋で昼食を取ることにした。
カティアがちょこんと大きな石の上に座り、俺はその向かいに腰を下ろす。
「今日は一希の大好きな、卵サンドだよ」
「おぉ、ありがとう」
カティアに差し出されたお弁当箱から一つつまみ、そのまま口に運んだ。
「……うん。やっぱりカティアの手料理はどれも美味しいな」
「ホント? 一希には物足りないかもって心配したんだけど、大丈夫かな?」
この世界は中世のヨーロッパくらいの生活水準なので、香辛料や食材は手に入らない物も多い。だから地球の食事と比べると少し物足りない部分もあるのは事実だ。
だけどカティアは、その辺りを良く工夫してくれている。
前にカティアと外食をしたことがあるけど、カティアの手料理の方がずっと好みだった。なので、カティアの料理に文句を言うなんてありえない。
「嘘なんかつかないよ。カティアの手料理は美味しいからな」
「……そう言ってくれると嬉しいなぁ」
本当に嬉しそうに微笑むカティアが可愛くてヤバイ。と言うか、俺の感謝にここまで喜んでくれるって、なんかこっちまで嬉しくなってしまう。
外見が可愛くて、冒険者としても凄く強い。それなのに性格まで謙虚で優しい。ほんと、冒険者の連中にモテまくりなのもよく分かる。
……今にして思えば、咲夜もそうだった。整った顔立ちの美少女で、周りからちやほやされていたのに高飛車にならず、みんなに優しく接していた。
カティアが本当に咲夜なのかどうか、まだ確信は持てないけど……性格はよく似ている。
――カティアが、咲夜の生まれ変わりなら良いのに。
いつの間にか、そんな風に考えている自分に気づいて驚いた。俺が探しているのは咲夜の生まれ変わりであって、カティアが咲夜の生まれ変わりである必要はないはずだったから。
「……一希? どうかしたの?」
「――っ、いや、なんでもないよ」
慌てて取り繕って、サンドウィッチへとかぶりつく。だけど、なんらかの違和感を抱いているのだろう。カティアの視線は俺に固定されたままだ。
なにかごまかすための口実は――と考えた俺は、さっきの融合とやらの説明を聞いていないことを思い出した。
「そう言えば、さっきの融合とか言うのは一体どういうことなんだ?」
「あぁ、あれね。話すと長くなるんだけど……聞きたい?」
「それはまぁ……あんな体験をさせられたからな。気にするなって言うのは無理があると思うぞ? 秘密とかでなければ、教えて欲しいな」
「秘密ではないよ。ただ、どんな風に説明するかはちょっと悩んじゃうね」
「難しい話なのか?」
「まぁ、ね。出来るだけ簡単に説明するつもりだけど……そうだねぇ。この世界は四次元空間だって話はしたよね?」
「あぁ、そんなことを言ってたな。たしか、三次元空間に並列してもう一つ空間があって、そこに魔力素子とかがあるんだっけ?」
「そうそう。そして私達精霊は、魔力を使うことで四次元空間に干渉することが出来るの」
「……魔力で干渉? そうするとどうなるんだ?」
「それがさっき私が消えて見えた理由だよ」
「………………ええっと?」
分からないことばかりで理解が追いつかない。俺は一度情報を纏めることにした。
三次元空間に並列して空間が存在していて、四次元空間であるという概念は分かる。俺達が普通に認識している三次元空間も、二次元空間に高さを加えた空間だからだ。
でもって、四次元空間には魔力素子が存在。それを精製した魔力を使って、四次元空間に干渉。そうして引き起こす現象が魔術だと言うこともなんとなくは理解している。
だけど……それでカティアが消えたり出現したりって言うのは……よく分からないな。
「四次元空間に干渉したら消えるって言うのはどういうことなんだ?」
「正確には、消えて見える、だね」
「……つまり、実際には消えてないって言うのか?」
「うん。ええっと……そうだね。例えば――」
カティアはそう言って、手のひらで虚空に板があるような仕草をして見せた。
「ここに二次元空間が存在している。そしてその二次元空間には、私の手のひらが存在している。だけど――」
カティアはそう言って、手のひらを少し上へと動かした。
「三次元的に動くと、二次元空間から私の手のひらは消えちゃったよね?」
「あぁ……なんとなく理解できたぞ。カティアは三次元空間で同じことをしたんだな?」
「うん。一希の魔力を使って四次元空間に干渉したの。それで私は、この次元から消失したように見えたんだよ」
「なるほど。なんとなくは分かったけど……それになんの意味があるんだ? なんか、俺の考えてることが、カティアに伝わっていたみたいだけど」
「私が四次元空間で一希とくっついた結果だよ。イメージ的に言うと、一希の精神に干渉したの。だから、互いの考えていることが伝わったし、一希は私の経験をもとに戦えたんだよ」
「あぁ……それで」
カティアが消えたあの時、俺は何故か熟練の冒険者のように戦うことが出来た。どうしてだろうって思ってたんだけど、カティアの知識を使えたのなら納得だ。
「その融合は、なんの制限もなく使えるのか?」
「うぅん、契約している相手じゃないと無理だし、乱用も難しいかな」
「それは、魔力を大量に消費するとかそう言う話?」
「一希の持つ魔力だけでまかなえる量だから、魔力消費はたいしたことないよ。ただ、ね。精神が同調してたでしょ? だから多用すると、互いの精神に変調を来す恐れがあるの」
「あぁ……そういうことか」
互いの精神が繋がると言うことは、互いの境界線があやふやになる。あの状態をずっと続けていると、彼我の区別が曖昧になると言うこと。
「たしかにそれは恐いなぁ……」
「多用しなければ大丈夫だけどね。なにかやりたいことでもあったの?」
「あぁ、うん。あの状態で戦闘を繰り返せば、すぐに剣術や魔術を使いこなせそうだなって」
カティアと融合して戦ったときは無意識だったけど、今もその感覚は残っている。
もちろん、感覚が残っているからと言って、すぐに自分の物に出来る訳ではないと思う。だけど、成功のイメージがあれば、そこにたどり着くまでの道のりはずっと楽になるはずだ。
「あははっ、そういうことね。たしかに剣術は上手くなると思うけど、魔術の方は無理だよ」
「そう、なのか?」
「言ったでしょ。人間は魔力素子を魔力に変換できるけど、魔力を操ることは出来ないって。融合中に一希が魔術を使えたのは、私の魔力を操る能力があったから、だよ」
「あぁ……そっか」
さっき思い通りに使えたから、頑張れば使えそうな気がしたんだけど、魔力を操る能力のない俺は無理だって言われてたな、そう言えば。……残念。
「魔術は無理だけど、精霊魔術なら一希も使ってるよ?」
「え、なにそれ。精霊魔術って、ステータスを表示させたりするあれだろ? 俺は使った覚えがないんだけど?」
「一希はもっと派手なの、いつも使ってるじゃない」
「ええっと……?」
考えてみるけど、やっぱり身に覚えはない。
「私の魔術は全部、一希からもらった魔力で行使してるんだよ?」
「それは……もしかして?」
「うん。一希が精霊の私に指示を出して、私が魔術を使う。一希の精霊魔術だよ」
「それはなんと言うか……あれだな」
精霊に魔力を捧げ、その代償に魔術を行使してもらう。そう言う言い方をしたら精霊魔術なのかもしれないけど……なんか思ってたのと違う。
「もうちょっとこう……自分で使ってるって実感が欲しいな」
「あはは……私は人型の精霊だしね。一希のあやふやなイメージを汲み取って自分で判断できる代わりに、一希が精霊魔術を使っていると言うイメージは薄いかもね」
「薄いというか、皆無だな。言われるまで、まったく自覚がなかったよ」
「そうだよねぇ。まあ魔力精製能力と、精霊にイメージを伝える能力を鍛えれば、その辺に存在する精霊を使役することも出来るから、一希のイメージにあるような精霊魔術も使えるよ」
「マジで!?」
「うん。とは言え、私に頼んだ場合より、格段に手間がかかって、威力が下がるけどね」
「……しょぼん」
我が侭だとは分かってるけど、見た目のために手間が増えて威力が下がるというのは、やっぱり違うと思うのだ。せめて、手間は掛かるけど威力は倍増とかならありなんだけどな。
あぁでも、カティアが側にいないときは役に立つか。今後はカティアと離れることもあるかもしれないし、一応は練習するようにしよう。
それはともかく――と、俺はカティアに視線を戻す。
「助けてくれて、ありがとうな」
「……どうしたの、急に」
「お礼がまだだったと思ってな。それに……融合は危険が伴う能力なんだろ? それなのに、カティアはそれを使って助けてくれた。だから、ありがとう」
「私が助けたいから助けただけ。だから、一希は気にしなくて良いよ。それより、私の方こそ、勝手に危険の伴う融合をしてごめんね」
「それこそ、気にしないでくれ。使わなければ、俺はもっとヤバイ目に遭ってたんだから」
カティアが助けてくれなければ、良くて全治数週間の重傷、運が悪ければ殺されていた。
そして、それは今回だけじゃない。
ガルムに殺されかけたときも救ってもらったし、異世界に来て右も左も分からない俺の世話もしてくれた。どちらもカティアがいなければ、俺は死んでいただろう。
だから俺はもう一度、ありがとうと言って頭を下げた。
「……一希。うん、それじゃあ、どういたしまして、だよ」
「うん。ホントにありがとう。俺に出来ることがあったらなんでも言ってくれ。カティアに恩返しを出来るなら、なんだってするからさ」
「……ホントに?」
「え、なにが?」
「本当に、なんだってしてくれるの?」
「ええっと……まあ。俺に出来ることなら、な」
ちょっと驚いたけど、カティアが命の恩人なのは事実。可能なことならなんだってする。そんなつもりで頷いた。
「だったら。だったら……これからもずっと、私の側にいて欲しい」
「……え?」
「ダメ、かな……?」
まっすぐに俺を見つめる。その左右で色彩の異なる瞳が揺れている。その不安げな顔を見て、カティアが冗談なんかではなく、本気で願っているのだと理解させられた。
そして、カティアがどうしてそこまで俺を必要としてくれているのかな――と、もう何度目になるかも分からない疑問について考える。
最初は、咲夜の知り合いだからだと思っていた。
だけど……それにしては、カティアは俺に優しすぎる。まるで、まるで……ずっと離ればなれになっていた幼なじみのように。
「カティアは……どうして、俺に側にいて欲しいんだ?」
「それは……それは、さっき一希が、心の中で……その。だから、私は……」
――その続きを聞くことは出来なかった。突然、ドンと爆発するような音が森に響き渡り、獣の雄叫びが聞こえてきたからだ。
「……今のは?」
「たぶん、誰かが魔獣に対して魔術を使ったんだと思う」
「誰か……ウィラント伯爵の調査隊か?」
「分からないけど……確認しなきゃだね。残念だけど、さっきの話はまた後で、かな」
カティアがそう言って立ち上がり、手早く荷物を纏めてしまった。
俺としては、さっきの話も同じくらい大切なことなんだけど……ギルドの仕事として引き受けた以上、放り出す訳にも行かない。
だから、俺も分かったと言って立ち上がったんだけど――
「一希はここで待ってて」
ついて行こうとしたら、そんな風に突き放されてしまった。
「……一人で大丈夫なのか?」
「私一人なら、向こうは接触を避けるはずだから大丈夫だよ。でも一希が、異世界から来た人間だってバレたら狙われるから、ここで待っててもらった方が安心かな」
「……分かった」
本当はついて行きたいけど、カティアの指示には従う。それは冒険者になったときの約束だったから、俺は素直にしたがった。
だけど、後から考えればきっと、ここがターニングポイントだったのだろう。だけど俺は気づかず、カティアに任せると言って、その背中を見送った。
そして――
「……一希、ようやく会えたね」
遺跡の入り口でカティアを待っていると、冒険者風の少女が姿を現した。
少女は認識阻害の紋様魔術を使っているのだろう。その顔を認識することは出来ない。だけど、その声には聞き覚えがある。俺がこの世界に来て最初に出会った少女の声だ。
――最初は言葉が通じなくてまるで気づかなかったけど……俺はその声に、言いようのない懐かしさを覚えた。俺はこの声を、ずっと前から知ってる。
「キミは……キミは、まさか――っ」
喜びと、そして驚きと困惑をごちゃ混ぜにしたような思いで問いかける。
それに対して少女は、無言で腕輪を取り払った。認識を阻害する紋様魔術はその腕輪に刻まれていたのだろう。すぐに少女の顔を認識出来るようになる。
そして、俺はその顔を見て――息を呑んだ。あまりの懐かしさに泣きそうになる。たとえ四年の歳月が過ぎていようとも、その顔は決して間違えようがない。
俺の前に現れた少女は、俺の大切な幼馴染み――咲夜の姿をしていた。
 





