エピソード 2ー4 切っ掛け
冒険者の登録を終え、俺は晴れて冒険者となった。
とは言え、約束したとおりに無茶はせず、カティアのお手伝いをする。朝の見回りについて行き、森に出没するガルムを狩って、毛皮やお肉を売りさばく毎日。その合間に戦い方や、ゼフィリア語の勉強。後は精霊魔術の知識や、この世界の常識なんかを教えてもらった。
そうして、二ヶ月ほど経ったある日。
「今日は、森にある遺跡の調査をしてもらいたいにゃ」
お仕事をもらいにギルドへおもむいた俺達は、受付のアンネからそんなことを言われた。
「森にある遺跡って……」
異世界を繋ぐあれだよなと、カティアに視線を向ける。カティアは俺にだけ分かるように、こくりと頷いた。どうやら、俺がこの世界に来る切っ掛けとなった遺跡で間違いないらしい。
「あの遺跡がどうかしたのか?」
「最近また、遺跡の付近を怪しい連中がうろうろしているみたいなんだにゃ。たぶん、前にカティアさんが報告してくれた、ウィラント伯爵領の調査隊にゃ」
「それは……つまり、遺跡を調査して、ウィラント伯爵領の連中がいたら追い返せってことか? 俺が前に見た連中なら、結構な人数だぞ?」
獣とは訳が違うし、戦闘して追い返せとか言われても困る。
「戦闘をしろとは言わないので、報告だけで大丈夫にゃ。と言うか、見つけても、戦闘にはならないと思うにゃ」
「……報告だけ? それは遺跡を使用されてたとしても、か?」
「森の浅い部分はヴァン伯爵領にゃんだけど、深い部分は魔獣も多くて、誰の土地でもないにゃ。だから、遺跡もうちのものとは言えないにゃ」
「……ええっと」
どういうことか追求しようとしたら、カティアに袖を引かれた。カティアはなにも言わないけど、この二ヶ月ずっと行動を共にしていたので、なんとなく考えていることは分かる。
たぶん、俺が聞き返そうとした内容は、この国の住民にとっては常識なんだろう。だから、それについては後でカティアから聞くことにした。
なので代わりに、この依頼をどうするかとカティアに問いかける。
「そうだね……アンネ、依頼料はいつも通りなんだよね?」
「もちろんにゃ」
「そういうことなら……うん、受けて良いと思う」
「そっか。カティアが受けるつもりなら、俺に異論はないよ」
「それじゃ決まりにゃ。よろしくお願いするにゃ」
ギルドで依頼を受けた俺達は、その足で街から北にある森へと向かった。
ちなみに、街の出入りに許可はなく、門のようなものも存在していない。街の周囲は腰の高さ程度の囲いがあるだけで、乗り越えようとしたらどこからでも乗り越えられてしまう。
ガルムが出没したり結構危険なのにって思ったんだけど、少し前まではガルムが森から出てくることなんてほとんどなかったから、今までは必要とされなかったらしい。
最近は物騒だから、街の運営資金と相談して――という感じみたいだ。
「ところで、さっきの話だけど」
遺跡に向かって森の獣道をかき分けながら、俺はカティアに尋ねる。
「えっと……あぁ、森にある遺跡の扱いについての話だね」
「そうそう。森の奥は誰の領地でもないとか言ってたよな? それなら、ウィラント伯爵が遺跡を調査をするのも勝手なんじゃないのか?」
「それがそうでもないんだよね。私が前に、遺跡の起動には大量の魔力素子が必要だって話したのを覚えてる?」
「あぁ……たしかそんなことを言ってたな」
「うん。そして精霊や魔獣は、魔力素子を糧として生きている。それも教えたよね」
「もちろん覚えてるぞ」
ちなみに、魔獣って言うのはガルムを初めとした獣のことだ。人間に害をなす獣なので魔獣なんて呼ばれているけど、分類的には精霊と変わりないらしい。
「それで、さっきの話に戻るんだけど、遺跡の起動には大量の魔力素子を消費する。つまりは、周辺の魔力素子の濃度が下がるんだよね」
「それは、まさか……精霊や魔獣が生きていけなくなるってことか?」
咲夜の生まれ変わりやカティアは精霊で、精霊は魔力素子がないと生きられない。遺跡を起動する危険性に思い至って冷や汗を掻く。
だけど幸いにして、カティアはふるふると首を横に振った。
「そこまでの危険はないと思う。ただ、遺跡周辺の魔力素子が薄くなるのは事実だから、森に住む魔獣が、魔力素子や人間の持つ魔力を求めて、森の奥から出てきちゃったりね」
「あぁ、そういうことか」
森にある遺跡は、ヴァン伯爵の所有物ではない。だけどその遺跡の起動は、近くにあるヴァン伯爵領に魔獣の被害をもたらすと言うこと。
「うんうん。それで、ウィラント伯爵に遺跡を起動しないように要請してるんだけどね」
「向こうは知ったことか――って感じなのか?」
「本心ではそうなのかもしれないね。だけどウィラント伯爵としても、ヴァン伯爵とやりあうつもりはないから、表向きは了承してくれてるの」
「なるほど……見えてきたぞ。公式には調査をしていないことになっているから、俺達が見回れば、見つからないように引き返すって話だな?」
俺の問いかけに、隣を歩くカティアはこくりと頷いた。
「ただ……気になることもあるんだよね。一度遺跡を起動したら、周囲の魔力素子が完全に元に戻るまで、四年ほどかかるって言われてるの。それなのに連続で遺跡を起動したりしたら、ヴァン伯爵領だけじゃなくて、ウィラント伯爵領にも影響が出ると思うんだよね」
「……そんなに危険なものなら、破壊した方が良いんじゃないか?」
「簡単に言うけど、壊したら一希が帰れなくなるんだよ?」
「いや、分かってるけどな。それでも安全を考えると壊すべきじゃないか? もしくは、遺跡に見張りを立てるとかさ」
「一希の言うことは分かるよ。ただヴァン伯爵領じゃないから、勝手に見張りを立てることも出来ないの。それに、色々な思惑が絡み合って、壊すことも出来ないんだよね」
「ふむぅ……」
納得は出来ないけど、理解は出来なくもない。この世界の文明レベルを考えたら、十分にあり得る話だろう。
「放置してある理由は分かったけど、どうして調査隊は遺跡をうろうろしてるんだ? 連続で使用したら、自分達にも被害が及ぶかもしれないんだろ?」
「私もそれが気になるんだよね。さすがに連続で起動なんてしたら、証拠がなくてもヴァン伯爵と険悪になるだろうし……」
「遺跡に魔法陣以外のなにかがある可能性は?」
「うぅん。ないはずだけど、絶対とは言えないかなぁ」
「じゃあ、なにかあるのかもしれないな」
「かもね。どっちにしても、やることは変わらないから。ただ、一希が異世界から来た人間だってバレると狙われるから、連中と接触するときはフードで顔を隠してね」
「……あぁ、そうだな」
写真とかもない世界だからそうそうバレないとは思うけど、気をつけるに越したことはないだろうと、俺はローブについているフードを被った。
それから、俺とカティアは雑談をかわしながら、遺跡へと向かって進む。そうして一刻ほど歩いただろうか? 俺はふと気になったことをカティアに尋ねる。
「遺跡が異世界と繋ぐゲートなのは、みんなに知られているのか?」
「一応は秘密と言うことになってるけど……ギルド関係者とかなら大抵知ってるかも。ウィラント伯爵領は分からないけど――」
カティアが不意に歩みを止め、ハンドシグナルで俺にも止まるように指示をする。ここ二ヶ月ですっかりおなじみのそれは、ガルムを初めとした魔獣が出たときの合図だ。
そして、敵に気づかれていない場合はそのままハンドシグナルで意思の疎通を図るんだけど、カティアは「気づかれてるみたいだね」と声を漏らした。
相手は獣なので、存在に気づかれている以上は、声を出しても問題ないと言うことだろう。
「ちなみに、狙いは一希みたいだね」
「またか……」
魔獣は魔力を持つ人間を捕食対象として見ている。そしてそんな人間の中でも、精霊の血が混じっていない俺の持つ魔力は質が良く、魔獣に狙われやすいそうだ。カティアみたいな可愛い精霊に好かれるのはともかく、魔獣に好かれるのはぜんっぜん嬉しくない。
「全部で五体、可能な限り私が倒しちゃうけど……」
「分かってる。自分の身は自分で守るよ」
俺はこの二ヶ月でようやく手に馴染みつつある長剣を抜き放った。カティアとの契約と魔力の影響で身体能力が上がっているので、今の俺でもガルムの一体や二体は心配ない。
だけどカティアは心配なんだろう。なにか言いたげな表情で俺を見た。
「……無茶だけはしないでね」
「分かってる。気をつけるから、カティアも気をつけてくれよ?」
俺に敵を寄せ付けまいと奮戦するカティアは、見ていて心配になる。そんな俺の内心に気づいているのかいないのか、カティアは大丈夫だよと笑った。
気をつけるではなく、大丈夫という辺りが全然大丈夫じゃないと思う。
「……っと、そろそろ来るよ」
カティアはなんでもないような口調で言い放ち、おもむろにしゃがみ込んだ。それはガルムに対する誘い。カティアはわざとそんな隙を作ったのだ。
そして、その誘いに釣られ、茂みに隠れていたガルムの群れが突撃してくる。それを見て取ったカティアは、立ち上がりざまにレイピアを抜き放ち――先頭のガルムを切り裂いた。
驚いた後続のガルム達は足を止める。だけどそんな中、一体がカティアを迂回し、俺に飛びかかってきた。
「――っと」
俺はとっさに横っ飛びに回避する。
速く鋭い一撃。ガルムはもともとオオカミよりも大きな巨体だけど、目の前のガルムは、その中でも一回りほど大きい。噛みつかれたりしたらひとたまりもないだろう。
「一希、大丈夫!?」
「一体なら問題ない! だから先にそっちを頼む!」
カティアが敵を連れて来て乱戦になる方が恐いと叫ぶ。
「分かった。すぐに殲滅してそっちに行くから、無茶しちゃダメだよ!」
……ったく、カティアは過保護すぎだ。と言いたいところだけど、目の前のガルムはちょっと油断ならない。俺は続けざまに放たれた飛び掛かりを、右へ左へと回避する。
平地ならそこまで心配しなくても良いんだけどな。ここは足場の悪い森の中だから、油断すると足を取られそうで恐い。俺は無理して反撃せず、回避に専念した。
「――一希っ!」
カティアの鋭い声。俺はその意味を理解するより速く、側面の向かって身を投げ出した。直後、俺の服をかすめるように、ガルムの牙が虚空を切り裂く。
一体どこから!? と、地面を転がってから飛び起きる。見ればさっきのガルムのほかに、新たなガルムが二体。俺を包囲するように出現していた。
これは……やばい。さすがに俺一人で三体は捌ききれない。カティアは――と視線を向けるけど、まだ交戦中だ。一体どうすれば――っ!
俺に考える時間すら与えず、ガルム三体がほぼ同時に襲いかかってくる。一体目の攻撃は身体をひねって回避。二体目の攻撃は、剣で相手の身体を切り裂いた。
だけどその反動で体勢を崩した俺は、三体目の攻撃を回避できない。辛うじて噛みつきだけは剣で防いだものの、その巨体の衝撃を殺しきれずに吹き飛ばされてしまう。
「いっつぅ……」
痛みに顔をしかめながら、起き上がろうとする。そんな俺の目の前に、今まさに飛び掛かろうとするガルムの巨体があった。
「しま――っ!?」
この体勢じゃ、どうやっても避けられない。せめて即死だけは避ける。そうすればきっと、カティアがなんとかしてくれるはずだ。
そんな思いで、両腕を交差して首や頭を庇う――刹那、俺の全身を衝撃が襲った。だけど、それは想像していたような一撃じゃない。暖かくて柔らかい、最近ではすっかり馴染んでしまった感覚。俺はカティアに抱きしめられていた。
――どうして? 引き延ばされた時間の中で、俺はそんな疑問を抱く。そして今度こそ、ガルムの巨体による一撃が、俺達に襲いかかった。
だけど、さっきまでと違い、俺は不思議と落ち着いている。慌てることなく体内に残っている魔力を使って 魔術を発動。ガルムの巨体を弾き返した。
魔力素子を変換せず、体内にある魔力を使い果たしたことで、身体が重く感じられる。だから俺は、即座に周囲の魔力素子を取り込んで魔力を精製する。
どうして自分がそんなことを出来るのかと、疑問を抱く。だけどそれと同時に、今の俺はそれが当たり前に出来ることも理解していた。
魔力を精製して身体能力を向上させた俺は、すぐさま近くに落ちていた長剣を拾い――背後から襲いかかってくるガルムを振り向きざまに切り伏せた。
「……あ、れ?」
なんだ、今のは? どうして、ガルムが背後から迫ってるって気がついたんだ? いや、それより、俺はなんでこんな簡単に、ガルムを一撃で倒せたんだ?
意味が分からない。そもそも、俺は背後からカティアに抱きつかれてたはずだ。なのに、カティアがそこにいない。一体、どこへ――
『良かった、間に合ったみたいだね』
「……カティア?」
問い返してから気づく。今のは声として届いたものじゃない。カティアの意思が、俺の脳内に直接語りかけている。
『説明は後。今は目の前の戦いに集中しよう』
「……分かった」
いや、訳は分からないけど、なんとなく大丈夫なことは理解した。だから俺はカティアの言うとおりに、ガルム達に意識を戻す。
あれから更に援軍があったのか、ガルムの数は更に増えている。普段の俺には、奇跡が起きたって対処できないほどの数だけど――
「――楽勝だな」
今の俺は脅威も覚えない。再び大気中の魔力素子から魔力を精製。飛び掛かってきたガルムを長剣で打ち払い、後にいるガルムを魔術で薙ぎ払う。
それからわずか数十秒。俺はガルムの群れを殲滅していた。
「カティア、どこだ?」
ガルムの殲滅を確認した俺は、あらためてカティアを捜す。だけど、どれだけ周囲を見回しても、カティアの姿は見当たらなかった。
『私は、ここだよ』
「いやだから、声は聞こえる――と言うか伝わってるけど、姿が見えないんだって」
『それは見えるはずないよ。今は融合して、一希の中にいるんだもん』
「俺の中って……どういうことだ?」
なんだか微妙にえっちぃ感じがする。いや、その場合は男女が逆だけども……って、俺はなにを馬鹿なことを考えてるんだ。
『えっと……一希?』
「うん? どうかしたのか?」
『その……一応言っておくと、ね? 声に出さなくても、私に伝わっちゃうから、ね?』
「…………え?」
『だから、その……一希が意識的に伝えないでおこうと思わない限り、一希が考えていることは全部、私に伝わっちゃうの」
「そ、それはまさか……」
あれか? なんだかえっちぃ感じがするとか考えていたのが、伝わってたり……?
『だ、大丈夫だよ。一希は思春期なんだから。私は、理解してるよ?』
「り、理解……?」
『だから、その……別に私でえっちぃことを考えても、幻滅したり、しない、よ?』
「うああああああああっ!?」
ホントに伝わってる! やばい、やばい、余計なことを考えないようにしないと!
カティアに抱きつかれるたびに胸が押し当てられて気になるとか、そんなことは絶対に考えちゃダメだ――って、考えてるうううううう。
落ち着け、落ち着け俺。なにも考えない。考えないったら考えない。
これ以上、えっちぃこととか、絶対に考えない。ましてや、カティアが咲夜かもしれないと思ってるなんて――っ。カティアに伝えちゃダメだ!
俺が意図的に伝えないでおこうと思えば、カティアに伝わらないと言われたことを思いだし、自分の思いを伝えないと必死に考える。
それが功を奏したのかどうか……カティアはなにも追求してこなかった。
とは言え、最初に考えた胸がどうのとか言うのは伝わっているはずだ。だから、それに対してなにも言わないのは、間違いなく気遣われているから。
なんと言うか……非常に気まずい。
『ええっと、取りあえず融合を解除して、身体を再構成するから少し待ってね』
「身体を再構成って――っ」
不意に、自分の中からなにかが抜け落ちていくような錯覚にとらわれる。そしてそれとほぼ同時、目の前に光の粒子が収束。それはやがて人の形となり……そこからカティアが現れた。
「なっ、なななっな!?」
「一希、驚きすぎだよ?」
「いやいやいや、虚空から女の子が現れたら普通は驚くだろ!?」
「異世界まで来て驚くようなことじゃないと思うけどなぁ……」
なんか呆れられたけど、そう言う問題じゃないと思う。たしかにこの世界には魔術があり、精霊に転生するというシステムがある。
だけど、それはそれ、これはこれだ。
「人が消えたり、光の粒子が人になったりしたら驚くに決まってるだろ」
「人って言うか……私は精霊だからね?」
「精霊だと、消えたり現れたり出来るのか……?」
「正確に言うと消えてる訳じゃないんだけど……ん~、説明すると長くなるから、先にこの状況をなんとかしちゃお?」
そう言ってカティアが指し示すのは、辺りに散乱するガルムの骸。
肉は食べられないそうだけど、毛皮は売ることが出来る。それにガルムは人を脅かす魔獣なので、退治した証を持ち帰ることでギルドから報酬が出る。カティアに恩返しをする意味でも金銭は必要だ――と言うことで、俺達は先にガルムの処理をすることにした。
次話でいよいよ折り返しです。
なお、異世界姉妹は前回にも言ってましたが、投稿時間がずれます。
たぶん、夕方に更新すると思います。





