エピソード 2ー2 お約束
翌日の昼下がり。カティアにお願いして、冒険者ギルドに案内してもらうことになった。なので、部屋で出かける準備をしていると、リスティスが訪ねてきた。
「リスティス、どうかしたのか?」
「一希お兄ちゃんとおしゃべりしたいなぁって思ってきたんだけど……どこかにお出かけ?」
「実は冒険者ギルドに入ろうと思って、カティアに案内してもらうんだ」
「そう、なんだ」
驚いたように目を丸くする。次いで、何故かモフモフのケモミミがしょんぼりとしおれた。
「……どうかしたのか?」
「うん。あのね。私も冒険者ギルドに加入したいって言ったことがあるんだけど、危ないからって、カティアお姉ちゃんに反対されちゃったの」
「それは……リスティスはまだ小さいからなぁ。俺でも反対されたくらいだし」
「そう、だけど……森の入り口で薬草を採取したりとか、子供でも出来るような仕事だってあるんだよ? それなのにカティアお姉ちゃんってば、私が加入できないように、ギルドに手を回しちゃったんだから」
「マジか……」
まさか、そんな強行手段にまで訴えるとは。
俺もカティアが許可してくれないなら勝手に冒険者をすると言っていたけど、もし説得に失敗していたら、同じパターンになっていたのかもしれない。
「私、お姉ちゃんのお世話になってばっかりだから、自分でもなにかしたいのに」
「その気持ちはよく分かるなぁ……」
カティアは優しすぎるんだよな。誰にでも……かどうかは知らないけど、俺やリスティスに過剰なまでの愛情を注いでくれているのは事実だ。
だから、一方的にお世話になってる気がして、申し訳なくなってしまうのだ。
「でも、無理はしない方が良いぞ? じゃないと、カティアは心配すると思うからさ。……なんて、俺が言っても説得力がないかもだけどさ」
「あはは、たしかにそうだね。一希お兄ちゃんはどうやって説得したの?」
「特別なことはしてないよ。ただ、咲夜を探すのにはお金がいるし、カティアにも恩返しをしたいからって、出来ることをしたいって言っただけだよ」
「……それは、カティアお姉ちゃんも頷くしかないね。すっごい殺し文句だよ」
「え、そうかな?」
「うんうん。一希お兄ちゃんは、聞いてたとおりの人なんだね」
「……聞いてたとおり?」
「それは……」
「それは?」
俺が聞き返すと、リスティスはいたずらっぽく微笑んだ。
「カティアお姉ちゃんと冒険者ギルドに行くんでしょ? お話の続きはまた今度ね」
「こーら、そうやってうやむやにするつもりだな?」
「えへへ。一希お兄ちゃん、頑張ってねっ」
リスティスが元気よく立ち去っていく。それを見届けて、俺は出かける準備を再開した。
カティアに連れられてやってきたのは街外れにある冒険者ギルドの前。
冒険者ギルドというと、異世界ファンタジーの定番な施設。どんな感じなのかなって色々と想像していたんだけど……と、たたずむ石造りの建物を見上げる。この世界の規模で考えると立派だけど、ほかとそこまで違いはない。意外と普通の建物だった。
「思ったより普通だな。それにギルドって、もっと便利な場所にあると思ってたよ」
「便利な場所だから、ここなんだよ?」
「ん、どういう意味だ?」
「冒険者が活動するのは街の外、特にこの街の依頼は、北の森がメインだからね」
「あぁ、そういうことか」
そう言えば、カティアもガルムの毛皮を売ってるとか言ってたな。血なまぐさい素材を持ち込む訳だし、街外れの方が都合は良いだろう。技術の低い世界だと思ってたけど、環境にあった知恵がちゃんと盛り込まれている訳だ。
環境にあった知恵というと、玄関が外と内、どちらに開くかとかも国で違うらしい。日本は治安が良く、玄関が狭いために外開きが多い。
だけど海外なんかでは、強盗なんかが来たときに体当たりで扉を閉めたり、家の中にバリケードを作って侵入を防いだり出来るから内開きが一般的だそうだ。
そう考えると、この世界も内開きになっているのだろう。そう言う世界観からあれこれ考えるのもちょっと面白い。
「……一希、どうかしたの?」
「なんでもない。それじゃ冒険者登録をしてくるよ。必要なものは……なにかあったっけ?」
「登録に銀貨が一枚必要だよ」
「そうか、登録するのにもお金がいるのか……」
「うん。という訳で、はい」
「あ、ありがとう……」
お小遣いよろしく、カティアに銀貨を三枚渡される。
咲夜を探すために、まずはカティアに恩返しをする。そのために、カティアにあれこれ面倒を見てもらって、あげくにお金まで……なんと言うダメ男。
絶対、ちゃんと働いて返そう。
「えっと……心配なら、私もついて行こうか?」
「いや、ちょっと考え込んでただけだから大丈夫。一人で行くよ」
「でも、ゼフィリア語はまだ片言だよね?」
「そうだけどさ。今後は一人で対処しないとダメなときも出てくるかもだろ? だから、今のうちに、一人で対処できるようにならないとな」
「ん~……じゃあ、後からついて行って、困ってるようなら助けようか?」
「初めてのお使いかよっ」
十六歳にもなって、女の子に後から見守られながら……とか、情けなすぎる。と言うか、カティアに甘えてたら、本当にダメ男になってしまう。俺がしっかりしないと!
「とにかく、一人で行ってくるからっ!」
俺は颯爽と言い放ち、ギルドの扉を押しひら――ひら、開かない!?
「…………一希、その扉は、その……外開きだよ?」
……穴があったら入りたい。俺は羞恥にまみれた顔で、ぎぎぎと振り返った。カティアはなんと言うか……慈愛に満ちた表情を浮かべている。
「こ、こういう世界って、扉は内開きじゃないのか? なんか体当たりで扉を閉めたり、バリケードで塞いだりしやすいとか聞いたことがあるぞ?」
「それはよく分からないけど……ガルムとかに体当たりされても簡単に壊されないように、扉は全部外開きになっているんだよ?」
「な、なるほど……」
そっか。獣が相手なら、扉を引き開かれる心配がない。外敵が扉を体当たりで壊すこと前提なら、外開きの方が頑丈なんだな。と言うか、カティアの家も外開きだった気がする。
世界観によって違うとか自分で言ってたのに……なんという体たらく。
「一希、やっぱりついて行った方が良いと思うんだけど……」
「………………せめて、離れたところから見守る程度にしてください」
そう言うのが精一杯だった。
ともかく、やってきた冒険者ギルドのフロア。俺はあらためて周囲を観察する。
話し合いの場を兼ねているのだろう。手前は食堂のようなスペースが設けられており、ちらほらと冒険者風の客がいる。
そして奥にはカウンターがあり、壁には依頼かなにかが張り出されている。俺の思い描いていた冒険者ギルドがそこにはあった。
冒険者の登録は……カウンターだろうな。と言うことで、俺はカウンターに向かう。
「いらっしゃいませ。本日はどういったご用でしょうかにゃ?」
俺を見つけた受付嬢が小走りにやってきた。と言うか猫耳だ。猫耳娘だ。
街を案内してもらったときも思ったけど、この世界は獣人族が結構多いみたいだ。大雑把な感じだと半数が人間で、残り半数が様々な獣人くらいの割合だ。
「お客様、どうかしましたかにゃ?」
「すみません。冒険者として登録をお願いします。あと、ゼフィリア語は苦手だから、少しゆっくりめにしゃべってくれるとありがたいです」
「ゼフィリア語が苦手? お客様は、遠くからきたにゃ?」
「ええ、まぁ……そんな感じですね」
違う世界も遠くという意味では間違ってないからな――なんて考えながら頷く。
「かしこまりました、ですにゃ」
受付の猫耳お姉さんは嫌な顔一つせず、会話をゆっくりペースに落としてくれた。
「それで、新規の登録ですにゃ?」
「そうです」
「新規の場合、冒険者ランクは一番下のFランクからで、登録手数料に銀貨一枚が必要になりますが、よろしいですかにゃ?」
「かまいません」
カティアから渡された銀貨を一枚取り出し、猫耳お姉さんに手渡そうとする。直前、背後がにわかに騒がしくなった。何事かと振り返ると、カティアが冒険者達に声をかけられている。
「カティアさんが来たみたいですにゃ。彼女は相変わらずの人気ですにゃ~」
「彼女は強いんですか?」
「この町では最高のBランクですにゃ。でも、カティアさんが人気なのは、強いからではないですにゃ。彼女はあんなに綺麗なのに気取らないし、努力家で優しい女の子なんですにゃ」
「……たしかに優しそうですね」
リスティスを養っているし、俺のことも助けてくれた。外見だって凄く可愛いし、冒険者としても優秀。性格まで良いとくれば、モテないはずがない。
「惚れてもダメですにゃよ? 彼女には想い人がいるって噂ですからにゃ」
「なっ!? べ、別にそう言う目で見てた訳じゃないですよ!?」
慌てて答えつつも、俺はカティアに想い人がいることに少し驚いていた。俺を住まわせてくれたりしたから、てっきりそういう相手はいないものだと思い込んでいたのだ。
いや、それとも、想い人って言うのは……
「カティア嬢、今日もさいっこうに綺麗だな。今度デートしてくれよ!」
「いや、それより俺と狩りに行こうぜ!」
……と言うか、ホントに大人気みたいだな。冒険者に男性が多いことも理由の一つなんだろうけど、様々なお誘いを受けているみたいだ。
なんと言うか……一緒に入ってこないで良かった。
ひよっこの俺が、大人気なカティアに案内されて冒険者に登録とか、からまれる未来しか想像できない。ましてや、一緒に暮らしているとかバレたら闇討ちされる。
……と、取りあえず、さっさと冒険者登録をしてしまおう。
「えっと、銀貨一枚でしたよね」
俺は受付の猫耳お姉さんに向き直り、銀貨をあらためて手渡した。
「たしかに頂戴いたしましたにゃ。それでは、こちらの羊皮紙に、お客様のお名前などを書き込んでくださいですにゃ」
「むむ……」
この世界にやってきて一ヶ月、自分の名前くらいは文字でも覚えたけど……うん。どこに名前を書き込むかすら分からないな。
しかも、猫耳お姉さんは『名前など』と言った。つまりは名前以外の情報も書き込むはずだけど……羊皮紙に書かれている情報は読み取れないので、どこになにを書くかもさっぱりだ。
カティアに頼めば解決するはずだけど……と、背後をチラリ。人気者の彼女はいまなお、冒険者の男達に囲まれている。そんな彼女を呼びつけるほど俺は無謀じゃない。
「必要なら、代筆を銅貨五枚で呼ぶことが出来るにゃ」
俺の苦悩を見て取ったのだろう。さりげなく提案をしてくれた。
銅貨五枚と言えば……たぶん一食分くらいの金額だ。自分のお金じゃないのに無駄遣いはどうかと思うけど、未来の同業者達を敵に回すよりはマシだ。ここは代筆を頼むとしよう。
「それじゃ、すみませんが――」
俺は最後まで言うことが出来なかった。不意に言いようのない恐怖を抱いたからだ。
自分はなにを恐れているのか? そんな疑問を抱き――すぐに理解した。さっきまで騒がしかった背後が、いつの間にか静まりかえっていたから。
そしてその理由は……と考えたとき、俺のすぐ後ろでコツンと足音が響く。
直後、俺の背中に、柔らかなぬくもりが伝わる。と言うか、長くてサラサラの銀髪が俺の頬に触れ、甘い香りと可愛らしい息づかいを感じる。
間違いなく、彼女はそこにいる。
それがなにを意味するのか、理解した俺は恐怖で動けなくなってしまった。
「私を見るからどうかしたのって思ったんだけど……そっか、名前とかを書き込まなくっちゃいけなかったんだね。それじゃ、私が代わりに書いてあげるね」
答えられない俺に気づかず、カティアは俺の肩に手をかけると、よりにもよって背後から抱きつくような姿勢で、羊皮紙に文字を書き始めた。
周囲は恐いほどの静寂。カティアが万年筆を走らせる音だけがギルドに響いている。
「……はい、これでよし――って、どうしたの、アンネ。なんか、ありえないモノを見たみたいな顔をしているよ?」
――ようやく。ここに来てようやく、カティアは周囲の様子がおかしいことに気がついのだろう。目の前で固まっている受付嬢に問いかけた。
「どうしたと言うか、ですにゃ。カティアさんは、その……一希さんですかにゃ? 少年のことを知っているんですかにゃ?」
「知ってるもなにも、私と一希は――」
「――み、道案内をしてもらったんだ! 俺はこの街のことを知らなくて、だから冒険者ギルドの場所とか、色々教えてもらったんだ!」
一緒に住んでるとか、絶対バレる訳にはいかない――と、俺はとっさに言い訳をする。それによって、受付の猫耳お姉さんはひとまず納得してみせた。
だけど……
「うにゃ? 滞在先が間違ってカティアさんの家になっているにゃ」
「うぅん、間違いじゃないよ。だって、一希は私の家に住んでるもん」
カティアが決定的な言葉を口にしてしまった。どうにかしなくてはいけない。そう思うけれど、カティアに後から抱きつかれているような状態の俺に抗う術はなく……
「一緒に暮らしてるにゃ!?」
「うん、そうだよ」
「「「――なんだとおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」」」
耳をそばだてて聞いていたであろう冒険者達の怒号が響いた。そしてそれらの声には、確実に殺気が込められている。と言うか、あのガキ殺してやるとか聞こえる気がする。
ガルムに襲われときですら、最後まで生を諦めなかった俺だけど……背後には殺気立つ冒険者達。生きて冒険者ギルドを出ることは……叶わないかもしれない。





