プロローグ
俺の異世界姉妹が自重しない! 2巻の表紙やラフを活動報告に載せています。
良ければご覧ください!
ショッピングモール跡地の中心には、慰霊碑が建てられている。四年前に起きた大火災による、被害者達の霊を慰めるための石碑だ。
俺はその石碑の前に膝をつき、行方不明になった幼なじみの無事を祈っていた。
「……一希兄さんは馬鹿です」
どれくらい祈っていただろう? おもむろに、背後からそんな声が降ってくる。それは良くある状況で、俺はまたか――と、ため息交じりに振り返った。
不機嫌そうに俺を見下ろしているのは織倉 葵。俺がお世話になっている親戚の家の娘なんだけど……いつからか俺のことを嫌っていて、今みたいに憎まれ口を叩いてくる。
昔は兄さん兄さんって、甘えてくれてたんだけどな。
「……葵、ここにいるときは邪魔しないでくれって言っただろ?」
「私も言いましたよ。いつまでも過去に囚われてないで、今を見るべきだって」
「……それも言ってるだろ。咲夜は今もどこかで生きてるはずだって」
慰霊碑に刻まれた名前は五つ。その最後には雨宮 咲夜と刻まれている。
雨宮 咲夜――当時十二歳だった、俺の大切な幼なじみ。夜色の髪と瞳を持つ、整った容姿の持ち主で、幼いながらも頭が良く、身内に対してどこまでも優しくなれる女の子だ。
そんな咲夜が、大火災のおりに忽然と消えてしまった。
一緒にいた少年Aは錯乱していて、詳しい事情は聞けず。警察による必死の捜索が続けられたが、ようとして少女の消息は分からず。やがて、火災による死者が一名追加された。
――と言うのが、世間一般の認識。
だけど、咲夜が見つからない理由を、少年A――つまりは俺だけが知っている。咲夜は大火災の折、地面に浮かび上がった魔法陣から現れた者達に連れ去られてしまったのだ。
「……いつまでもそんなことを言って。兄さんは現実から逃げてるだけです。そんな風に現実逃避して、咲夜さんが喜ぶと思っているんですか?」
「事実だって言ってるだろ。……咲夜が喜ばないって言うのはその通りだけどな」
咲夜は優しくて、優しすぎて、自分より相手のことを優先するような女の子だ。もし咲夜が側にいたのなら、今の俺を見て泣きそうな顔をするだろう。
だけど……俺が今ここにいるのは、咲夜が俺を庇ってくれたから。俺の代わりに連れ去られた咲夜を忘れて生きるなんて……出来るはずがない。
「……呆れました。喜ばないと知りながら、それでも過去にとらわれてるなんて、兄さんは本当に馬鹿です。大馬鹿です」
ため息をついた葵は『もう、勝手にすれば良いじゃないですか。私は知りません』そう続けて立ち去っていく。それが、この四年間で何百回も繰り返されたパターン。
だけど……葵はその言葉を口にしなかった。目を見開き、俺の背後を見つめている。
「どうかした――」
視線をたどって振り返り、俺は驚きに息を呑んだ。慰霊碑のすぐ側の地面に、光で描かれた魔法陣が浮かび上がっていたからだ。
「……葵。小父さんと小母さんに、俺がお礼を言ってたって伝えておいてくれ」
「急に、なにを言い出すんです?」
「だから、お礼を言っておいて欲しいんだって」
「意味が分かりません。お礼なら、自分で言えば良いじゃないですか」
「もう言う機会がないから頼んでいるんだ」
「なにを……なにを言ってるんです?」
「四年前、いきなり魔法陣が浮かび上がって、そこから現れた人達が咲夜を連れ去った。俺はそう言ったはずだ」
誰も信じてはくれなかったけど……とは、声に出さずに呟く。
「これが、そうだって言うんですか? 止めてくださいよ。私に信じ込ませるためだけに、こんな仕掛けまで作るなんて、兄さんはどこまで馬鹿なんですか?」
葵は目の前の現象が俺の仕込みなのか、それとも超常現象なのか計りかねているのだろう。俺に悪態をつきながらも、その声には動揺がにじんでいる。
けど、俺の仕込みなはずがない。石畳の床に、光で描かれた魔法陣を浮かび上がらすなんて、俺にはどうやっても不可能だから。
「信じようと信じまいと、葵の好きにすれば良い。だけど、現実は変わらないからな」
「これが、これがそうだとして、兄さんはどうするつもりなんですか?」
「……決まってるだろ。咲夜を迎えに行くんだ」
「馬鹿なことを言わないでくださいっ! これが四年前のものと同一だとして、同じ場所に跳ばされる保証なんてないじゃないですか! ……うぅん。それどころか、跳んだ先が人間の生存できる環境かすら分からないでしょ!?」
「……だけど、同じ場所かもしれないし、生存できる空間かもしれない」
この魔法陣の先にあるのが、この世界の人類にとって生存できない空間なら、咲夜は四年前に死んでいる。もしそうなら、俺に出来ることはもうなにもない。
だけど……生存できる空間なら、咲夜が今もどこかで生きているのなら、俺は咲夜を助けたい。それが俺に出来る、せめてもの恩返しで――罪滅ぼしだから。
「兄さんは馬鹿です! 大馬鹿です! どうして、そんなに過去ばっかり、咲夜さんばかり見るんですか! 少しくらい今を、私を見てくれたって良いじゃないですかっ!」
「……葵?」
それがどういうことなのか、俺は知ることが出来なかった。騒ぎを聞きつけた警察とおぼしき人が駆け寄ってきたからだ。
「君達、なにを騒いで――これはなんだ?」
「ちょうど良かった、葵を――その子を保護してください」
「……どういうことだ?」
「ちょっと、なにを言い出すんです、兄さん!」
葵が慌てるが、俺はそれを無視。おまわりさんに向かってまくし立てる。
「あそこに浮かび上がってる魔法陣みたいなの。四年前の大火災の前に浮かんだのと同じ物なんです。だから、もしかしたらまた火事が起きるかもしれません」
「……大火災? たしかに不思議な現象ではあるようだが……なにを根拠に言ってるんだ?」
「俺は大火災に巻き込まれた少年Aです。ここには祈りを捧げに来てました」
慰霊碑に眠る者達と少年Aの間柄を、警察の関係者なら知っているはずだ――と、俺は慰霊碑に視線を向ける。その賭けには勝てたようで、お巡りさんの目が真剣なものに変わった。
「あの魔法陣のようなものを、四年前にも見たと言うんだな?」
「ええ。そうです。だから、もしかしたら爆弾や発火装置の類いかもしれません。それなのに、葵が興味本位で見たいって。だから、引き離すのを手伝って欲しいんです!」
「ちょっと、兄さん!?」
葵が慌てるけど、こういうのは言ったもの勝ちだ。おまわりさんは俺の出任せを信じ、咎めるような視線を葵へと向けた。
「君、危ないから、得体の知れない物に近づいちゃダメだぞ」
「違いますっ、私は――」
「良いから、まずはここから離れよう。それと、至急応援を要請する」
おまわりさんが葵の手首を掴んで拘束、無線で同僚に応援要請をする。それを見た俺は、おまわりさんにバレないようにゆっくりと後ずさり、魔法陣までの距離を詰めた。
「離してください! 魔法陣に近づこうとしてるのは兄の方です!」
「なんだって? ――っ、君、戻ってきなさい!」
驚いたお巡りさんが慌てて振り返る。けど手遅れだ。俺はあと一歩下がるだけで、魔法陣に足を踏み入れられる位置まで移動している。
位置関係を考えたら、俺を止めることは誰にも出来ない。
「騙してすみません。でも、火災の時に見たというのは本当です。だから急いで、葵を連れて避難してください。俺の幼なじみを攫った連中が現れるかもしれません」
俺はお巡りさんがこっちに来ないように、いつでも魔法陣に入れるというそぶりで牽制。最後の別れを告げるために、葵へと視線を向けた。
「兄さん、馬鹿なことを考えないで、こっちに戻ってきてください!」
「悪いな、もう決めたことなんだ」
「勝手に決めないで、少しは周囲のことも考えてください! 兄さんの行動に、私がどれだけ振り回されてるか分かってるんですか!?」
「……そうだな。迷惑ばっかりかけて、ごめんな」
「本当に馬鹿ですか!? 私は迷惑だなんて思ったこと、一度だってありません! だから、落ち着いて私の話を聞いてくださいっ!」
俺は思わず苦笑いを浮かべてしまう。今まで散々悪態をついてそれはない。俺を思い直させるためとは言え、さすがに無理があると思う。
「……バイバイ、葵。俺はお前のこと、嫌いじゃなかったよ」
葵を見ながら後ずさり、真後ろにある魔法陣へと足を踏み入れる。
起動に手順が必要かもしれないと心配していたんだけど、幸いにして俺が足を踏み入れただけで、咲夜が消えたときと同じように、魔法陣の光が強くなる。
「“俺は”ってなんですか! 本当に馬鹿なんですか!? 私だって――っ。待って! 待ってください! 兄さんっ! 私を置いていかないで、兄さんっ、兄さぁぁぁぁあぁぁんっ!」
おまわりさんに引き留められながら、俺に向かって必死に手を伸ばす。そんな葵の泣きじゃくる顔が、俺がこの世界で見た最後の光景だった。
お読み頂きありがとうございます。