カドのある世界
書いてみた。後悔はしていない。
目が覚めると俺は木の上に立っていた。見れば世界はカクカクしている。何の冗談なのだろう。俺はほっぺを指でつねってみる。痛い。
と、言う事は夢じゃない。
海辺に歩きの上。どうして海辺だというと、水平線の向こうが白んでいるのだ。そして太陽が……四角い。四角い太陽が昇ってきている。
俺は軽く眩暈を覚えた。
「お兄ちゃん! ちょっとお兄ちゃんってば起きてよ大変!」
口喧しい妹の声がする。俺は振り向いて、奇怪な生き物を見る。
四角い頭。四角い体。四角い髪の毛。何もかもが四角だった。
だけど、それはどこかで見かけた……いや、見飽きた風貌。
「お、お前……雫……雫か!?」
「何言ってるのお兄ちゃん。当然じゃない」
そう。俺の妹だ。
俺の妹の名前は雫という。
雫の平たい顔が「お兄ちゃん」を連呼している。
俺はまたも眩暈を覚えた。
「何がどうなっているんだ?」
「そう、そのことよ! 大変、大変なのよ、お兄ちゃん!朝起きたらね、お家が無いの! どこにも無いのよ! しかも木の上!!」
雫らしい生き物はそう連呼する。
見ればわかる。だってここは木の上だからな。とりあえず降りるか。
俺は葉の上を歩いて段差の少ない箇所まで移動する。
葉の上を歩く。変な表現だが、実際にそれが出来ているのでそう言わせて貰う。
よし、ちょうど良い場所を見つけた。ここなら下に、地面に降りられる。
「雫、おいで」
雫は四角い脚をトトト、と使い走り寄って来る。雫……いや、こいつ本当に雫なのか? 俺にはわからないが、このどこまでも四角い怪生物が自ら俺の事を「お兄ちゃん」と呼んでいる以上、こいつは俺の知る「雫」なのだろう。
「お兄ちゃん、どうしよう! 家が無いんだよ! お母さんやお父さんは何処に行ったの!?」
そんな事を聞かれてもわからない。お母さんとお父さんは……わからない。と、言うか世界そのものがおかしいだろ!?
「そうだなぁ……」
俺は木の幹に背を預け考える。木の幹。それもまた四角だ。
俺は試しに木の幹を殴ってみた。すると、「ピョコン」という変な音と共に木の幹が外れる。そう、外れたのだ。幹の切断面にはご丁寧に年輪まで刻まれている。……四角い年輪が。
……俺はまたも眩暈を覚えた。
確かに俺は世界的大人気ゲームを夜通しやっていた。雫が「面白いよ」と紹介してくれたゲームだ。そして同じサーバーで一緒に遊んでいた。そしていつの間にかウトウトして……でも、まさか本物の世界が四角になるなんて。
俺は仕方が無いので幹をチョップする。おがくずらしき物が飛ぶ。もしやと思い、何度かチョップを繰り返すと幹が割れ四角い木材が取れた。俺は近くの崖を殴る。なんだか飛沫が飛んだが、そう痛くも無い。俺は殴りに殴った。そして四角い石の塊を得る。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
雫が心配そうに俺の顔を四角い顔で覗き込んでくる。ちっとも大丈夫じゃないやい。
もう幾度目かも忘れた眩暈をよそに、俺は四角い木材と石の塊をくっつける。色々と部品をくっつける。よし出来た。とりあえず剣だ。確か夜になると「んばー」が出るはずだ。今は一人じゃない。雫を守らないと。……四角だけれども。
「雫、頼みがある。木を、木材を集めてくれ」
「うん、わかったお兄ちゃん」
雫が良い子で助かった。本当にもったい無いほどの良くできた妹だと思う。性格も何時に無く素直で丸いし。そして根掘り葉掘り聞いてこない。それだけで安心だ。
俺は続けてつるはしを作り、崖に向かって振るう。石を集めるために。そして用意した石で作ったのがかまどだ。たいまつを作らないと。夜が来る。おそらく夜は直ぐ来るはずだ。
ふう。俺は一息つく。そして家を作らなきゃな。俺は砂浜に出てガラスの材料を集める事にする。
そして見る。素面に映った俺の顔を。
ぐにゃりと曲がった俺の顔。……四角だった。
俺は今日何度目かの眩暈(ry。
だが俺は挫けない。これが例え夢でも、そうでないとしても。
「お兄ちゃん、木が集まったよ!」
雫が呼びにトトトと四角い脚で駆けて来る。丸い大根脚が四角い脚に……いや、言うまい。
俺は周囲にたいまつを灯してゆく。「んばー」ならともかく、「ぼかん」が湧くと厄介だ。
俺は沈み行く四角い太陽を尻目にたいまつを置き続ける。
「お兄ちゃん。何してるの? それ、面白い? それにしてもお父さんやお母さん、どこに行ったんだろうね」
それは二人がログインしていないだけ……んなわけない。
「聞かないでくれ。泣けてくるから」
「ふーん」
雫はそれ以上何も聞いてこない。やっぱり雫は優しい妹だ。
そしてやって来る闇。水平線から現れるのは四角い月だ。たいまつを灯したとはいえ、その明かりはやはり頼りない。
だが、平和はいきなり破られる。
ヒュン……トトン。
なんだか聞き覚えのある嫌な音が俺の耳に届く。
「お兄ちゃん!」
大声を上げる雫。
ヒュン……グサ!
なんとそれは雫を射抜いていた。
「し、雫!」
俺は駆け寄る。矢を放つ骨の事なお構い無しに。護身用にと早速作った石の剣の事など真っ先に忘れて。
「雫、大丈夫か!!」
俺は叫んだ。俺と雫しかいない世界で。四角い俺と雫しかいない世界。その世界のなんと儚い事か。
ヒュン……グサ!
痛い。背中が痛い。きっと俺の背には矢が刺さっているのだろう。
「お兄ちゃん……お兄ちゃんの尖ったところが好き……お兄ちゃんは生き、て……」
息も絶え絶えに雫が零す。矢は深く雫の四角い左胸を射抜いている。
「何言っているんだ雫! 俺たちは生き抜いて、戻るんだよいつもの世界に! こんな四角い世界なんて冗談じゃないだろ!?」
「お兄ちゃ……」
それっきりだった。
俺は刺さり続ける矢に構わず、雫を揺さぶる。揺さぶりづつける。雫、雫、雫!!
だが俺の願いも虚しく雫の四角い顔に記された、四角い目から光が失われる時が来る。
「畜生、畜生、畜生ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
俺は四角い骸骨に切りかかる。殴りかかる。蹴り飛ばす。四角い骸骨や矢を放ってくるが、それがどうした!
「雫を返せ、返せ! 俺の生活を、平和を返せ!!」
パラパラ……ちゃりちゃりーん。
骸骨は煙と成り、光の粒子が俺の体に取り込まれた。なんだか力が湧いてくる。
だが、それがなんだと言うのだろう。
「雫……雫……雫……うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
俺は何処で間違った?
まず雫の言うように家をどうにかするべきだったのだろうか。それとも、穴を掘って夜の間は埋まっておくべきだったのだろうか。もっと攻略サイトを真面目に読むべきだったのか? 初心者用Q&Aを隅々まで目を通すべきだったとでも!?
だが、今や血塗れの俺の腕に抱かれ横たわる四角い雫は答えてくれない。動かない。冷たい。
冷たい。何もかもが冷たい。ああ、これならいっそ──。
「んばー」
ああ。そうだな。死に身を委ねて見ても良いのかもしれない。どうせ俺には何も残ってはいない。ここで「んばー」に食い殺されても俺は別に……って!
ピョコン。
緑色の四角い奴が突っこんでくる。あ、あれは──!
ドカーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!
激しい痛みと熱風が俺の四角い体を、頭を吹き飛ばす。
………………。
…………。
……。
あれは確か、ダイナマイトを持った……。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんってば」
懐かしい声がした。そして懐かしい部屋があった。俺の自宅、俺の自室だ。
「蹴り殺すわよ!? 早く起きてよね! お母さんもかんかんなんだから!」
懐かしい痛みがある。
「お兄ちゃん!? な、泣いてるの!? 」
「雫!」
俺は雫に抱きついた。両腕を首に回し。頭を撫で、背中を撫で、腕を撫で、脚を撫でる。ついでに盛り上がった胸も揉む。これでもかと揉みしだく。
「って、お兄ちゃん!?」
丸い。どこにも角が無い。そして年相応の凹凸がある。丸い。丸い。丸い。それも、ふわふわのもっちもち!
良かった。本当に良かった。良かったよ雫ーーーーーーーーーーーー!
「きゃ、お、お兄ちゃんちょっとちょっと!? い、今何処触ってるの!?」
力の限りに引き離される俺。
制服姿の雫がいた。ツインテールの可愛らしい妹。ちなみに年子だ。
「雫ーーーーーーーーーーーーーー!」
俺は再び雫の無事を確かめようと雫に迫る。
「きゃーーーーーーーーーーーーー! 何考えてるのよーーーーーーーーー!!」
耳を貫く甲高い悲鳴。気のせいか、雫も涙の再会を喜んでくれているようにも見える。
だが。
ばちーーーーん!
俺は星を見た。
頬が痛い。ちなみに引っ叩かれて振り切った首も痛い。
「お兄ちゃん!? このロリコン! シスコン! ド変態!! 朝からバカな事やってないで! 早くしないと学校に遅れるんだからぁ!!」
見れば、可愛らしい雫が手を真っ赤に腫らしてハァハァと息を整えている。
おお雫。我が愛すべき妹よ。
尖っているのも、角があるのも性格だけのようだな。この兄は嬉しいよ。
時々こういったバカなノリの話を書かないとですね、頭が腐るんです。
もっとバカにしても良かったのですが、バカのパラメーターにも色々ありまして。今回はこちらの方のベクトルに向かって振ってみました。