テツ&アマ その8
そういえば文化祭の実行委員になったのだったな―――と、それに関しては、その時初めて自覚したくらいの印象。
ていうか、忘れていたのかもしれない。
優先順位は、低かった。
俺は家のことや、『先』のことを考えていたので、四月の初めに全部まとめて決められた委員会の配役など、記憶のかなたで薄れている問題だったのだ。
委員会と言っても種類は色々だから、年がら年中何かの仕事をしている生徒もいたし、そうでない暇な生徒もいた。
「文化祭の実行委員………ああ、確かに俺だけど、それを降りろってことはアレか、代わりにやりたい奴でもいんの?」
俺は戸惑いながら聞き返した。
言われた内容にも戸惑ったのだが、状況が異様だったのだ。
その場の空気、とでも言おうか。
連れてこられる段階で、何か様子がおかしいと思っていた。
校舎裏に案内する谷瑞は、なんだか申し訳なさそうに目を伏せているし、ごめんね御原くん、としきりに謝っていた。
謝られても何が何やら。
待ち構えていたのは委員長で、腕組みしていてもおかしくないような、笑いもしない表情である。
もう一人、ああ………名前を忘れたわけではないのだが、この話は楽しくないので、できれば本当はさっさと忘れたいのである。
まあとにかく、大体の流れはこうだった。
「代わりならちゃんといるわ。それはそうと、御原くん、みんなに謝らなければならないことはない?」
俺にはさっぱりわからなかった。
学校にはこの時点ではちゃんと行っているし、部活のことでゴタついたけれど、みんなの前では笑顔を絶やしていないつもりだった。
それともどこかからバレたのか?
じいちゃんの病気。
いや、それにしたって、俺がお前に謝る?なんのことだか。
大体俺の方が毎日の中で、這いずるような気持ちで、それでも不登校にはならないほうがいいよなと、常識はあって、学校に行こうとしていたのだ。
身体が重い。
実際下を向いて歩くことは増えた。
頭が下がってんだよ、これ以上どう頭を下げろっていうんだ。
「サッカー部の………」
「ああ、それについては完全に俺が悪かった」
委員長が言いかけたときに、素早く頭を下げる。
「暴力は―――いけないな」
「………」
訝しむような目つきの委員長。
ああ、これは絶対に面倒だ。
まあ呼び出されて面倒でなかったことなど―――ないのだが。
「だがその点についてだったら、俺にも言い分はあるぜ。親の悪口言われたんだよ。それで怒らないわけにはいかねえだろ」
「それは………なんて、言われたの?」
そう突っ込まれると困る。
じいちゃんの病気のことは大声で言いたくないのだ………言っても治るわけではないし。
もうすぐ引っ越しだというのにイヤな噂をまき散らす理由もないだろう。
「と、とにかく、もうしないよ………」
思い出したくもないことだよ、とでもいえばよかったのか。
反省点は多いが。
話をつづけた。
不思議と、続けたかった。
「反省してないでしょ、そんなことをしておいて友達と笑いあったりして―――どうして?どんな神経しているの?」
「どんな神経だと?こんなところに呼び出したお前らもお前らだろ」
胸糞悪いことを忘れようとした。
塗りつぶそうとした。
アマと、カツアキといる時間は辛うじて、癒しだった。
それだけのことなのに、なんでわかんねえんだよ、こいつ。
俺だってあんな事件は忘れたいよ。
「実行委員、降りてもいいぜ?アマかカツアキに任せる」
委員長の困った顔が心地よかった。
先程から慌てた表情の谷瑞が、何かを委員長にささやいた。
止めようとしているようだったが、男子よりも好戦的な委員長を止められないようで。
眼を見ればわかる。
「高次くん………は」
「駄目かよ?」
「………御原くんが選ぶのは、駄目よ。それでは意味がないわ」
「マジかよ?あいつ、熱意はあると思うけど」
「熱意はあるけれど―――確かに成績もよくて」
………成績で人を決めるのはどうかと思うが。
これでは俺が馬鹿にされたようで、やはりまた苛ついた。
ええ、どうせ俺は成績が上がらないですよ。
何かやってしまいそう、と言う点は不覚にも同意しそうだった。
あいつ、何するかわかんねえから。
しかし―――なんか、ズレてんだよなぁ。
何が言いたいんだ、この女。
いちゃもんつけたいだけだろ。
もとはと言えば、俺が起こした事件が原因らしいが。
この当初は、中学生の時点では、悪い奴はぶっ倒せばキレイに収まると思っていたのだ。
我慢する必要はない。
教室には弱い人間がいて、そういうおとなしい奴らは言い返さないが。
誰かがああいう奴をぶっ倒さないと、いけないのだ。
「………もうしねえよ」
「文化祭の実行委員は、降りてもらうわ」
「ああ、それならもう帰るわ、俺」
俺は立ち去る。
「ちょっ………」
「文化祭は、だったら好きにしてくれ、委員長が選んだメンバーで………なんだったら女子中心で回してくれ」
俺は踵を返す。
「おい!」
と呼ばれたが、何がおい、だ。
教室に向かって歩き始める。
かなり―――キテいた。
自分でもまずいと思っていた。
頭の中で、薄暗い台所、皿が割れる音がしきりになりひびいている。
俺の家庭環境は最悪だ。
それと―――『同じにしたい』『調和させたい』と言う想いがふつふつと湧き上がってきた。
このころの俺は追い詰められていたのだ………これに、同情してほしいわけではない。
ただの、日常の、事実だった。
これ以上聞いていたら誰かを殴りたくなる。
ああ、駄目だこれは。・
そもそもなんだよ委員長、お前が失礼な絡み方してくるからこんなに苛つくんだよ。
この女、なんていうか―――まあ、終始喧嘩腰な態度を改めてほしい。
学校生活は長いから今までにもこういう奴らはいたが、ひどすぎるぜ。
これだったらタバコだけ吸っていてあとは気のいい、滝川や松本の方がまだ可愛らしいくらいだ。
「最後に、ひとつだけ!」
平静を装い、脚を留めた。
「なん、だ」
「あの―――みんな、心配してるの」
「誰をだよ………」
「御原くん大丈夫?」
「何がだ!」
「………なんか、元気ないっていうか」
大丈夫じゃねえのは分かってるが。
そんな理由でキレんなよ。
完全に俺の家庭の問題だし、それを抱えるのは俺だけでいい。
それに引っ越しで、もうすぐきれいに去ることができるのだ。
だからお前らに迷惑をかけることがなくなる―――お前らが今、余計な詮索をしなければ、俺の家庭のことを含め―――余計な口をきかなければ、こめかみがひくつくことはないんだ。
出る幕じゃあないんだよ。
「タバコ」
「うん?」
「出しなさいよタバコ。吸っているんでしょう?」
あっけにとられるとはこのことだった。
その時の俺は、どんな顔をしていただろう。
「それ、を………」
やっとのことで俺は口を開く―――この感情はなんだろう。
駄目だなあこれは―――とだけ、思った。
「それをさ、おい。お前。本気で言っているのか?」
「冗談なわけないじゃない、出しなさいよ」
俺をにらんで、言った。
間抜け面にしか見えない。
なんつう不細工だ。
「………もういいわ」
「否定しないと言うことは吸ったのね」
「………俺は、俺は吸ってねえよ」
これは嘘ではない。
松本や滝川が吸っていることを言わなかった。
明かしたくなかった。
友達を売りたくない。
あいつらは本当に、基本的には俺に同意してくれるいい奴らなんだ。
非行は―――俺がこれからも注意し続ければ、煙草はやめてくれるという予感がした。
少なくとも半分ヒステリー入っているこの女よりは話が通じるだろう。
この女だと話にならない、相談にならない。
「………信用できないわ」
じいちゃん、元気にしてっかな―――と視線を遠くに移す。
だってそうだろう。
こんな奴がいるクラスで仲良く文化祭なんて不可能じゃないか………アマにも伝えようかなと思ったくらいだ。
「まあ、タバコは吸ってねえよ―――」
目を逸らし、手を振って否定するサインが、軽くあしらったように見えたのか、委員長は表情を厳しくした。
「で、文化祭の実行委員だろ?その話をしに来たはずだ。アマでいいよ、アマで」
「………文化祭の前なんだよ?根本的なところから、このクラスを正さないと」
「………それ言うなら俺が」
「なによ」
「………」
俺はな。
お前みたいな勘違い女と違って、吸ってるやつを目の前で咎めてきたんだ。
それをこいつは。
それを知らない、それでいて厳しくしているつもりのこの女に―――なんだろうこの感情。
頭に上ってきた血が、降りていく。
なんだか安心するくらいの、この感情。
半ば、あきれた。
「まあいい、吸ってるやつがいたらちゃんと注意してやれ」
「だから御原くん、あなたが―――!」
話が終わらないので後はまくしたてた。
「あの狂人は、でも。あれはあれで関係ない人を巻き込むいたずらはしないんだぜ。ダメージはたいていカツアキか俺に来る。一年の時の遠足で額に『肉』って書かれた時も、『魚』って書かれた時も、『フィッシュオアチキン?』って書かれた時も、水性マジックだったし」
「何をふざけたことを………」
「だから、わかんねえか?そんなひでえ奴らじゃあないんだって」
少しくらい笑えばいいものの、この女子は。
あー、いいや、とにかく何が何でも説教しようとする人だ、これ。
言われなくとも、もうすぐ―――。
「だから何とでもなるよ、黙ってみてろ」
もうすぐ、終わりなんだ。
逃げ切れる。
それまではミスなく、それこそおとなしくやるさ。
文化祭の実行委員を降りた件は確かにもったいなかったかもしれないが、そう悪い条件ではなかった。
なあに、文化祭に、参加できないわけではない。
人の役に立つ………今まではふざけてばかりだったけど、最後くらいはビシッとな。
しないと。
それから、上手にこの学校を去るんだ。




