テツ&アマ その6
引っ越しのことは、一部の教師陣だけが知っていることだった。
何故かと言えば、俺がそれを願ったから。
つまりは―――あとになってから考えれば、逆効果になることがあって、自業自得だった。
「御原………寂しくなるな」
「………はい、まぁ………」
寂しくなるな、か。
この先生はどこまでわかっているのだろうか。
俺のことを。
「そうか―――どこの県に行くんだ?」
俺は、ここから三つ隣の県を答えた。
「………ふーむ。まぁ、転校しても、達者でやれよ。お前ならできる」
そう言って両肩をばん、と叩く。
―――触んな。
きっ、と目つきを強くして、教師を見た。
木津川は少しうろたえ―――もせず、困ったようだった。俺は下を向いた。
そしてこほん、と咳をし―――まあ頑張れ、努力は必ず道を開く―――とか、そんなことを言った。
引っ越しの時に何の努力を………。
とか、なんだかおかしくてちょっと笑いそうになってしまったけれど。
そして。
俺は―――気を利かせたつもりだった。いい思い付きだと思ったのだが、それをしてしまう。
「あ、先生………」
木津川は首を傾げる。
「文化祭は―――出られるので、だから」
「―――ああ!そうだな、確かにその時期だ。ギリギリだな」
「だから―――クラスのみんなには、内緒にしてもらえますか?ほら―――引っ越しのこと」
あからさまに困った表情をした。
「いやあ、そういうわけにはいかんだろう」
「あの、だからその―――文化祭がお別れ会みたいになるのが、イヤっていうか」
「………」
「キレが大事なんすよ、テンション下がるシーンは入れないほうがいい」
木津川は、少し笑い。
「わかった。だがふざけるのも大概にしろよ―――休み時間、高次が調子に乗る」
「ああ―――それはそっスね」
五年たって考えると、悪い先生では―――なかったと思う。
むしろすごく話がわかる先生だった。
でも何も知らない奴だ、とは思った。
「でさぁ、妹がチクりやがってさぁ」
校舎の隙間を、アマと並んで歩く………既に調子に乗っている奴なんだよなぁ。
木津川先生、あんたの願いは聞き入れたいが、これを止めるのは結構手間がかかるんだ。
車で走っていて、百キロ出した状態からブレーキを踏むのくらい、大変だ。
免許は持っていないがね。
「で、前に言っていたトラップ?」
そうなんだよ―――と、アマは続ける。
話を聞けば。
踏んだらスイッチが入って音が鳴る仕掛けを作っていたら、バレた―――と言うことらしい。
それだけなら大したいたずらでもない。
しかしアマの母親は音に問題があると判断したらしく。
「踏んだらベートーベンとか………クラシックが鳴るようにしなさいって!言うんだぜ、爆発音は下品だって」
………そういう問題なのか。
「そもそも妹がなー、あいつ俺の追跡だけは異様にうまいんだよ。あと母親とかに報告するのだけはうまくて………なんだっけ、大人のほら、金魚のフンになるのが上手いんだよなー、何もしないくせしてよぉ」
「大変だな………」
「なんなんだろう、もっと、自発的にさ、何かをやるから楽しいのであって、人生は」
「ふむ」
「俺、ベートーベン嫌いなんだよ」
アマは言う。
ベートーベンが嫌いっていうのもまた、珍しいインネンだな。それもまたお前の親の、アレか?
「ベートーベンはお前のこと嫌いじゃないと思うけどな………また親か?」
「そうなんだよ!」
当たったらしい。
「ショパンは月曜日、ベートーベンが火曜日、水曜日はヴィヴァルディだ!最近はもう完全に避けてるけど………」
なんでも、アマの―――高次天端の母親は話によると、そういう、高尚なものだけを息子に聞かせているらしい。
低俗な趣味、バラエティ番組などは禁止、だとか。
「普通のCDも禁止だ。ああ、いくつか許されてるのはあるけどな」
それから、アマはポップアーティストをいくつか挙げた。
紅白に出ても歓迎以外の声がないような、明るい歌ばかりのアルバムを出している歌手たち、バンド。
アマの母親は教育熱心な人だ。
なんだろう、推測だが教育学部とか、本当に教師だとか、そういう系統の人なのか?
「クラシックを好きになれない人間は耳がおかしくなり、鼓膜にカビが生える」などの発言をしているらしい。
アマ曰く、『あんなところにいたら頭がおかしくなる』のだそうだ。
あらゆるものが禁止されていたらそりゃあ、たまったものではないが。
流石に見かねて………と言うわけでもないが、共通の話題がてら、俺が適当にダブステップを貸してやったらしっかりハマりやがった。
「でもいきものがかりはいいよな」
「………いい曲だけどさ、けどさ―――でも気に入らねえんだよ、親がな」
親の顔がちらつく。
そう、苦い顔で言う。
アマは、こういう話題のとき以外は―――本当に笑顔である。
「今度は何しよっかなぁー。ベートーベンの目は光ったけれど、今度はシューベルトが爆発したら面白いよね」
教育の甲斐あって、息子さんは立派に育ったみたいだな。
「でもさ、やっぱ………ベートーベンのこと、うらやましいとは思うんだよ」
そんなことを言い出すアマ。
ベートーベンのことをうらやましいって、お前なんなの。
「教科書に写真が載ってることはいいよな」
うっとりした表情………とは違うかもしれないが、声色は楽しそうだ。
「本人が死んだ後もさ………曲が残って、CDとか、あああの当時はレコード………いや、レコードもないのか?」
知らん。
蓄音機の開発はエジソンだったっけか。
音よりも、書いた楽譜………書いた作品、ということか。
「いいよなー、死んだ後も覚えててくれる人が世界中にいるんだぜ。マジうらやましいから、悔しいから目を光らせてやるよ」
その理屈は分からんが。
ネタにされるだけマシっていう神経か?
「誰にも思い出してもらえないのが、きついよな、一番」
「忘れたほうがいい。」
「そうか?でもよぉ、肖像画になるのはいいよな、やっぱり、完全にいなくなるとさ―――なんかこう」
「いいから」
自分でも驚くくらい、低い声が出た。
アマも、驚いたらしい。
「死んだ人間のことを、いつまでも覚えてたら駄目だ」
「なんだよ、いきなり………え?どういう?」
「………」
くそう、なんて言えばいいんだ。
俺は何でこんなことを毎日ごちゃごちゃと考えているんだ。
信じられないかもしれないが、俺はついこの前まで―――毎日サッカーボールの蹴り方だけを考えているようなガキだったし、それで何とかなったのだ。
友達とだって―――多くはなかったけれど上手くやれていた気はする。
今となっては、そんな気分でもないが。
………何故こんなことを、頭の中でいつまでもぐるぐると---。
いや、これが、人生なのか。
これは大人になるまでに乗り越えなければならない、試練のようなものなのか?
いきなりみんなの前から消えろとか言われても、やり方わかんねえよ。
ふっ―――と、表情を和らげることには、成功した。
「ん、テツ?」
「新しいトラップ、ちゃんと完成させろよ」
目を合わせず、そう言った。
少したって………あいつはいつもの、豚みたいな笑い声をあげた。
そうだよ、こいつ笑い声結構でかくてイヤなんだよなぁ。
それとさっきから、校舎の陰で多々良ちゃんがじーっとこっちを見てるのは黙っておいた方がいいのかな。
話の内容は聞こえない距離だと思う。




