テツ&アマ その2
「高次!またお前か!」
「ええっ………!いや先生、コレ―――肖像画にはキズ一つついていませんってば!マジです、印刷してきたアレをアレした感じでして………」
「言い訳無用!」
「悪いことしてませんってば、いたずら―――」
「よくわからないことをするなと言っているんだ!」
木津川先生に怒られるアマ。
それを眺める俺とカツアキ。
「―――なんか最近、ヘンだよな、あいつ」
カツアキがふと、そんなことを呟く。
その時は、大して気にも留めなかった。
「バナナの皮で人は滑って転ぶのか―――」
アマの会話はいつも、そんなふうに始まる。
そんなふうって、つまり―――。
まあ、常人とは違った、イカれたところから入ってくる。
「永遠のテーマだよ、うん。なあ、テツ、バナナの皮を設置するとするならどこなんだ」
「………そりゃ、穴の手前かワンワンの近くかな」
「いやマリカーじゃなくって、リアル。現実で!」
学校の廊下や教室でやる。
そう宣言するアマ。
「ばか。そんなことをしたら危ないだろう?」
「………テツ?」
アマは、不安そうな表情をする。
「近くにマットを敷けば、ひどいケガにはならない。安全。つまりは体育用具倉庫。そこにバナナの皮を置くのだ。これこそが正解なんだ」
「………テツ!」
続いて、ぱぁっと表情を明るくする。
寄るな、気持ち悪い。
こいつは狂人だが、俺も共通の症状、病気を持っていた。
すなわち。
教室が、学校が、退屈で退屈で退屈でたまらなく、これだったら刑務所の牢屋と大して変わらないのでは、と考えてしまう。
そういう性質を持っている男子である、という点では―――共通しているらしかった。
程度の差はあれど。
………俺は口先だけでいい。
口先だけの男になりたい。
「なるほど………」
「いや、待てよ。バナナの皮の跡がマットについたら汚れる………そこまでするのはマズいな」
「ああ、そりゃそうだ」
「ううむ………別のパターンが必要かな」
表情が―――おそらくこれは、真剣になった、考えるアマ。
こいつなんなの―――俺もだけど。
「上から、降ってくるパターンにするか、バナナが………いや、待てよ、バナナは新品の状態、皮じゃなくて………そっちのほうがいいのか」
「えー、ドアを開けたらバナナが降ってくる?」
「そう!黒板消しのトラップみたいに!」
「ああ、いいな。二十一世紀なトラップだ」
適当に合わせておいた。
だっていつもこんな感じなんだもん、こいつ。
治らねえよ、たぶん。
そしてそれに合わせる俺も俺であった。
俺は、昔から変わらないテツを演じた。
………いつからか、演じ始めた。
「テッちゃん、帰りこっち?」
山田が―――あいつが帰り際に一緒になることは、小学生のころからあった。
親が仲いいので、つまりは幼馴染………に近い、何らかの何かだった。
一時期疎遠になっていたが、最近はまた、一緒に帰るようになった。
と言うのも、俺がサッカー部のとあるクズを殴ったことで、やはりというか、当然居心地が悪くなり―――帰りの時間、ルートを少しずらしたのだった。
そしてルート、時間をずらした結果、山田と被ったらしい。
山田とはいろんなことを話した………ような気がする。
最近の女子の話。
あいつも女子の端くれだから、そういう話題しかない………を、よくした。
いやあ、でもよくよく考えたら、こいつとはただ並んで歩いているだけだ。
話らしい話なんて、しただろうか。
話したいことなんて、小学生の頃に話し尽くしたから。
どうもクラスの一部では、俺とこいつが付き合っている、などという噂がまかり通っているようだが、なんていうか、そんな感じではない。
そんなんではなかった。
小さいころから幼馴染だった―――と言うわけでもない。
かんちがいすんな。
彼女。ってやつ。
そこになら、俺は………いられるのか?
そこにならいてもいいのかな。
………いや、山田じゃねーよ?
こいつも見た目はいいからそこんところを、周りの奴らはからかってくるけれど。
とにかく、そういう気分にはならない。
今は。
はたから見れば美男美女、らしいから近くで二人並んで帰っているだけで、それっぽく見えるらしい。
カツアキは、冗談半分で、俺と山田が付き合っているという噂を流した。
あいつはすぐに調子乗るし、だが―――まあ、冗談の程度はそこそこだった。
アマは―――たぶん信じる。
あいつその手の噂には免疫ないから。
あいつ童貞だし。
うん、そうなのかと納得しそうだ。
ちなみに俺は何を隠そう、童貞である。
………ホント勘弁してほしいよな。
俺はね………いい加減飽きてるんだ。
お前、女にモテるんだろう、と。
ただのお世辞なのだろうが―――あれには。
お前、悩みなんて何一つないんだろう―――と言われているようで。
気楽に生きていると決定づけられているようで。
何も考えていないアホであると言われたようで―――しんどい。
自分が、なにか―――決定づけられているようで。
まあ実際さ、成績上がらなくなったけど。
上げたら何になるんだろう………。
嫌になる。
そういうのに………飽きた。
まあ、悪い気はしないはず………なのだろうけれど。
どいつもこいつも、俺に向かって空き缶を投げつけるようにそんな台詞を吐いていた、気がする。
飽きたっていうか、うんざりと言うか。
どいつもこいつも、なんでそんな面白みのないことを言うのだろう。
「あのさ、テッちゃん」
こいつはいつもテッちゃんと呼ぶ。
馴れ馴れしい感じはまるでない、ひどく、静かだった。
特に、この頃は。
まぁ。それが心地よくもあったのだが。
そよ風が吹く程度の、何でもない感じ。
その快適さに、気づきつつあった。
「引っ越しの日程って―――結局、どうなったの」
「ん、決まったよ………文化祭の、次の週には、トラックが来て全部持っていく」
山田は、何も言わなかった。
「―――文化祭は、何とかねじ込めた」
「うん?」
「あ、コレ言うなよ、引っ越しのこと―――クラスの奴らには」
「なんで?」
「………」
引っ越しするってわかったら、文化祭に、祭りに、しんみりムードがはいっちゃうでしょう?
と、懇切丁寧に解説したかったが、それはそれで―――なぜか、言いづらかった。
「いや、こういうのは………なんだろうな、だから―――」
「まあ、テッちゃんがそう言うなら、そうしたいなら、いいけど………」
「………うん」
山田は波風立つようなことを言わない。
この引っ越しの話をしたのは、そういう性質を持っているから、なのだろうか。
そう、美人だったからではなく、元気がない女だったから、俺は近づいたのかもしれない。
影がある。
体育の時間に走るのは、好きだったが、だが日陰で座って涼んでいる時間も、同じくらい好きだった。
関係ないか。
「………」
と、引っ越しのことを話したりもするが、
俺と、山田は不思議と話が合った。
なんというか―――空気というか、波長が合った。
それも、最近になってからのことだ。
最近、というか――具体的には、婆ちゃんが死んだ頃。
山田の母親は、亡くなったらしい。
山田の母親も。
半年ほど前のことだ―――難しい病気だった、とだけ聞いている。
そしてあいつはその頃から、こんなことを言うのも妙なんだが………綺麗な女になった。
それまでは、もっとなにか………中学生なりに、子供っぽさがあったはずだが。
今は、人間味にかける、というか。
表情の一つ一つが―――。
なんだろう、絵画にありそうなくらい、綺麗な女になった。
美人だ。
綺麗で、綺麗で、綺麗で。
薄くて。
ガラスみたいな―――繊細な何かで。
指で触ったら、ぶっ壊れてしまいそうな雰囲気を持つようになった。
飾っておいたほうがいい、美術館に―――。
………。
俺も祖母が亡くなって直後は、そうだったのかもしれない。
つまりは、共通するものを、何かを持っていたことは確かだ。
なんというか俺と、かなりの、深いところまで、空気をわかっているというか。
会話、よりももっと深いところで、共有していた。
死者を知っている。
面白くもない―――共通点。
少しでも、彼女の支えに慣れれば―――と、思いもした。
しかし思っただけで、結局できることはないのだろうなとも、思った。
何もしないほうが、いいのだ。
今を、なんだろう、前向きに生きている人間には、わからないだろう。
幸せの渦中にいる者………例えば、あのアホづら野郎。
アマには、絶対についてこれない、二人だけの空気が、そこにはあった。
この空気は、アマに知られたくない。
あいつの笑顔は―――、消したくない。
「次の学校のコト、わかったの?」
「………だから、楽しみにしてるって、前から」
「ちゃんと考えてるの、友達作れる?」
「考えてる考えてる」
全部が全部、嘘………ではなかった。
クラスのほとんどのヤツに、引っ越しのことはまだ伝えていなかったけど。
俺は、楽しみにしていた。
今よりはなにか楽しいことがあるのではないかと。
そんなことをぼんやりと思う。
しかし、ひやひやしていることも確かだった。
山田には話したくないこともある。
サッカー部のあいつを殴った件だ。
もともと口が悪い、嫌われてるやつを殴っただけだけれど。
暴力沙汰はちょっとな………。
男は、男子なら、極端な奴は喧嘩強い奴はカッコイイ、あこがれる、みたいな風潮はあるけれど。
女子は徹底的にそういうことを―――嫌う。
マジで嫌う。
っていうか理解が及ばないらしい。
意味がわからないようだ、それをしてどうなるのか、と。
女子はなんつうの―――もっと、仲良く、みたいなのを好むからな。
……好むのだろうか?本当に。
同調か、協調か。
俺には解らない、無理だ、ずっとそんなことが出来る奇跡なんて。
少年漫画にありがちな、暴力全開、殴り合いの喧嘩をして、それが終わった後により「お前、強ぇじゃん」「へっ、てめーもな!」みたいな会話をぶっ倒れている二人が交わし、友情が芽生える男たちもいる―――という発想は、ないようだ。
流石にそれはあまりにもベタ過ぎるか。
親父の持ってた漫画ではそういうの多かったけど。
………まあじいちゃんの悪口を言ったやつと、どう仲直りする、もない。
方法もないし、『残り時間』もない。
「学校案内は?ちゃんと見た?」
「見たよ………試験もあるけれど………」
「勉強してる?」
「親がめっちゃうるさいんだよ―――それはしてる。勉強に関しては、うるさい」
「向こうにどんな友達がいるの?」
「しらない。これからだろ何もかも。せいぜい校長の顔写真くらいしか………」
それくらいしか見えねえよ、学校案内ではな。
「その雑な性格、今直さないと一生苦労するよ―――ってさぁ、言うんだぜ?うっせーな、どんな奴がいるんだかわかんねえくらいが一番面白いんだろ」
そういうの、女にはわかんねえかな
心配しすぎで、なんなんだろうね、人生つまらなさそう。
「大体何なの?お前は俺の『母ちゃん』かよ」
一秒、
二秒経って
俺はまた汗を吹き出す。
息がつまった。
まずい、これは。
「か、勘で生きるのも悪くねえよ、全部知ってたら面白くねえし。………ご、ごめん」
「いや、いいよ」
「ああああ、あの、アマより頭おかしい奴はいねえと思うし、どこの学校行っても」
「うん、そうだねー」
こういう時に限って、ミスと言うか………頻発するのだ。
俺と言う人間は。
普通に振る舞おうとしていけばいくほどに、ミスを重ねる。
塗りつぶすために、冗談だよと、笑うが、それでさらに人を傷つけることもわかっていた。
なんで俺は―――もっと、巧くやれない
俺がまだ、ガキだから。
中学生だからだろうか。
畜生。
「―――ごめん」
「………いいよ、気にしなくて」
ああ、もういい、もういいよ。
などと―――投げやりな気分になる。
どうせ俺は、近いうちに、ここからいなくなるのだから。
と、思い直して山田の方をちらりと向くと、特にキズついた様子はない―――。
例によって、俺を見ない。
進む道を見ている。
彼女は人を見て、にこりと笑顔を作ったりはしなく―――そういうところが、好きだった。
いや、好きというよりも、安心した。
そのように見える。
気丈な性格なのか、振る舞っているのか。
「あの人いるじゃん?なんだっけ―――葛飾北斎?」
話を変えよう。
「富士山を書いたヒト?」
「確か、そうだ―――有名な画家なんですよォ、これが」
「うん………その人が?え、何、テッちゃんって絵も描くの?」
絵は、人物だけなら上手い。
美術の授業はわりと好きだった。
勉強じゃない感じがして、好きなだけ。
「違うよ………その人、えらく引っ越し好きだったらしくてな。人生で九〇回は引っ越ししたんだとさ」
「………そうなんだ」
「だからさ。俺も。ちょっくら行って来る」
いい笑顔を作れた、と思う。
今日も。
なんとか、難なく、やれた。
笑わせようとしていた。
女子を、笑わせようとしていただけ。
いつも、毎日。
男子のことはしょっちゅう……もっと頻繁に笑わせていた。
……正しいことだと思った、これが間違っているわけがないと思った。
手段は何でもいいから、なんでもやるから。
良いことや、正しいこととか優しいことを言ったり。
しようとしていたんだ。
ただ、中学校で、教室で。
その全部が、別に何の意味もなくて
どうせ消えていくとわかっただけで。
自分の引っ越しが確定しただけで。
別に好かれたいとか、そこまで思ってない。
それだけだったけれど………この頃、俺はもう自分が詐欺師かなんかじゃないかって、そんな気持ちにだけ、なった。




