嫌いになってほしかった
「………テツ、教室で、それを言えとは言わねえよ」
「………」
「でも、だからさ、教室は教室で………出来ることはなかったのか?お前は、お前を本当に嫌っている奴なんていないと思うし………」
こいつは人気があった。
むかつくくらい。
俺が知ってる。
だが五年ぶりにあって、こんな内容の話か、とも思った。
こいつには色々と言いたいことがあって、でもこいつの方が口は上手かったから昔は対抗できなかった。
そのテツが、こんな………。
「ふざけた奴らとふざけていれば良かったし、勉強だって授業中でも一生懸命やればいいし。また繰り返すけれど、なんで文化祭、すっぽかすような真似をしたんだ?元の話に戻るぞ」
この頃にはもう、俺はテツに同情しそうになっていた。
不幸な奴だと。
思い始めていた。
だがそれはそれで、何か、嫌で………。
俺は事前に用意した質問を繰り返すしかない。
「お前は悪くない、だろ」
「いや、悪いんだ。俺、俺なんだ。文化祭の中心に、間違っても―――俺みたいなやつが組み込まれちゃ、いけない―――嫌いになってほしかった。お前、マジで気づかなかったのか?俺を怖がってたやつがいる」
「それは、思わなかった」
知らなかった。
知らないことしかない。
知らない情報が出てきて俺はわからない。
それと、テツがこんな性格だったのか―――あまりにも、なんだ―――会話がひどすぎないか。
俺は確かにこいつに言いたいことはあったが、言いたいだけ言ったら、いやな話は切り上げてもいいのではないか。
「文化祭委員はお前なんだし、それなら俺が近づかなければいい話だった。じき、落ち着くって思った―――なのにお前は!」
テツはうんざりした表情だ。
「本当に空気読めねえな………お前ひとりでやれよ!出来るんだから!お前は………まあ何を、何が楽しいのか知らねえけど、目をキラッキラ、させながら話したよな、俺に………お前、俺が補導された後に、喜んで、嬉々として!」
「………そ、それがぁ?」
戸惑う。
警察のお世話になったお前は確かに立場が悪いが。
でも俺は、雰囲気が変わったお前を心配し始めた。
記憶はおぼろげだが―――お前が何考えているのか知りたかっただけだ、ていうかちょっと不良っぽいお前のほうが「らしい」から、捕まったのはアリだなと思っていたのだ。
何故睨む、テツ。
「お前が一番絡んできやがった………。俺の家のこと!じいちゃんのこと!誰から聞いた!大崎か?松本か?滝川か!」
「し、知らないって!」
「どこまでわかってた、そうだ―――最初の質問だ。俺だって、してやる―――どこまでわかっていたか。どこまでわかっていたか、はっきりしろ」
そんなこと、思っていたのか。
こいつ、どこまで臆病だよ。
俺が、脅していると?
おじいさんの病気をダシにして………?
正直いって、ショックだ。
「休み時間に毎度毎度、テツ、テツって―――ちったあ空気読めや!」
「そ………そんなことしねえよ」
「したじゃねえか」
「どこまでわかっていたか、っていうか、話聞く限り、お前が悪くはないだろ!」
「………」
なおも、睨む。
俺は、ずっと驚愕の中にいた。
信じていただけるかはわからないが、テツは、こんな人間ではない。
なんなんだ、早くもどってくれ、テツ。
「………本当に、知らないのか?」
「本当だよ………お前が、お前の家でそんなことになってるなんて。おじいさんが………?俺が聞いたのは、確かお前が家出して、おじいさんがお前を連れ戻したっていう、そんな話」
「そうなのか?それで、他には?」
「他にって―――お前がサッカー部の誰かを殴ったとかタバコやってるとか、そんなの」
「………それは別件だな」
「んだよ、やったことは否定しないんだな」
やはり不良になったのかよ。
まあ真面目じゃないのはわかってたがな。
「なんか、付き合ってる奴はいたらしいじゃん、楽しいこともあったんだろ」
「ああ―――そりゃ、そうだが………勝手だろ、誰と付き合おうが」
「ああそう」
軽くむかつく。
「逆だよ、逆。俺が連れ戻したんだ。それも夜中に―――じいちゃんの件は伝言ゲームだな、まるで」
「そうなのか?」
「ていうか、あり得ないだろ。じいちゃん、あの時も八十過ぎだぜ?八十五歳、かな………なんでサッカー部の俺が追い付かれるんだよ」
「………そ、それは」
それは………確かに、それはそうだ。
言われてみれば。
老人と中学生では足の速さが違うのは当然。
いや、足の速さはともかく、説得で、家族での話し合いでの解決を見たと思っていたのだが。
「お前は違うんだよ、別世界なんだ、お前の方が、ずっといいって、まともだって、もう認めるよ」
そんなことを言いだすテツ。
「………なんか、感情的になってるらしいが」
それほど思い詰めていたとは。
「テツ。聞くけどさ………」
「あん?」
「この話、面白いか?」
テツは表情を固める。
死んだ人間の話をしているときに、面白さがどうとは何事だ、という怒りはしない。
俺はテツを見つめる。
真面目な顔で、『面白さ』について問う。
テツになら伝わる。
俺たちが楽しいかでなく、クラスの連中を笑わせられるか。
それを本気で考えていた、あの頃のことを、こいつならわかるはずだ。
「………楽しくねえけど、アマ、お前には聞きたくてな。わからないと落ち着かない。………ひやひやだったぜ、お前が、お前に迷惑はいかないようにした」
「ああ………もうやめようぜ、な」
俺は、なだめるような口調になる。
これも失礼かと思ったが、どうしようもない。
ここで、俺はテツを見て、そして驚愕した。
テツは涙ぐんでいた。
「―――お前も、俺のことを、かわいそうな奴だって思うんだろ」
「お、おい………」
「いいんだよ―――でも何より、文化祭の邪魔はしたくなかった―――警察沙汰は不味かったな―――。隠しきれると思ったけど、全部失敗したよ。クソ、クソ。最初から細かいあれこれはあったんだ―――中学に、上がる前から。だが大きなミスはせず、でも文化祭前にやってしまった、ついに。コンビニはアウトだな。友達の家ならよかったんだ。くっそ」
ミスった。
ミスった。
ミスった、と―――テツは繰り返す。
正確には。
テツは、隠したがっていた家庭内の状況を隠しきることには、成功していたわけだが。
俺に、ざっと五年間ほど隠し通した。
いや、成功なのか。
俺を欺いたことが、テツの成功なのか?
テツ………。
かわいそうな奴………なのは、確かに、お前がそう思うなら、否定はしないが。
俺だって、駄目なところはあるし。
もっと楽しい話をしたかったぜ、お前とは。
本当に、それだけなのに。
「テツ、お前はもう少し面白いことが言える奴だと思ってたぜ、どっかの幽霊と違ってな」
「………ゆうれい?」
「いや、忘れてくれ。芸人くずれの残念な幽霊だ、最近知り合ってな」
でも今のお前よりは相当面白い連中だ。
そう言いたくもなる。
「………そうだな、こんな話、確かに………終わったことだしな」
「そう、終わった………」
終わったというのは?
「もう………じいちゃんが死んで。死んだよ。喪中だったけど、それも開けたし―――この文化祭は親戚の子の付き添いで来たんだ。叔父さんが気を回してくれた。少しは気が晴れるんじゃないかって。その子供は、まだ幼稚園児だから付き添うしかない」
「それは………」
この男にも家族がいる。
親がいる。
「あきらめなかったぜ、俺………じいちゃんがいつか『戻ってくれる』と思ったし、可能性はあるわけだし。もう少し、もう少しだって」
俺は、何も言えない。




