その体験の面白さによっては
「ああ、君だったのか。心霊研究会に入りたいっていうのは」
十一号館三階。
大学の端にある、古いサークル棟の三階。
その教室で、彼と再会した。
服装は初めて会った日と変わってはいるが、古美術のような雰囲気は変わらない。
「入る、と決めたわけではないんですが」
「あら、そうなの?」
と、特に傷ついてもいない風に返す、心霊研究会部長、願証寺さん。
「ここに来たということは、心霊体験があるということ」
隣の女子が言う。
今日は黒衣を羽織っていないが、それでも寒色系で合わせた服がよく似合い、何よりも瞳が目を引く。
「その体験の面白さによっては才能ありと見込んで、入部を許可するが………」
「面白さで決めるんですか………」
なんか大学に入ってから、出会う人ら、こういうのが多いな。
いや、どうだろう、教室の、同年代、同じ年の人間は普通に見えるけれど。
今日も生地がだらりと伸び切った服装(大柄な身体も手伝って、そう見える)の願証寺さんが、質問を変える。
「人生相談でもいいよ」
「人生相談、ではないんですが………何故」
「悩みがある人が多いんだよ、それか、ただの冷やかしで見に来るか………そういうのは勘弁だが………悩みがあって、だから霊的な何かの所為にしたがる。まあ霊も未練があるからそこに居つくのだが―――イタコって知っているかい?」
「イタコ………聞いたことくらいは。霊と交信する人ですよね」
胡散臭い存在と思うが、会ってみたいとも思う。
「そう、そう思われているけれど、実際の仕事は人間相手が多いのさ。悩みを持った人は絶えない。イタコさん、困っていることがあるんだが少し相談に乗ってくれないか。と言う人はひっきりなしに来る」
「………」
「で、君はあるかい?悩みとか」
急に言われても。
「恋愛相談かぁ、とか、冷やかしたりしないよ」
この部室にいる三人目が言う―――彼女も見覚えはあった。
サークル紹介の時、黒衣の女性に抱き着いていた人だ。
タックル女子。
こうやって並んでみると、一番小柄なのは彼女だった。
「悩み………ですか」
俺が考えている、というか初江さんの件をどういえばいいか、言い淀んでいた。
そうしたら願証寺さんが解説と言うか、紹介をする。
「彼女は姫路はつ………サークル紹介の日は黒い服着た宣伝役。それと清正佳織………普段は運動部の方にいるんだが、心霊研と兼任している」
「よろしく………」
「よろしくね!私みたいに兼サーできるから気軽に入部オーケーだよ」
けんさー?
「兼任サークル、掛け持ち。この部は基本、週に一度の活動だから」
「ああ、そうなんですか。だったら入ろっかな」
「へえ、楽に動くね」
「あ………いや、あの実はアルバイトをやろっかなーって思っていて、いずれ」
部活は苦手だった。
高校生の頃、やや進学校だったせいか、三年間、部活に属さなかった。
クラスの奴らの半数はそうである―――そういう雰囲気の高校だったのだ。
「オススメはしないよー」
清正佳織がすぐさま反論してきた、なるほど運動会系サークルらしいバネがある。
身体の動きが、ぐんと伸びる、というか。
「サークルはいいよ、サークルの方がいいよ。アルバイトは大学卒業してからでも出来るでしょ、ウチのサークルがいいのよ」
テンション高めに迫られた。
ふうむ?
なんとしても俺をここに入れたいのだろうか。
部員増やすのに懸命?
それともアルバイトでなにか気にかかることでもあるのだろうか。
「そうですかね………でも自分で稼いでみるっていうか、働きたいですし」
「ふむ。それが悩みかい」
「悩みっていうか、もうそれ俺の自由ですよ。ただ………悩みと言えば。仮に。仮にですよ………『幽霊と出会った際』は、どういった対応が好ましいんでしょうか」
「それはわからないねえ」
心霊研究会部長は、あっさりと諦めた。
いや、投げた?
俺はあっけにとられる。
彼はそのまま台詞を紡ぐ。
「場合によるね。素人が考えなしに関わると悪化することもあるし、座敷童などは、無理に追い払わない。家にいてくれた方がその家に幸福が訪れるものだし………」
俺は初江ゆうめの姿を思い浮かべる。
座敷童、と言えなくもないか………それにしては歳がいってるけど。
まあ、静観が好ましいのだろうか。
それはそれでつまらないと言えるが。
「悩みがないのであれば―――」
「ねえ部長、単に部長が目立つから来たんじゃないですか?」
「うん?そうか」
それに関しては俺も心の中で同意したが、こっちはこっちで事情があり。
しかも言えない、口外禁止の事情だった。
「ボクが目立つのは知っているよ………だから姫路、君に黒衣のコスチュームを着せて、ボクは引っ込んでいたんだろう。サークル紹介はそれで行こうと決めて、大成功だ」
「しかし部長、結局大きな効果はありませんでした………、むしろ、私を見て避けていく人が増えたように思えます」
「む。逆効果か。やはり人心は思い通りにならんな………すると今度は、清正………君になにか、新しい服装を………また借りてこなければ」
「部長、いい加減そのベクトルの発想やめませんか?」
「ベクトルは修正するさ………そうだな、お化けのコスプレでどうだ。大型のマスコット、ゆるキャラのような路線で行こう」
「マジかよこの人………」
といった、彼らのゆるい漫才を眺めていると、なんだか和んだ。
いや、和んでばかりもいられない。
「あの―――入部届け、書いてもいいですか」
俺は思い切って口にした。
何かの縁だ、大学生活の当初に幽霊と出会ったのも、運命なのだろう。
正直、俺も本心では納得いかなかったが、なあに、アルバイトと兼任しても余裕がある部活だ。
「おおっ!君も幽霊道がわかってきたか」
喜び勇んだわけではないが、傷だらけの眼鏡の下に隠れている目が笑った気がする。
部長、鞄の中をがさがさと探る清正さん。
しかし表情に陰りが見えてくる。
「ああっ部長ごめんなさい!入部の用紙、今日は無いです!」
「なにっ………むう、しょうがないな次回だ、悪いねぇ高次くん、だったかな」
「あ、高次です。また来ます―――今日は、これで」
と言うようなことをやんわりと伝え、俺は帰路に着く。
強制ではなくあっさりと帰らせてくれるところから、ヤバいサークルでは無いということがわかった。
まあ何か問題が起こったら、相談窓口としてここを利用しよう。
どうも崇常燈に頼るのは怖い、あれを背骨にするのは座りが悪すぎる。
あれはお気楽な奴だが、あいつ自体が問題を引き起こしそうで気が休まらない。
そんなこんなで帰り際、『コープありが』で買い物。
今日は卵売り場の前で悩んでいた。
六個パックの卵を手に取る………。
「ふむ、十個パックの方が一個あたりが安い………しかし食べきるのがきついか」
卵を買うとしても、卵料理のバリエーションが欲しい。
初江さんにもアイデアを聞いてみるか?
食パンに目玉焼きを乗せていくラピュタのアレにしようかな、などと考えていると。
後ろから誰かに、どんと押された。
感触からして、買い物カートの角だった。
痛っ………。
卵を落とし―――――――透明なケースに入った卵が、俺の手のひらから浮く。
たまご。
ケースが小指、薬指、中指の先を滑り、ずり落ちていく、いや触れた。
体勢を崩した俺。
もう片方の手は、買い物かごを持っているのでふさがっている、使えない。
いや、そうじゃない使える。
かごを前に出し―――卵がそこに収まる。
キャッチ。
「あ、危ないじゃないか!てめえ、卵が割れたらどうオトシマエつけるんだ!」
流石の俺も、暴力団じみた声を上げた。
怖かった、冷や汗かいた。
どこのどいつだ、畜生。
だがすぐに怒りは困惑に変わる。
相手は相手で、冷や汗かいている状況、カートが倒れたのだった。
「申し訳ございません、ああっ、ゼリーが!アセロラゼリーが落ち」
ばたばたと商品が転がる。
彼女の持っていた商品だ………お菓子が多かった。
彼女はしゃがんで、ゼリーのほかにもいろんなものを拾い集める。
なんつう慌ただしさだ………彼女の人生大変そうだな。
小麦色の首筋は綺麗だったが。
「すいませ………ああ、アセララァ!」
彼女は商品を拾いながら謝るという行動に出た。
まあ、それに関しては俺でもそうするだろう。
しかし慌ただしいだけで、この人は面白みが欠けるな。
かすんでいる。
と若干残念な気持ちになった。
それにしてもしかし、彼女は噛んでいた、噛み過ぎてソールドアウトみたいな発言になった。
あれ………この特徴ある噛み方は、んん?
「もしかして………不動産屋のお姉さん?」
そういうと、彼女は俺の方を見上げた。
見覚えのある顔が、頬を引きつらせていた。




