ご近所づきあいも大事
「妹がいたんですね」
妹が実家に帰る―――ドアを閉めた際。
ドアを閉めて数秒後、初江ゆうめに後ろから声をかけられた。
「可愛いですね」
「ビミョーだよあいつ。母親の差し向けた、手先。心臓に悪い」
「幽霊がですか?」
「いいや。あいつ、母親と癒着してるからな………それが嫌だ。とはいえ、お隣さんへの挨拶を忘れたのは痛かった」
礼儀は大事、ご近所づきあいも大事。
………とは言っても、部屋に幽霊が出てきたら、それどころじゃないだろう。
「お隣さん、ご挨拶に行きますか?」
「………今から?」
「ええ、すでに一度忘れていましたし―――また妹さんに小言を言われるのも、つまらないでしょう」
「むう………」
確かにそうなんだが、この件、そもそも忘れたのは誰の所為なのかというと………。
責任を押し付けるわけではないが。
「そもそも忘れたのは、燈ちゃんと私の所為でもあります」
そんなことを言ってくる初江さん。
「い、いや………やっぱり忘れたのは俺の所為だし」
「いえ、私と燈ちゃんのコントが面白かった。だから高次さんはお母さんとの約束を忘れてしまったのです」
「それはねーわ」
と、言っては見た。
行っては見たものの、幽霊関係のごたごたですっかり忘れてしまったのは事実であった。
「………どうせ一部屋だけだ。大家さんは初日に挨拶したし、すぐに済むだろう」
初対面の人にお菓子を渡しに行く、というのは人づきあいが苦手な俺にとって、難しい。
心臓がきゅっと痛んだが、なあに、悪いことをしに行くわけではないのだ。
良いことをしに行くだけだ。
「………良いことを、しにいく」
そう、それだけだ。
それだけなんだ。
「ついて来なくていい―――って、来れないか」
「ええ、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
とはいっても部屋から出て、見知らぬ住人が住む隣室………一〇一号室の前に立って、インターホンまで指を持ち上げると、再び動悸がした。
うっわ、会いたくねえ、どうか誰も出てきませんように、留守でありますように。
そんなことを考えてしまう。
失礼であることこの上ないが、俺は本来人見知りのメンタル弱者である。
その上、あんまり仲良くならないであろう人間なのだ。
ううん………。
こういう経験は今までにあるだろうかと、記憶を検索する。
あれだ、クラスの、あんまり仲良くないやつに話しかけるときの心境。
委員会とかの関係でやむを得ず、普段別の友達グループでつるんでいる人間と話すことになる時などの。
それに近い。
「だとすれば、何度か経験済みじゃあないか」
小さく呟く。
声に出して自分を鼓舞する。
ほぼ意識を入れずに、インターホンを押した。
数秒後、かちゃりと鍵が開いて、ゆっくり出てきた男。
眼鏡をかけて無精ひげを生やしている、肌がしわがれた男だった。
大学生、同じ大学の先輩………なのだろうか。
だが三十歳くらいに見えた。
「こんにちは………何か御用?」
声は掠れていなかった。




