アマ君とお買い物その2
大学の近くには、店が集まっている、学生街とでもいうべき場所がある。
多くの店が立ち並ぶ通りを自転車で行けば、はたして目的地、雑貨屋にたどり着く。
小物を中心に、扱っているお店だ。
店名が英語かもしくはドイツ語(?)………なので、ちょっと読めなかったが、とにかく入るとしよう。
店内は至るところに小物類、家具類、ティーカップやガーデニング用品、というか観葉植物そのものも置いてある。
家具屋の小さい、お手軽なバージョンとでも言うべきか。
機能よりもデザインを重視したものが、自己主張しつつ調和していた。
「燭台なんて売ってるわけないよって、さっきは言ったけれど………ここでなら見つかりそうだな」
そんな感想を漏らす。
全体的にお洒落なインテリアで、男が一人で用事も無しに入るのはためらわれる雰囲気だ。
今は一人ではなく幽霊も同伴だし、用事もあるから入ったのだが。
店内は女性客が多い………ようでいて、そうでもない。
男女比は半々か。
だが全体的にふわふわした空気が、肌に合わないというか、なんというか。
「賑やかだねー………」
「結構客はいるなあ」
「いや、そうじゃなくて色がね………それで、肝心のキャンドルはどこかな」
がさり、とスーパー袋が揺れる。
先ほど買った食料を持ちながらでの来店である。
マナー的にも他店の袋を持ち込むのは見習えない行為だが、自転車の籠に置きっぱなしというわけにもいかないので、仕方ない。
「さて、キャンドル、探さないとな」
歩き出す俺………その発言を受けて、崇常燈はにんまりと笑った。
「へぇ………ゆうめが欲しがってるものを選ぶんだ、ふぅん、へぇー………」
みるみるうちに喜ぶ………いや、悦ぶ崇常燈。
笑顔のまま俺の横にぴったりと、並走してくる。
音がない。
磁石か何かで動くようについてくる。
リニアモーターか。
その時の崇常燈の表情と言ったら、なかった。
あえて言葉で表そうとするならば。
感情豊かな頬は笑いをこらえきれずに持ち上がり、好奇心に満ち溢れた瞳を下品に細め、口がだらしなく開いて前歯が露出し、愉快で堪らないといった様子の吐息を漏らす。
「ゆうめが欲しいものを選ぶんだぁ………!」
もう一度言ってきた。
彼女は勝ち誇っていた。
この世に存在する、全ての苛立ちを凝縮したような表情だった。
見下されている。
俺は馬鹿にされている。
つまり、むかつく。
どつきたい。
どつくが、彼女の二の腕を、腹のあたりを、俺の腕が素通りする。
むなしく空を切る。
あ、幽霊か…………くっそ、素通りするから殴れねえんだ。
でもこいつむかつく。
「そっかぁ一日で、アマくん、見くびっていたよ………。やるねェ………!」
「そんなんじゃねーよ………ただ、怒らせたかも知んねーからさ」
昨日の夜。
あの会話で、俺は酷いことを言ってしまったのかもしれなかった。
「え、そうなの?何かやったのアマくん、お風呂覗いたとか?」
「………俺が帰ってきた時点でもう、上がってただろ」
「そりゃそうか………じゃあなんだろう、うっかり胸を触ってしまったとか?」
「………幽霊に対して、なんて話せばいいのやら、わからなくてな」
―――どうして、幽霊になったんだ
―――天国って行く気はないのか。
「失礼なことを言ったかもしれない」
あのセリフはなんだか、初江ゆうめのプライベートな、そしてデリケートな部分に。
土足で入り込んだ質問だったのかもしれない。
考えすぎだろうか。
しかし、俺個人の意見としては、失言とは思わなかった。
天国は天国で、つまりはいい場所であるし。
もしかしたら、これもいいのかもしれない。
命を失ってからも、楽しそうに生きている初江さんと、このお調子者の女子が、羨ましいのだ。
はっとさせられた。
人は死んでからも、そこそこ愉快に生きることができるのだ。
なるほど目から鱗である。
少なくとも俺の人生よりは面白いだろう、と。
本心で、そう思った。
まあ、ちょっと引いているといえば、引いているが。
「確かにねー、でもゆうめもそこまでメンタル弱い子じゃないよ、割とおとなしいし。霊魂の中にはね、色々とうるさい人もいるの、自分が死んだってことを、認めたくない―――そんな人がね」
まあ、それは当然だろう。
事故死ならなおさらだ。
「クレームの対応もあるのよ………っとと、あんまりしゃべると信用落ちちゃうよね」
「いまさら………」
「なんか言った?」
「口数減らせ。それだけだ………そういや、蝋燭の話だっけ、本当にアロマキャンドルでいいのか?」
「うん、火を灯せるならなんでも………そっか、ゆうめがタイプかぁ、くっくっく………」
「別にそんなんじゃねえよ」
何でもかんでも直で―――へえ、好きなんだ、か。
もう発想が小学生でも言えそうな、それである。
苦笑いしか出ねえよ。
「お前以外の女なら誰でもいい、それだけは言える………お前よりむかつくのは、いない」
「ぐはー」
けらけら笑う、燈。
終始楽しそうな女である。
生前もさぞやアタマ空っぽにして生きていたのだろう。
まあいい、これから俺は、悪いことをするわけではないのだ。
好きにするさ。
ああ、別に好きじゃないよ?
同居人と、なるべくなら衝突したくない、間違っても険悪になりたくない。
そう、その意図で買うのだから。
平常心平常心。
ていうか、そもそも宇喜多さんに言われたことだし?
つまりアロマキャンドルを選ぶのは、骸骨紳士に気に入られるためなんだよ。
とはいうものの、実際、彼女は、初江ゆうめは、美人だった。
その容姿は、俺のツボだった。
仮に同じ教室にいたならば、毎日、彼女の後ろ姿、友人と話している様子を眼で追ってしまうだろう。
そう確信せざるを得ないくらいの―――。
ううむ、付き合いたかった………幽霊じゃなければ―――いやいや。
しかしながら、見た目だけで判断したくない、という硬派な一面もあった。
俺は簡単な男ではないのだ。
俺はレベルの高い男なのだ。
彼女は美人かもしれないが、俺だって、頭すっからかんな野郎ではない。
可愛い女の子だ、わーい、付き合おうよ………と言うような、安易な発想には至らない。
どっかの漫画の主人公のように、ナンパ、という………あの、およそ常人の神経では不可能と思われる行動を平然とできる、シンプルな人間に生まれれば。
もう少し人生は楽だったかもしれないが。
悩みも少なかったかもしれないが。
アロマキャンドルのコーナーを見つけて立ち止まり、俺は腕を組む。
幽霊が現れる、その儀式に使うものだというらしいから、すぐ消えるようなものは選びたくない。
赤、薄緑、オレンジ、アイボリー、………陳列されたキャンドルはカラフルな絵の具のようだった。
透明なガラス容器に入った、それこそ見た目はアイスクリームのようだ。
「ふうむ………ラベンダーだけど、あとバニラの方が好きだったっけ、あの子」
「え、バニラはアイスだろ」
「違うよ香りだよ」
「ううむ」
「あ、でもバニラはちょっと長時間は強いかぁ、ここはジャスミンの方が」
「匂い付きでいいのか?今更な質問だけど」
これは初江さんの好みの心配というよりも、宇喜多氏のことを考えての質問だった。
「バラモン教ではジャスミンのキャンドルはスタンダードなんだよ」
俺は初江ゆうめの家庭に関して全く情報を持たないが、バラモン教ではないだろう。
バラモン教の奴、いるのかな、この国。
質問には結局答えてくれなかったが、下手の考え、休むに似たりなのだろう。
幽霊のことに関しては崇常燈の方が詳しいはずだ。
………詳しいはずだよな?
「よおし、君に決めた!」
とかなんとか、マサラタウン出身の10歳児みたいなことを言いつつ、崇常燈は白っぽいキャンドルを取る。
………あいつ、いつになったらポケモンマスターになるんだろ。
アニメ、全話は見てないからわからないが、妹が言うにはバトルフロンティアは制覇したらしい。
だとしたら相当の実力者だが。
主人公が簡単にリーグ優勝できないあたり、現実味があるアニメかもしれない。
まあ十歳児ではないにしろ、崇常燈は。
こいつは、小学生なのだと思って対応したほうがよさそうだな。
まあこの崇常燈は霊界ではそこそこのキャリアを持つ、らしい。
ならばこいつに従うしかない………。
まあだからと言って、何も考えないわけではないが。
「もしかしてだけど―――初江さんが、生前に使っていたものだと効果が上がるっていうことは?」
半ば,当てずっぽうだった。
「おおっ、鋭いねアマくん。そうそう、本人にゆかりのある品だと、霊魂との親和性もアップ!」
じゃあアロマキャンドルの方がいいのか。
まあ、普通の蝋燭や線香なんて用意しようものなら、お葬式ムードになってしまう。
蝋燭の歴史………俺は詳しく知らないが、無臭のものの方が少ないのだろうか?
蝋燭の匂い、ね。
ていうか、このキャンドルコーナー、色んな匂いがする。
酔いそう。
「本当に高級志向のキャンドルだと、一本で一万円くらいするんだって」
「………うん、俺はね、それアホだと思うよ」
減るもんじゃないし、という表現があるが。
熔けるもんだし。
蝋燭は。
まあ金を何に使おうが、人の勝手かもしれんが………なあに、安さで決めはしないさ。
買うとしても、使用用途は重要。
なにぶん、死者にまつわる儀式だ。
下手にお徳用みたいなものを買って、骸骨紳士にいやな顔をされるのも気が引けた。
お徳用イコール低品質とは限らないだろうけど。
そんなこんなでオチも特になく、俺は雑貨屋でアロマキャンドルだけを買い、その包装袋もなんだかお洒落だった―――帰路に着くことになる。
しかしなんだろう、自転車こぎながらの考えだが、何か、欠落している、足りないものがある気がするのだ。
何か、大きなことではないが、忘れているような。




