引っ越し
「本当に大丈夫?」
「大丈夫だから。大きいものは棚もそうだし、ぜんぶ、運び込まれてて―――、大きいもの以外も全部部屋には収まってるから、ダンボールも全部自分で開けるから」
「本当に、本当に?お隣さんに渡すお菓子は、早めに渡すのよ―――おせんべいね、でも甘いものも入ってるから、そっちはやっぱり早めにね」
期限が早いものもあるからなどと、そのあとにも長々と文句が続くが、さっきも言ったことの繰り返しだった。
俺は意を決し、この電話を終わらせようとする。
「わかってる、わかってる。三日以内には行くから―――わーかったよ、今日行くって!」
俺は電話を切った。
「………長いんだよ」
不動産会社からカードキーを受け取って新居に向かう俺は、自然と頬が緩む。
心、晴れやかである。
高校の制服を、もう着る必要はない―――この歳になってスキップなどしてしまいそうだ。
念願のアパート、一人暮らしである。
思い返せば、母親の過保護からとっとと逃げたい一八年間だった。
夏に長袖の重ね着を強要されるかのような親のお節介に圧迫され、ひんやりと涼やかな暮らしを夢見た。
幼少期は本当に何も考えずに幸せを謳歌していた気もするが、それは遠い昔の話。
一人暮らしは憧れだった。
渇望していた。
理想だった。
………なんて、そんなことを言う人間にかぎって、一週間くらい経てば、寂しくなったと喚きホームシックを発現するんだよ、と窘められそうだが………。
「俺は違う」
そう思って、強く生きていこう。
ただ生活するだけだ、怖いことなどない。
俺は違う、寂しくないという根拠―――その理由はいくつかあるが、俺はそもそも人づきあいが得意ではない。
友達が少ない。
友達を増やそうとして、失敗したこともある………恥ずかしながら。
親友と別れたことも。
いやな人生だ。
人生が嫌いで、人間が嫌いだった。