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End Of Edo ~幕末~  作者: 吉藻
第二章 幕末前夜
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  桂小五郎は江戸に行く

 桂小五郎は天保4年(1833年)6月26日に長州の萩にて生まれた。

 天保11年に桂家へと養子に入り桂小五郎と名乗るのだ。

 桂家の当主はその後すぐに亡くなり、子供だった小五郎は実家で養育されることになる。

 高い身分の武士の家系の当主でありながら裕福な藩医の実家で何不自由なくそだつ。

 彼は文武においてそつなくこなし優秀で将来を期待される青年となっていった。


 青少年は悩むものである。

 裕福な家庭で何一つ不自由なく育ち優秀であるがゆえに将来の展望がふわふわしている。

 何か打ち込めるものがなかったのだ。

 そんな小五郎に人生の指針を与える人物が現れた。


 嘉永2年、藩校の明倫館で吉田松陰が講師となったのだ。

 松蔭はアヘン戦争で清が敗れたことを引き合いに出して日本国の危機を説き、一人一人が長州のために日本国のために何が出来るか学ばないといけないと教えた。

 その熱い情熱は小五郎の胸に響いて松蔭を生涯の師として尊敬することとなる。

 松蔭は小五郎の優秀さに感心して弟子とも友とも呼べる間柄となった。


 小五郎は文武に本気で取り組むようになる。

 そして特に剣術において頭角を現して来た。




 嘉永5年に小五郎にとって転機がおとずれる

 長州藩に斉藤新太郎が訪れたのである。


 斉藤新太郎さいとうしんたろう斉藤弥九朗さいとうやくろうの息子であり江戸の三大道場の一つ練兵館の跡取りである。

 文政11年生まれでこの年は25歳。幼い頃から父に剣術を学んでいて剣の腕は江戸でも有数の実力者になっていた。また、文学・書画にも秀でていて絵は渡辺崋山に学んでいたこともある。

 西洋砲術を江川英龍に学んでおり文武芸に秀でた人物だった。

 

 彼は自らの剣術修行と練兵館の宣伝を行う旅をしていた。練兵館は江戸で有名な道場となっており長州の若い藩士の剣術修行の留学先ともなっている。

 長州藩で藩士に稽古をつけて練兵館のレベルをの高さを見せ付けた。

 その中で新太郎は桂小五郎の剣に素質を感じて江戸留学に誘う。

 桂小五郎は斉藤新太郎の剣に魅せられてすぐに江戸での剣術修行を願い出た。


 しかし藩が送る留学生は既に決定しており小五郎の願いは却下された。

 すると小五郎は自費での留学を願い出たのだ。実家が裕福であり家長して禄も得ている小五郎には自費留学くらいはなんてことない。藩は許可を出して小五郎は江戸へと旅立つこととなった。。


 嘉永5年11月、江戸についた桂小五郎は練兵館に入門する。

 練兵館の水はあったのだろう。小五郎の剣の才能は開花していった。

 斉藤弥九朗も目をかけて練兵館に住み込んで剣術修行をすることを勧めた。

 小五郎は弥九朗の勧めに応じて練兵館に住み込んで剣術修行をしていくことになる。

 そしてわずか1年で免許皆伝を得て練兵館の塾頭となるのである。





 ここで桂小五郎の心の師というべき吉田松陰についても述べておこう。

 東北遊学のために脱藩してしまった吉田松陰は嘉永5年の4月に江戸に戻ると長州藩に自首した。そして長州の萩に送られて藩の沙汰を待つことになる。

 長州藩では脱藩は大きな罪なので厳罰にするべきという意見と松蔭は長州藩で最も優秀な学者であるために減刑を望む意見に割れていた。そのために松蔭に対する沙汰が大幅に遅れたのだ。

 自らの意見をあまり押し付けない藩主の毛利敬親は「松蔭は我が師であるので寛大な処置を望む」とだけ述べた。この意見に逆らえるわけもなく藩内では松蔭にたいする甘い処分が議論されることになる。


 嘉永5年の12月に吉田松陰に処分が下された。

 士籍剥奪、家禄没収という重罪である。

 ただし――――松蔭の実家である杉家の育みとなれば長州藩士扱いで10年後にはお家再興を約束された。

 つまりは執行猶予とか保護観察といったような処分だろうか。更には松蔭に10年間の自由な遊学を許可されることになる。

 書類上は武士身分を剥奪されてお家断絶ではあるが、事実上の無罪ともいえた。

 こうして吉田松陰は自らの見識を広げるために全国遊学の旅に出ることとなる。


 嘉永6年の春には江戸にも顔を出して桂小五郎と再会もしていた。

 立派になった小五郎に対して松蔭はこう述べている。


「彼には何かことを成す才があります」


 そして松蔭は小五郎のことを弟子というよりは友人として接するようになる。


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