表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
End Of Edo ~幕末~  作者: 吉藻
第一章 江戸時代
11/61

  ロシア紛争

 17世紀といえば欧州が狙うのはインドと新大陸アメリカだった。

 遠い日本をわざわざ狙うだけの理由が見出せなかったのである。

 距離と他に旨みのある地域があったことが江戸時代の太平の世を作り出した。


 そんな中でロシア帝国は他の欧州の国々と事情が違っていた。

 ロシアには冬に凍らない港がない。大航海時代に船を出して世界を冒険して支配していくという競争が出来ない。欧州列強で大きく出遅れた国となった。

 海に出れないロシアは陸地を東に進んでいく。人の住まない凍土を開拓して自らの領土としていく。東へ東へそして東へ。やがてロシアは海へとたどり着いた。ユーラシア大陸を横断してしまったのである。

 ベーリング海峡を横断するとアラスカ、そして南下すると蝦夷地(北海道)があった。



 田沼意次は蝦夷地の北を通行するロシア人に危機感を感じた。

 そして北方探索をして蝦夷地の開拓をしてロシア人の進出に備えようと考える。

 ところが田沼が失脚して北方探索は中断されることになる。


 寛政4年(1792年)、ロシアのラクスマンが根室に来航した。

 漂流者だった大黒屋だいこくや光太夫こうだゆうを送還すると共に通商貿易を求めて来た。

 時の権力者の松平定信はラクスマンに長崎への通行証を渡して長崎で交渉するように伝えた。

 ラクスマンは光太夫を日本に返すと通行証を手にロシアへと帰国する。


 この事件により松平定信は北方探索の必要性を感じて再開させた。

 最上徳内もがみとくない間宮林蔵まみやりんぞうが蝦夷地や樺太を調査する。



 松平定信が渡した通行証を持って長崎にロシア船が入ってきたのは文化元年(1804年)のことだった。

 ラクスマン来航から12年経過していて幕府首脳陣の顔ぶれも変わっている。外交方針の引継ぎもなく慌てた幕府首脳はロシア使節のレザノフを長崎で待たせたまま議論を重ねた。

 半年も長崎で軟禁状態におかれたレザノフに対して幕府は通商不可の決定を伝えた。

 鎖国政策を取り続けて150年が経過しており現状の変化を望まなかったのだ。

 幕府はレザノフと交渉するわけでもなく一方的な通告して長崎から追い出した。



 これによりレザノフは激怒してロシア本国に対して日本には強攻策が必要だと報告した。だが、その要請は聞き遂げられずにレザノフは別の指令を受けてアメリカへ行くこととなる。

 ところがレザノフの部下のフヴォストフが勝手に動いた。

 日本への報復として樺太からふと択捉島えとろふとうを襲撃したのだ。

 アイヌから略奪をして幕府の屯所を砲撃した。択捉の駐屯地には間宮林蔵まみやりんぞうも詰めていてロシア兵との徹底抗戦を主張したが、装備の差もあり幕府の駐屯兵は相手にならず遁走した。


 これを文化露寇ぶんかろこうという。


 この事件から列強に対する警戒感と反発が国内に生まれることになる。

 夷敵(外国の勢力)を討てという攘夷が唱えられ始めるのはこれからである。




 文化露寇により幕府はロシアを敵性国家としてみることになる。

 そして文化8年(1811年)に千島列島を測量中だったロシア軍艦の艦長のゴローニンが役人に捕らえられるという事件が発生した。幕府はゴローニンを投獄した。これをゴローニン事件という。

 これにより日露間には緊張が走り一触即発の火種が燃え上がるも高田屋たかだや嘉兵衛かへえの活躍により和解がなされた。

 高田屋嘉兵衛の活躍とこの事件については司馬遼太郎の 『菜の花の沖』でも読んでもらいたい。


 幕末という時代が始まる50年ほど前に日本とロシアは衝突した。

 幕末の混乱が外国勢力による外圧から始まると考えるなら幕末はここから始まったのかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ