かぼちゃの馬車
偶然なんてそう簡単にあるもんじゃない。
私はこの二年間で学んだんだ。
毎朝乗り込むエレベーター。
本当は少し前まではいつも妄想していた。
ドアが開いたその先にはアイツがいて……
そんな事ありっこないって思い知っていたはずなのに。
一階へと向かうエレベーターが三階で停止した時。
もしかして――
思わず息を呑んで、目を瞑った。
この二年間、何度願っただろうその偶然を。
ただの一度も叶った事のないその願い。
ドアの開く気配に薄眼を開けると、久し振りに見るアイツの姿があった。
夢じゃないよね?
私は上手に笑えているだろうか?
「久し振りだね、先輩」
本当に久し振りに聞いた声。
私の記憶にあるその声とは少しだけ違っていた。
先輩だなんて呼んだ事何回しかない癖に。
と言ってもはるか昔のように『ちゃん』付けで呼ばれるのはもっとこそばゆいのかも。
ぐるぐるといろんな事が頭の中を駆け巡っている。
最早収拾できないくらいに。
「朝から元気そうだね、後輩」
こうやって会えた時に何て言うか、何百回もシミュレーションしたはずなのに、私の口から出たのはそんな変な言葉だった。
アイツはくるりと背を向けながら『ククッ』と声にならない笑いをしたように見えたのは気のせいかしら?
やっと念願叶って会えたというのに、挨拶だけで会話もないまま、静かに止まったエレベーター。
開いてくれるなと念を送ってもそんな事はあるはずもなく、明るい光が差し込んできた。
二年振りの出会いもそこまででお終いなんだ。
気づかれたくないと思う気持ちと気づいて欲しいと思う気持ちがせめぎあう。
たった一つとはいえ、年下を好きになる事はこんなにも自分の気持ちを意固地にさせるものなのだろうか。
あんなに会いたいと思っていたのに。
小学中学だけでなく高校も大学までもが一緒だったアイツ。
振り向けばいた存在だったのに。
社会人となるとそんな当たり前だった光景がぱったりと消え去った。
ほんの数回だけ見かけた高層階からのカーテン越しではなく、目の前にある背中。
手を伸ばせば届く距離。
勇気のない私は、自分のつま先をじっと見つめる事しか出来なかった。
てっきり外に向かうと思ったアイツのつま先がくるりと向きを変えたのが見えて、驚いて顔をあげると――
これでもかって言うほど形の良い唇が小さく動いた。
「トリック・オア・トリート」
ビックリしたなんてもんじゃない。
緊張していたのも手伝って私の身体は硬直状態。
僅かに動いた手で、カーディガンの裾をギュッと握った。
そんな私をお構いなしにもう一歩進んできた黒い革靴。
「知ってる? 今日はハロウィンなんだよ」
私の大好きだった声はグレードアップしたみたい。
余裕たっぷりに接したかったはずなのに。
予想外の出来事の連発に動揺しっぱなしの私は曖昧に笑う事しか出来なかった。
「はい、時間切れ」
そう言って更に進んできたつま先に、目が釘付け状態になった。
狭いこの空間。
私の爆発しそうな鼓動が響き渡っているみたいで、堪らない。
スローモーションのように見慣れないスーツの腕が上がってきて、私の頬を包まれたと思った瞬間。
おでこに優しい爆弾が落ちてきた。
「な、何すんのよ」
上ずりながらも、やっと出た声は動揺しているのが丸解りだ。
「だから、言ったじゃん『トリック・オア・トリート』って。悪戯完了という事で」
そう言って私の頬から離れたアイツの両手は首筋を撫でながら、腕をつたいカーディガンの裾を握ったままの私の手に辿り着いた。
一瞬で曇った顔の私と、したり顔のアイツ。
ポケットの膨らみを察知されてしまったらしい。
「ねえ、これってワザと出さなかったんだよね」
「何を言っているのか解りません」
手のひらに少しだけ触れるポケットの『のど飴』の存在をマリックさんに消して貰いたい。
とうか、恥ずかしすぎて今の私の存在を消して貰いたいと願った。
「と言う事で、悪戯はここまで。次からは本気で行かせて貰うから。ここに向かって」
そう言って、存在自体を消したいと願っていた私に向かって指を差した。
次からは本気?
私?
あまりの展開についていけず、これは夢かも?
はたまた妄想か? と思ってしまう。
完全にトリップしていた私を呼び戻したのは、強く掴まれた手首。
「駅まで送るから」
と、アイツの乗る営業車に乗せられて。
駅に着くまでの間に、仕事終わりの食事の約束までしていた。
ハロウィンって願い事が叶う日だっけ?
偶然エレベーターに乗り合わせたのにも驚きなのに、まさかこんな展開になるなんて。
緩んだ頬はとてもじゃないけど、元に戻せそうにも無かった。
そういえば前にハロウィンネタ書いたなぁと思いだし、かなり久しぶりにログインしてみました。こっそりひっそり昔書いた話を投稿。しかもハロウィン過ぎてるし…… 誤字脱字は暖かい目で見守って頂けたら幸いです。