竜崎光治
中学校の入学式が始まるまでの間、翔は一人見知らぬ町にいて不安を抱えていた。母親は事故で植物状態になり、病院に入院している。父親は夜遅くまで帰ってこないことが度々あって、家にはいつも一人だった。姉兄は学校の寮に入っていて滅多に会えない。
母親が、翔が幼稚園児の頃に買ってくれた、今はもう触ることすらなくなったオオカミのぬいぐるみをダンボールから取り出す。ところどころ解れた後が縫われている。これらは翔がオオカミになって食い破った跡だ。翔の目から涙がこぼれ落ちる。
その日の夜から翔はオオカミのぬいぐるみと一緒に、自身もオオカミの姿になって寝た。両親はいつも「オオカミは家族で暮らすんだ」と言っていた。翔にとってオオカミのぬいぐるみは母親の代わりだった。
川並市に引っ越して一週間が経ったある日、マンションの近くの公園で一人寂しくブランコを漕いでいると、翔と同じくらいの歳の子供が翔に声を掛けてきた。
「君、一人なの? もし良かったら俺と遊ばない?」
灰色の伸びた髪に灰色の目をした少年は、その見た目に反して落ち着いた物腰で翔に尋ねる。
翔が生返事を返すと、その少年はさっきよりも少し明るめの口調で話し続ける。
「俺の名前は竜崎光治。時成中学の一年で、四月から二年生になるんだ」
春休みの間、翔は毎日光治と会った。光治の家は翔と同じマンションの七階の、翔の部屋の真上の708号室で、光治はおばさんと暮らしていた。お互いの部屋でカードゲームやゲームをしたり、公園で二人でサッカーをしたりキャッチボールをして遊んだ。
光治の部屋は半分以上が本で埋まっていて、本以外はほとんど何もなかった。翔は光治にゲームを、光治は翔に本を貸した。
短い春休みだったが、翔にとって光治と遊んだ時間は、不安を一時でも忘れることのできた、忘れられない記憶になった。
翔は光治と同じ、時成中学校に入学した。入学した当初は、翔の目の青さを珍しがって話かけてくる人ばかりだったが、時間が経つにつれて友達ができるようになった。
光治は自分の友達を連れて遊びにくるようにもなり、翔は積極的に友達を作るようになっていった。いつのまにかあれほど抱えていた不安はなくなり、オオカミのぬいぐるみはリビングの棚に置かれ、一緒に寝ることはなくなっていた。
光治とは喧嘩するほどの仲にまでなって、よく喧嘩をして仲直りを繰り返して、そのたびにお互いの大切さを知った。