犬と囚人(3)
3.
ビルの与えた少量のドックフードと水は夜中の内に消費されたようだった。空っぽになった餌入れを翌朝見つけて、ビルは嬉しくなった。いくら猛獣とは言え、腹は空くのだ。
昨日出会ったばかりの凶暴で手の付けようがないシベリアンハスキーにビルは親しみを感じていた。人間を強く憎み、頑なに信じようとはしない犬は社会から背を向けられた自分の境遇と重なって見えたのかもしれない。
ビルを見つけると、昨日同様に犬は唸り声を上げたが、その場を動かなかった。ビルはポケットに手を突っ込むと、布に包まれたソーセージを取り出した。
前のような真似はしないで、離れた位置からソーセージを放り投げる。犬は想像通り、興味を示さなかった。ビルに警戒している為、食べ物に近付こうとしない。前に世話したセントバーナードはそんな事はなかった。与えた餌は必ず食べるし、撫でれば気持ち良さそうに目を細め、ボールを投げればちゃんと自分のところに帰って来た。愛想が良く、人好きだった。目の前のシベリアンハスキーは家庭で可愛がられるペットの犬よりも、野生の狼に近い。
しばらくの間、辛抱強く待って見たが、動きそうにもないので諦めてその場を後にした。
ビルが犬の教習に参加するようになったのは、3ヶ月前に部屋が一緒だった男が刑疫を終え、刑務所を出て行った為だった。犬好きだった彼に自分の世話していた犬の面倒を頼まれたのだ。
前任者がよくしつけていたおかげか、ビルがすることはブラッシングと散歩くらいしかなかった。
その犬も又、1週間前ボランティア団体に引き取られた。図体はデカイが、ビルに懐いてくれていた。
頼まれていた仕事が終わっても、ビルは何となく犬達の世話を続けていた。元々動物は嫌いではなかったし、人間社会から弾き出された自分を受け入れてくれるのは彼ら動物くらいだと思った。
そもそも犬の教習とは、まず人間に慣れさせ、しつけることを意味する。盲導犬や、警察犬を訓練するわけではないので一般家庭に適用出来る犬に成長してくれれば、訓練は卒業となる。後は里親探しをしてくれるボランティア団体が犬を引き取るのだ。
新しく外から犬が入って来ると、犬を世話する囚人の一人に世話役が任せられる。
大体は一人一匹だけれど、ベテランになってくると二匹、三匹の世話をいっぺんに任せられるようだ。
受刑者達は命を預かることによって、その重みと責任を学ぶというわけだ。
監獄に連れて来られる犬達は、病気でもないし、老犬でもない。どんな犬にもチャンスと可能性がある。そのことを犬の教習をする彼ら受刑者達にも学んで欲しいと、刑務所の所長は教習説明会の際に言っていた。自分の犬に自分で名前を付けて、パートナーとして共に成長し、また一からやり直す。自らの罪を償い、新しくなった自分として社会に出て行って欲しいと言う所長の願いだった。
だが、ビルはときたま不安を感じる。殺すつもりはなかったとはいえ、たった3秒で奪い去ってしまった勇気ある男の命の代償が懲役15年と犬のボランティアなんかで払えるものなのだろうか。
たった数分間、顔を合わしたスーツ姿の中年男。彼にもきっと家族が居たに違いない。愛する妻と、子供達。実家には歳を取った母も居たかもしれない。仕事では結構、重要な役割を果していて、部下からの信頼も厚かっただろう。あの時、たまたまあの店に居たばっかりに、少し正義感が強すぎたばっかりに、馬鹿な男によってその一生を終えた。
後悔しても済んだことに修正は効かない。でも、ビルは男が生きたであろう、架空の人生を考えずにはいられなかった。
そうやって、後悔し続けてすでに14年が経過していた。出所まで後一年。ビルは22から、もう36歳になっていた。