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犬と囚人(2)

2・

自分のやった事に対して、ビルは後悔はしていた。

金欲しさに街角の小さなスーパーマーケットに押し入り、拳銃で店員を脅し、後ろから取り押さえようとした客の頭を弾丸で貫いた。

殺すつもりなんてなかった。ただ、驚いて振り返り、焦って引き金を引いた先が運悪く男の額だっただけだ。興奮していたし、ビル自身も何をやっているのか良くわからなかった。

血を流して、床に崩れ去る男を見下ろして頭が真っ白になった。金を奪って逃げるだけの筈だったのに想定範囲外のことが起きた。取り返しのつかないことをしてしまった、と思った。

ビルは強盗はやっても殺人に手を染めるような狂った男ではなかった。物事は計画的にやるタイプだし、普段から軽はずみな行動はしなかった。ある日、金に困り、一体何を思ったのか父親が遺した拳銃を持って、近所のスーパーに飛び込んだ。考えて見れば最初から上手く行くはずなんてなかったのだ。覆面を被っているわけでも、計画を立てた犯行でもなく、金が少量でも手に入ればラッキーと軽い感覚で店に入った。

客は夜中ということもあって、少なかった。アジア系の店員一人とレジで会計をしていた中年のスーツを着た男、雑誌を読んでいた青いジャンパーを羽織った若い男のみ。

ビルが銃を構えると近くで雑誌を読んでいた男は腰を抜かし、レジに立つ店員は素早く状況を察知して手を上げた。中年の男も一歩後ろに下がりつつ、無抵抗の意を表した。

ビルはこみ上げてくる興奮を抑えながら、息荒く用意した袋を店員に投げつけると金を要求した。映画で見る限り、強盗犯はもたもたしてはいけないと把握していたので、素早く要件を伝えた。通報されてもいない内から、パトカーを気にしてガラス越しに外を見た。まだ、大勢の警官が銃を構えて入ってくる様子はない。若者は未だに腰が抜けたままだし、中年の男も壁にぴったりと張り付いて手を上げている。

まだ学生らしき店員はかなり怯えているようで、震えて言う事を聞かない手で一生懸命に金を袋に入れ始めた。2分程経った頃だろうか、ビルはもたつく店員に嫌気がさしていた。苛立ちと焦りが募り、つい舌打ちをした。そして文句の言葉を言おうと口を開いた。瞬間、びくびくとしていた店員の表情が一変したのだ。明らかに自分か、後ろに居る何かに驚いていた。

背後に気配を感じ取り、押さえつけようとした中年の男を突き飛ばした。静かにしていたはずの男がいつの間にか移動していて、気が緩み始めた自分から銃を取ろうと試みたようだ。ビルはいきなりのハプニングに慌てて、汗でべとべとになっていた銃の引き金を引いてしまった。もちろん当てるつもりなんか、さらさらなかった。その弾がまさか見事、男の額に命中するとも思っていなかった。

男の後ろで破裂するように血が噴出し、その場で倒れ、息を引き取ったことに気が付くまで数秒時間がかかった。店員は発砲と同時に床に縮こまり、離れた所に居た若い男が悲鳴を上げた。

それで、我に返った。ビルは拳銃を捨てて、金をそっちのけにして逃げた。捕まるのが怖かったからではない。現実から逃げたかった。自分が犯した罪を認めたくなかったのだ。

心臓が破裂するんじゃないか、という位に走った。走って、走って、限界まで走って、ビルは倒れ込んだ。湿ったアスファルトの上で大の字になって、薄暗い電灯で照らされる路地裏で深呼吸を繰り返した。

この手で、人を射殺したのだ。自分の両手を宙にかかげながら、ビルは信じられない気持ちだった。

もしあの強盗に成功して、万が一捕まったとしても罪はまだ軽かった。今は、強盗で金を奪うどころか殺人犯だ。数時間前までは家でテレビを観ていた自分が嘘のようだった。

洗面所に立った時にたまたま目に付いた父親の形見。狭いアパートを見回して、一生貧乏のままだった父を思い返した。まさか、自分の軽率な思い付きや行動からその後の人生を大きく変えてしまうとは想像していなかった。

どれくらい、横たわっていたか覚えていない。気が付けば、足は警察署に向いていた。

ビルは強盗殺人の罪でその場で即効逮捕され、裁判員から懲役15年を言い渡された。ビルが22歳の冬だった。

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