8.ヴァローホイップ薬
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結果として、『ヴァローホイップ薬』は大成功した。
ガラス工房の人と器のデザインを決めて生産している間に、実際に使ってみた人たちにアンケートを行って、商品としてのマイナスポイントを消していった。
「べたべたする感触が嫌だ」とか「寝返りを打つと夜具が汚れてしまう」とか。無理難題な気がする回答が集まって、「どうにもならねーだろ」って思ったけど、結構なんとかなった。
ハチミツの殺菌力を落とさないためにも余計な成分は入れたくなかったので、ハチミツの形を変えることにしたのだ。
巣蜜そのものを練ってニキビに直接塗っていたけれど、巣蜜からハチミツを蜜蝋の形を崩さない程度に取り除いて(それはそれで普通にハチミツとして売り物に回した)、べたべたする根本原因を減らし、煮溶かした蜜蝋ごと撹拌しまくった。軽くなってクリーム状になるまで撹拌した巣蜜は、肌へのなじみがよくべたつきもかなり抑えられたのだ。
勿論、溶かすための温度によって品質が変わるのは当然だけれど、実は撹拌して冷ましていく過程の温度管理はもっと重要だったりする。これは企業秘密だ。滑らかさが全然ちがう。
それでも、どうしてもベタつく感触がするという人には、別売りで薄絹を用意した。
ヴァローホイップ薬を塗ったニキビの上に薄絹を置いて軽く押さえると、これがいい感じに貼りついてくれるのだ。夜具の汚れも最小限に抑えられるし、付属品の分だけ売り上げも上向きになるしで良いことづくめだ。
ポイップしたついでに、ミント精油を混ぜ込んだものも作ってみたんだけど、これが大当たり。ただし、もんのすごく一生懸命混ぜなくてはいけないのでその分料金は割高だ。
でも、香りが爽やかになったことで、男性にもギリ使ってもらえる物に改良できた。
ミントだけじゃなくって他の香りも試してみたかったけれど、薬師でもなんでもない元娼婦にはそこまでの知識はないのでやめておいた。
変な副作用みたいなのが出たり、殺菌力が落ちても困るからね。
『ヴァローホイップ薬』の全体的な器の形自体は、試作品で侯爵夫人が使っていた一般的な練り薬を入れる器に少しだけ丸みを強めたものにした。
更に、上面に薬神パイエーオンを表す蛇と杖のモチーフにしたエンブレムをエナメルで入れる。
ヴァローホイップ薬は、あくまでニキビを治すためのもの。治療薬なのだと分かり易くするためだ。
しかし、側面には細やかなカッティングを入れキラキラと光るようにした。華やかさと使いやすさを両立させたデザインで我ながらなかなか良い出来だと思う。
太陽光の下でも、夜のろうそくの下でも、ガラス越しにハチミツ色が透けて煌めいてとてもゴージャスだ。これ自体が宝飾品のようである。
『ミント・ヴァローホイップ薬』は、エンブレムのエナメルの色を爽やかなグリーンにした。側面にはカッティングではなく、色ガラスで螺旋を描いた。
通常バージョンは器にお金がかかり、ミントバージョンは中身にお金がかかっているので、売値は同じにした。
通常のものの方が売れるかなーと思ったのだけれど、実際にはミントの方が売れ行きがいい。
見込みより男性の利用客が多かったのもあるけど、女性の中にもミントの香りを好む方が多かったからだ。
「邸内でも評判ですよ。皆、その効果に感動してます」
「それねぇ」
そうなのだ。結局、ミントバージョンはあのクッソつまんないの陶器製の容れ物に入れたものも販売しているのだ。
試作に協力してもらった騎士団(一応あるのよ、家、侯爵家だからね)からの要請がすごくって、あくまでも「詰め替え用ではない」と念を押して売ることになったのだ。
売価は同じ金貨1枚。でも容量は5倍入り。銀貨5枚じゃないのかって? そこはほら、価値を下げたくないというか。安売りしてもいいことないのよ。大事に使わなくなるだけだし。ハチミツ自体がそれなりに貴重品なのにさ。
という訳で、こちらは領内のみの販売ということにした。だってこっちばっかり売れても生産が追い付かなくなって困るからね。
なんだけど、逆にこれを求めてヴァロー領へ買い出しツアーが組まれることになっちゃって、大騒ぎだ。
「ニキビに悩むのは乙女だけじゃないもんね」
「痛いですものね」
炎症だしね。我慢できずに潰すと大きくなったりしていくし。ホント辛いもんね。




