4.あんな人生はまっぴらごめん
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そうそう。ターシャの朝の振る舞いが原因で医者が呼ばれたはずだったので、「怖い夢を見て、朝起きたら、夢と同じところにニキビができているのがショックを受けただけ」で、押し通した。
たまーに疑われている気がする。クレアからも、そんな視線を感じることもあるけど、特に何も言われないからきっと誤魔化せたはずだ。
ニキビは無事、巣蜜で治った。まだできたばかりだったからね。2日で治ったわ。ふふん。美貌が売り物である娼館で伝わってきた治療法だもの。当たり前だ。ハチミツの殺菌作用万歳である。
おでこのニキビも治ったから、二度目の人生で絶対に勝利を勝ち取る決意を表明するためにも髪を切ることにした。
「お嬢様、本当に切ってよろしいのですね?」
「えぇ、ばっさりいっちゃってよ!」
これまでずっと、人の視線が怖かった。
何をしても、していなくても怒られる気しかしなかった。何を見ているのか知られたくないし、誰かの視線も感じたくなかったから。
長すぎる前髪は、私を守る防御壁だった。
何を言われても絶対に切らせようとしなかったその前髪を、あっさりと切ると言い出したのだ。クレアに不審がられても当然だ。
でも、私は決めたのだ。あの屑の餌食にはならないと。私は、変わってみせる。
ジャキン!
毛先とついでに全体のバランスも整えて貰い、香油を使って丁寧に髪を梳って貰ってから結ってもらう。
「如何でしょう、お嬢様」
鏡に映った新生ターシャは、すっごく美人という訳ではなかったけれど、十分可愛い顔をしていた。侯爵令嬢だもん。そりゃ顔立ちだってそれなりに整っていて当然なんだけど。
ハーフアップにしたことで、少し目が大きく見える気がする。
うん。悪くない。なかなかいいじゃない。
「すべてを手に入れるほどの美貌は持って生まれてこなかったけど、でも可愛いも美しさも、いくらでも作れるもん。もちろん健康にも気を付けてくけど」
10歳の私はすでにいろんなことを諦め始めていた。欲しい物など何も受け取れないと。私の前のお皿は、いつだって空っぽだった。
前回は、38歳まで生きた。18歳で売り飛ばされてかあ20年近く娼婦をしてた。
たった20年。されど20年。
それで返しきれなかった借金ってどんな金額って今は思う。もう騙す気満々だよね。不当労働もいいところだ。
年齢的には、今の母より若かったはずだ。けれど、見た目はすっかり老婆だった。
ああいう商売をしていると化粧を落とすとめちゃくちゃ老ける。化粧がうまくなる分、落とした時との差がすんごい。病を得てからは、さらに老けたと思う。
健康で長生きする。そうして、自立した人間になりたい。
勿論、侯爵家の令嬢なんだから家のためにも結婚はすることになるんだろう。
でもそれは誰かに寄り掛かるようなものじゃないのがいい。誰かがいないと生きていけない女じゃなくて、誰かに必要とされる存在になりたい。
「今度は、あんな人生の終わりを迎えたりしない」
スースーするおでこに、そう誓った。
「お嬢様、今の髪型のほうがお似合いです。それに、前髪で隠れなくなったからでしょうか。瞳のお色も、明るく綺麗に見えますね」
「そう? 自分じゃよくわからないわ」
ただの薄茶色の瞳だ。栗色の髪と合わせて平々凡々。母や姉たちのように青い瞳がよかった。それかせめて父のように緑の瞳。今のクレアには、私に対する欲目ってのもあると思う。
確かに、いろいろ吹っ切れて表情が明るくなったのはあるのかも。
「でもそうね、嬉しいわ。ありがとう。私、きれいになりたい。綺麗になろうと思うの。クレア、協力してくれる?」
クレアの手をつかんでお願いすると、「喜んで」と頷いてくれた。




