35.ざまぁ★
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長く恨みを募らせてきた相手は、実は仇でも何でもなかった。
むしろ、同じ被害者だった可能性だって、高い。
どうしよう。謝罪するべきかしら。
でも、愛情から駆け落ちを持ちかけた訳でもなんでもなく、あるのかどうかも分からない能力目当て。年齢も嘘で、一緒に飲もうと誘ってくれた珈琲についても、ぜんぶ嘘。
彼も同じあの町医者と娼館に騙された被害者であるとするならば、今ここで私の手で成敗されることで、私は、帰郷の途中で病に倒れた彼を、今度こそ本当に救ったといえるだろう。
死ぬ直前まで、彼を愛しぬいたターシャ・ヴァロー。愚かだったけれど、その想いは本物だった。
心を捧げた相手は、屑だったけど。頑張ったわね、前の私。あなたの頑張りが愛する男を救ったわ。
……大丈夫だよね、救った、よね?
うんうん。謝る必要まるでないな。うん。
ギャレットは、私を売ったお金を手に入れてないということが分かったからと言って、ギャレットへの愛情が戻ることもない。
彼は、茶色い瞳の貴族令嬢が欲しかっただけなのだ。
どこからか知ったエードルンド国の時を戻す力を手に入れるための算段でしかなかった。
お金目当てとどこに違いがあるというのか。いや、ない!
ふーっと大きく息をはいて、心を落ち着ける。
まずは、この馬鹿ド屑男の勘違いを訂正して、初代国王の力についてどこで知ったのか。それも聞き出さなくては駄目ね。
ラインバルト殿下が言っていた通りだった。
この時を戻る力について知られたら、この血が狙われてしまうのだ。
「うるさいうるさい! 小賢しい理屈をこねてないで、お前は俺のためにその力を使えばいいんだ!」
「無理」
使う訳がないじゃないの。というか、前の時だって、自分の意志で使ってないもの。使える訳がない。
「いいや。サント王国に戻る必要もないな。この場で、今すぐお前に力を使わせればいいだけだ」
「ちょっとは私の話も聞いて? 私には、できませんって言ってるの」
「うるさいうるさいうるさい! 早く時を戻せ!!」
「できないって言ってるでしょう。それに、もしできたとしても私は、あんたのためになんか絶対に力を使ったりしないわ」
私ができたのって死に戻りなのよ。
一度死なないといけないのよ。憎しみしかないギャレットの願いを叶えるためになんかする訳がないじゃないの。
まぁ、どっちにしろやり方なんて知らないんだけど。
「あぁもう煩い! ごちゃごちゃ言わなくていい。演技とか駆け引きは要らない。黙って従え。お前は俺の命令に従えばいいんだ。俺のことが好きなんだろ。俺の命令に従ったら、可愛がってやるっていってるんだ」
ぎゃっ。手首を掴まれた。きちゃないっ! 反射的に思いっきりその手を振りほどいた。
「ちぃっ。俺様がここまで譲歩してやっているのに!」
何が譲歩だ。ふざけんな。
爪が引っ掛かって、乙女の柔肌に血が滲んでるじゃないのよ。こんちくしょうめぇぇぇ。
「もう好きじゃないって言ってるでしょ! 私は、あんたのことなんか、全然、まったく、ちーっとも、好、き、じゃ、な、い、のっ!」
怒りに任せて、一字一句区切りながら思い切り叫ぶ。
その声に怯んだ隙をみて、靴のかかとで、つま先を狙って踏み込む。
「うぎゃっ」
そんなに高いヒールではないけれど、こんな時のために金属を仕込んであるから、結構痛いはずよ。ふふん。思い知るがいい。私の、積年の恨みを!!
こっちはね、お前のために身売りする羽目になった娼館で、簡単な護身術だって教えて貰ったのよ。
暴力的なお客様には、最後には力で対処するしかないからね。
私たちの身体は商品で、壊すことで喜ばれては困るのだ。
ギャレットが足の痛みに前かがみとなった。その鼻先へ拳を叩きこむ。
ぶしゅっと鼻血が噴き出すのを、華麗に避ける。
あ。安心なさって。私の拳は無事だわ。
こんな時のために中指に嵌めてある攻撃用の指輪(指の付け根から第二関節まで。手指の動きを邪魔をしない長さにして貰ってあるの)をくるりと回して、宝石側を握りこんでいるのよ。
殴ったのは、それなりの厚みと幅がある、銀の板だ。
「っンが」
鼻にかかった変なうめき声をあげて、ギャレットの上体が仰け反った。
つまりぃ。チャンス到来!
「エイ☆」
脚の付け根、男性の弱点が、私の華奢な足の届く位置へと差し出されたのですもの。蹴とばしてトドメを刺して差し上げなくては失礼ではなくて?
先ほど踵で踏んだ右足はそのままに、反対側の足を振り上げて前へ強く突き出すようにして蹴るべし。
「✖〇※▽■?! #$%&’!!!」
前蹴り。遠い遠い東国では、YAKUZAキックというそうです。
ざまぁ★




