33.衝撃すぎる告白
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「だからさ。俺と一緒に駆け落ちしよう」
「そんな!」
「じゃあ、俺と別れて、知らない男の嫁になるというのか。お前はそんな冷たい結婚ができるというのか」
「……わかれたく、ない」
「愛してる。お前がいれば、俺はそれだけで生きていける。お前はどうなんだ」
「私……わたしも、あなたを、愛してるわ。でも……」
「ミリー。俺を捨てるのかい? それでミリーは本当に幸せになれるのか?」
「……」
「ミリー、愛してる。俺の国へ一緒に来てくれ。絶対に、幸せにする」
…………いた。
そんな簡単じゃないわよね、ほほほ~ってな気持ちでやってきた男子寮の裏手にある今は使われていないおんぼろ物置小屋。まんまといましたよ、奴が。
しかも駆け落ち当日じゃないの。私の時より早い気がするわ。なんでかしら。
本当にいた! ついに発見したぞー!! と叫びだしたい気持ちをグッと抑えて、心の中でだけガッツポーズを決める。
しかも、しっかり他の女生徒を捕まえて、口説いている最中だった。駆け落ちに誘う言葉すら同じで、呆れるしかない。
なんだろう。呆れすぎて怒る気にもな……なるわね。うん。
まぁいい。力いっぱい、おんぼろ物置の扉を開け放ち、腰に手を当て、高らかに宣告した。
「おーっほっほ! お嬢さん、お止めなさい? その男、駆け落ち先であなたを娼館に売り払って金にするつもりですよ」
雰囲気に酔って、顔が近づいていたところだった二人が、あっけにとられて私を見ていた。
放課後の学園。すでに夕日も沈み掛けている。
令嬢たちがこの場に残っている訳がない時間帯、しかもここは、男子寮に近い林の中。
二人のように約束でもなければ、灯りも持たずにこんな場所までやってくるはずがない。
そこへ、飛び込んできていきなり叫ぶ私は、彼らからすれば完全に不審者だろう。
「きゃあっ。なに、突然」
「なんだ貴様!」
「通りすがりの事情通、とでも言っておくわ。とにかく、駆け落ちなんてお止めなさいな。絶対に後悔することになるわ」
「部外者は黙っていてください。わ、私たち、愛し合っているんです!」
「そうだ。関係ない人間は消えてくれ……いや、なんだ、麗しのヴァロー侯爵令嬢さまではありませんか。なるほどね。いつも俺のことを見ているなとは思っていましたが。ふっ。そんなに俺のことが気になりますか?」
「そんな。愛し合う私たちを引き裂こうというのね」
「違うから。そんな屑男に惚れるとか絶ーっ対、まるっきりないから!」
「嘘っ。だって、そうでもなければ、こんな時間こんな場所に侯爵令嬢が来る必要がないじゃないですか!」
「だろ? 迷惑してるんだ。やたらと後を追いかけ回したりしてたじゃないか」
それは、まぁ確かに本当のことだ。途中で見失ってばかりだったけど。でもしかし、目的を完全に見誤ってる。
「んー、どうしようかな。ミリーは俺と駆け落ちするのは嫌だと言ってるし。ヴァロー侯爵令嬢サマが、俺とどうしても付き合いたい結婚したいというなら、やぶさかではないかもな」
「なにを言ってるのよ!」
「なにを、言っているの、ギャレット」
咎める声が、思わずミリーと呼ばれていた令嬢と重なった。
思わず顔を見合わせる。あれ、このミリー嬢の瞳も、茶色と言えなくもないような? かなり黒っぽい焦げ茶色をしている。んんん?
「だって、ミリーは俺と駆け落ちするのは嫌なんだろ。そうして家が用意した男と見合いして結婚する。なら、捨てられた俺が侯爵令嬢の手を取っても仕方がないじゃないか」
なんという飛躍。前提条件から間違っているのに、ミリーもギャレットもまるでターシャの言葉を聞く気がまるでない。
「誰がこんなド屑男の手を取りたがっているというのよ。ふざけないでよ」
「駆け落ちするわ。ギャレットは私のものよ!」
「あぁ、ミリー愛しているよ。待ってるから。荷物を取っておいで?」
「話を聞きなさいよぉぉぉぉぉ!!」
そうは言っても、前回ギャレットに差し出された手を、頬を染めて喜んで取ったのは、ターシャだ。
駆け落ち先で病に倒れた彼を助けるためだと町医者に言われて、娼館に自らを売りに行ったのも。
惨めで、馬鹿で、間抜けな自分がミリー嬢と重なって、ターシャは喉が塞がる思いだった。苦しい。
ミリーはターシャを睨みつけるとギャレットの言葉にこくんと頷いて、駆け出す。
その後ろ姿に、なんとか声を掛けた。
「やめなさい、ミリー嬢。後悔することになるわよ!」
「後悔するのはあなたですよ、ヴァロー侯爵令嬢サマ」
突然、腕をつかまれて顔が引き攣る。しまった。
「せっかく捕まえた茶色い瞳の令嬢を俺が売り飛ばすなんて間違った情報を、どこで仕入れたのか。吐いてもらいますよ、ターシャ・ヴァロー。どんなことをしても、ね」
私を見つめるギャレットの顔に、前の姿が重なる。
『ターシャ、愛してる。俺の国へ一緒に来てくれ。絶対に、幸せにする』
あの時は、あんなに蕩けるように甘い熱く見つめてきた瞳が、今は憎しみに煮えたぎっている。
怖い。酷い。私の人生を、踏みにじった癖に。またしても他の令嬢を餌食にしようとするなんて。最低最悪だ。
「うるさい。うるさいうるさい! 自分の国へ連れて帰るなんて嘘ばっかり。私を売ったじゃないの。町医者と娼館とでグルになって!」
「ヴァロー侯爵令嬢を、売った? この俺が、娼館に? 町医者とグルになって、だと言ったのか?」
ギャレットは、発音を間違えないようになのか、ゆっくりと、文節ごとに区切って私の目を見て確認していく。
そのとぼけた様子に、腹が立って仕方がなかった。
「そうよ!」
あぁ駄目だ。前の記憶の残らない相手にこんなことを突きつけたとしても、何の意味もない。
「死病に罹ったふりをして、私を娼館に売ったお金で薬を、なんて……。馬鹿な令嬢を騙すのなんて、簡単だったわよね? この詐欺師!!」
分かっているのに、恨み言が口をついて出る。頬が熱い。いつの間にか涙が溢れて止まらない。
「はっ、……はっはっは! なんてことだ! 本当にこの国の茶色い瞳を持つ貴族には、時を戻れる力があるのか! すごい、すごいぞ。ターシャ・ヴァロー! ミリーではなく、やはりお前を国へ連れて帰ることにしよう。前回の俺は失敗したようだが、そう何度も失敗したりしない。俺が、次のサント王国の国王サマだ!」




