30.金の瞳
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ラインバルト殿下に連れられてやってきたのは、王宮の奥。王族の私的なエリアの中でも奥まった場所にある部屋だった。
ついてきた侍女すら部屋の前で頭を下げて入ってこなかった。
お茶は、なんとラインバルト殿下が淹れて下さった。怖くて飲めないよぅ。
「あのここは?」
とりあえず情報を、と会話の糸口を探ったけれど、「もう少し待ってて?」とやんわりと躱されてしまった。
まんじりともせずラインバルト殿下と二人で向かい合って座っていると、ゴゴゴゴゴ……という音がして、何にもなかったはずの壁が開いた。
「ひっ」
喉奥に悲鳴を飲み込んだ。だって、そこから出てきたのはラインバルト殿下のお父様である我が国の国王陛下だった。
「突然、呼び出すな」
「仕方がないではないですか。堂々とできる会話ではないのですから」
二人が交わす会話に混ざれずに、緊張だけが高まっていく。挨拶は、どのタイミングでするべきなのかしら。そう思ったところで、国王陛下と目があった。あ。今ね?
ぼーっと席に座って二人を見ていた自分を今更恥じたけれど、気が付かなかったことにしてゆっくりと立ち上がる。
「エードルンドを照らす金の太陽、国王陛下にご挨拶申し上げます。ヴァロー侯爵家が三女ターシャにございます」
最上級淑女の礼をとった私に、陛下は「ここでは私と君は対等だ。楽にしてくれ」と手で席を勧めてくれた。
突然の陛下から対等と言われて混乱した私は、ラインバルト殿下が頷いてくれたのを見て、混乱したままではあったが席についた。
席に着くなり、問いかけられた。
「ターシャ嬢、建国記は知っているな?」
他に誰もいないのだから当然なんだけど、陛下との会話が直接なのよ。心臓がどうにかなりそうだ。侍従どころか近衛すらこの部屋にはいないのだ。さすがに生きた心地がしないのですが。
それでもできるだけ平静を装って答えた。
「さすがに、知らない国民はいないと思います」
神より使命を授かりし初代国王が、その力を駆使して噴火が起こる直前に住民を避難させて救ったり、巨大な野生動物の大群に襲われた人々を救ってくれるという、まるで魔法使いのような三面六臂の活躍をされる冒険活劇のような建国記。
国の成り立ちに箔をつけるために作られた、おとぎ話のようなものだと思っていた。なのに。
「初代国王は、時を戻す力を持っていた。その力を使って何度もやり直し、国を正しく導いてきた。我々王族は、その力を今に引き継いでいる」
国王陛下の言葉に息をのむ。心臓が早鐘のようにうるさい。
「初代国王さまの御力……お、王族ならだれでも、時を戻せるんですか?」
「いいや。金の瞳を持って生まれた者のみが使える。記憶が残るのも、力を使った者だけだ。だが、血を繋ぐという意味では金の瞳を持たない王族から金の瞳を持つ者が生まれた記録は残っている」
その力が、私が死に戻った理由なのだろうか。でも私は王族でもないし、金の瞳も持っていないのに。
もしかして、誰か王族がその力を使ったのと同時に私が死んだのだろうか。それでたまたま私の記憶が残ったとか、ないかな。
「侯爵家以上の家にはたびたび王族が降嫁してきた。つまり、薄くともターシャ嬢も初代国王の血を継いでいるということだ」
「そう言われましても」
ラインバルト殿下から手渡された手鏡を覗き込む。むむむ。殿下みたいな琥珀色なら、金の瞳だというのも納得できるけどさぁ。
瞼を引っ張り上げたり、まなじりを引っ張ったり下げたりしてみたけど、私の感想は変わらなかった。
どっからどう見ても、薄茶色の瞳にしか見えないもん。
そもそも自分の顔なんてマジマジと見たことなかったからよく分からない。
それでも確かに、遠い記憶にある瞳より輝きがある、のは確かかも。
でもこれが金色かと言われると納得がいかない。贔屓目で見たって、明るい茶色ってだけだと思う。ただ単に前髪で隠さなくなった分、明るく見えるだけなんじゃないの、これ。
「長い歴史の中で、初代の血はこの国の高位貴族へ広まっていった。それでも、金の瞳を持つ者が王族以外に現れることは稀だ。しかも実際に力を発動させた者など記録にない」
それでも、侯爵家以上の当主たちには極秘に通達されていることだったらしい。
一つ、金色の瞳を持つ子供が生まれた時には、必ず王家に届けること。
二つ、それと、もし前日までとは明らかに違う言行動を取る者がいた場合も、王家に届けることとする。
「ターシャ嬢については、二つ目の項目に当て嵌るとして10歳の時点で報告を受けていた」
「10歳。そんなの、死に戻ってすぐじゃないの」
呆然とした。
そんなに最初から、お父様は私を王家に報告していたのか。なんということだ。
「え。もしかして、お父様も全部ご存じだったという事でしょうか?」
死に戻ってきたことも、前の私が家の危機を捨てて駆け落ちした挙句、娼婦に身をやつしたことも?
もしかして、おかあさまも、お姉さまたちも、……クレアも? 皆、知っていた──?
膝から力が抜けてガクンとよろける。それを後ろから大きな手が支えてくれた。
「ラインバルト殿下」
「大丈夫。詳しいことはヴァロー侯爵家の人々は何も知らないよ。王家の力について他国へ知られる訳にはいかないからね。我が王族の血が狙われることになりかねない」
「そう、ですか」
どこまで信じていいのか分からない。けれど、琥珀色の瞳に嘘はないように見える。どちらにしろ、今はラインバルト殿下の言葉を信じるしかないだろう。
「安心してほしい。これまでも、これからも。ヴァロー侯爵家以外に対してであろうとも、君が死に戻ってきたことは、完全に秘匿される。これはここにいる陛下と私、そして君だけが知る情報となる」
常にない真面目な口調でそう約束をしてくれた。だから私は静かに頷いて、話の続きを促す。
「すみません。取り乱しました。話を戻していただいて大丈夫です」
ラインバルト殿下は私の言葉に表情を和らげ話を続けた。
「それでね、君にも確認してもらった通り、君の瞳は金の瞳だと断言することは難しい。力を正しく発動させた者は皆、その瞳が実際の金の色に近くなっていく。輝く金の瞳になるのだ」
「金の瞳に、なっていく」
最初から金色をしている訳ではない、ということ?




