20.誓いを新たに
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一気にいろいろ建てちゃうと、資材高騰しちゃうしね。人件費も。
今だってやりすぎだと思う。公共事業的なものが済んでからにしてはという提案が受け入れて貰えて本当に良かったよー。
ヴァロー侯爵領に、職人さんだけじゃなくっていっぱい人が増えているのだ。
仕事ができたせいだろうか。ヴァロー侯爵領がにぎやかだ。
街を歩いているとすれ違う人が増えた気がする。
建築の職人さん、資材を売りにくる商人、搬入のための運搬車とか、急遽組織された警備隊とか。いろんな職種の人と行き交う。
建築の職人さんは最初の教会を建て終わると、その横に孤児院を建てて、パスタ工場建てて、倉庫建てて、そうして今は、平地にある教会とか街の中の舗装を修繕して回っている。今、この領地の中で一番忙しそうな人たちだ。
「私みたいな子供に、教会の修繕だって難しいかもって思ってたのに。いろんな人が手を貸してくれたから、あっという間に大掛かりになっちゃったもんねぇ」
「お嬢様の情熱が、皆を動かしたのですわ」
「あはは。よく子供の言葉を信じてくれたよね」
ヴァローホイップ薬も、ヴァローショコラ酒もそうだ。
あっという間に私の手を離れて、領地だけじゃなく広がっている。
ほぼ農地しかなかったヴァロー侯爵領に、これほど工場ができるなんてことになるなんて、誰が思っただろう。
あ、ヴァローショコラ酒の工場はね、侯爵邸の敷地内に、同じ工法で建てたの。
領地を見下ろす立地、つまり教会のあるところまではいかないけど高台だし。秘密保持のためにも警備がしやすい場所に建てた方が良いという主張が受け入れて貰えてよかった。大義名分大事よね。同じ敷地内にとなれば、頑丈に造ってもらうための口実にもピッタリ嵌って万々歳よ。
街全体がピカピカしている。活気があるっていうの?
前の長閑な感じも好きだったけど今の明るくなった街も好きだな。
なにより、すれ違う人たちが皆、ターシャに手を振ってくれるのだ。
「反射的に私も手を振り返してるけど、顔は知ってても名前を知らないのよね、私」
「領主、それも侯爵家のご令嬢が領民の顔と名前が一致するなんてありえないことですけどね」
「そうかもね」
でも、相手は名前まで呼んでくれているのに。不義理をしている気がして、お尻のあたりがムズムズしちゃうのよねぇ。
「そろそろいい加減に、領地を知る勉強をしなくっちゃ。この国のこともね。私はまだまだ知らないことが多すぎる」
前の時は、伸ばし続けた前髪の影に隠れてた。
大好きな侍女と死に別れ、家族からも疎まれた可哀そうな自分という隠れ蓑を自分に用意して。
けれど、そんなものは本当はどこにもなかった。
私は可哀そうなんかじゃなかった。両親も姉たちも元気だったし。
食べるものだってかなり質素になっていたけれど、ちゃんとスープもパンもメインもあった。スープは具なし、メインがソーセージ一本の時だってあったけど。でも、家族の誰かと一緒に食卓の席について食べることができた。
自分で働いて……身体を張って稼いだお金で食べたごはんより、それはずっと貴い時間だったと、今は思う。
父や母は一緒に食べてくれなかったと恨んでいたけど、いつも忙しそうだったし、何度か急ぎ足でクローシュを執務室へ運んでいく使用人とすれ違ったことがあった。
無視して去っていく使用人たちに、冷たさを感じてたけど。
あれは父や母の元へ、仕事をしながら簡単に食べられる物を急ぎ運びこんでいたのだと今更気が付く。
「ホント。私って、甘やかされてたんだわ」
放置されていたのではない。両親はそれぞれ、ただ忙しかっただけなのだろう。私が、領地が大変な時に手伝いもしないで拗ねていた子供だったというだけ。
「教会に慰問にいくとか。私にもできることはあったはずなのにね」
「まだ足りないっていうんですか? 十分されているではありませんか。お嬢様の年齢で、これほど貢献されているご令嬢なんて聞いたこともありませんよ」
クレアが呆れている。けれど、その言葉にどこか自慢げな様子が見て取れて、肩を竦めた。
そう思うのは、クレアが前の私の駄目っぷりを知らないからだ。本当に情けない。駄目すぎてすべてを投げ出し逃げた挙句、娼婦として死んだターシャ・ヴァローを。
「まだ足りないって、思うのよ」
全部を説明する訳にはいかないから。暈かしたまま、表明する。
もう二度とあんなに自分に甘くてズルい私に、戻らないように。
「ふふ。少し前までのお嬢様は引っ込み思案すぎて、私がいなくなったらどうなってしまうのだろうと思ったものですが。すっかりご立派になられましたねぇ。けれど、そんなに急いで大人にならなくてもよいのですよ? 私が、寂しいじゃないですか」
私の心の焦りを感じ取っているのだろう。クレアが冗談めかして微笑んだ。優しい。
優しいクレア。大好きクレア。
そんな風に、甘やかさないで欲しい。
クレアのスカートに隠れていた私があなたを失ってから、どんな風に堕ちていったのか。どれほど馬鹿な最後を迎えることになったのか。クレアにだけは知られたくない。
クレアと一緒に幸せに暮らしていきたくて、領地の再生を目指した。
でも今はそれだけじゃなくて。今の私は、この領地の全てを守りたい。
ヴァローホイップ薬以上に売れるものを考え出したい。
両親の力になって、一緒に領地を守りたい。
「まだできることがある筈なのよ。わたしに何ができるのか。もう一度、ちゃんと考えようと思う」
ハリケーンが、この愛する人の住むヴァロー侯爵領を呑み込む前に。




