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14.商人見習いの少年



 そこに立っていたのは、自分と同じ年くらいの、眼鏡をかけた少年だった。

 髪も、よく分からない布でぐるぐる巻きにしている。


「侍女さんから、この文字で書かれた本をあなたが探していると相談を受けて持ってきました」


 本を指さし、少年は笑顔になった。


 あ、笑窪できるんだ。かわい……じゃないわよ、わたし! しっかりしなさいよ。げふんげふんと咳ばらいをして気を取り直す。


 なるほど。クレアが相談した商人の息子が、お遣いで届けてくれたのか。

 きっと、内緒でとお願いしたから、こっそりと図書室へ案内してきたんだわ。サロンで対応したら、お母様とか入ってきちゃいそうだものね。


 子供に戻ってしまったターシャの手には余る、大きな本だ。

 少し使い込まれた感はあるけれど、装丁も美しい。


「ありがとう。この文字の本が欲しかったの。支払いは、小切手でいいかしら。それと、できれば他の、専門分野の本も欲しいの」


 今ならお金はいっぱいあるしね。無駄遣いをするつもりはないんだけど、本って貴重品だし高価なのは仕方がない。でも、手に入らないのは拙いのよ。いろいろと色々ね。


「その文字、読めるですね」


 何故か、支払いについても次の依頼についても答えずに、問いかけられて面を食らう。商人の息子ごときが、侯爵令嬢に対して失礼ね。


「え、あぁ。まぁそうね」


 とはいえ、ここで否定しては専門分野の本が欲しいと伝えた言葉が怪しくなる。

 貴族令嬢なんだから読めるようになりたいのよ、で押し通すしかない。


「メーダ国の勉強がしたいの。あちらには、この国にない知識がいっぱいあるから」


「へぇ。この国にはない知識。それがメーダ国にはあると確信しているんですね」


「……随分と詮索するのね」


 ちょっと。ボロが出るじゃないの。こっちはあなたが今日来るなんて知らなかったんですから。設定の練りこみが足りないのよ。


 迷惑そうな顔をしているのだから、引き下がりなさいよぉぉぉ。


 頭を掻きむしりたい気持ちをグッと抑えて睨んだ。くっ。なにその笑顔。妙に顔のデッサンが整っててムカついた。眼鏡外したら美少年とかありそうで鬱だわー。

 こちとら平凡顔の侯爵令嬢ですよ、悪かったわねぇと心の中で八つ当たりする。


 口と顔に出さないだけ感謝してほしい。侯爵令嬢と平民がこうして直接口を利けるだけでも特別なことだからね?


「その本は子供の絵本ではありませんし、貴重なものですから。お渡しするにも相手を選ばせていただかないといけないのです。なにしろ翻訳を仕事としている本職の方達が使うものですから」


 冷静に言い返されてしまった。


 でもそうね。絶対数が少ない希少品を、価値の分からない子供相手にオモチャ扱いされては困る、というのは分かる気がする。


 侯爵令嬢相手だからそれなりに高く売れるとしても、それだけで売るのは、商人としてのプライドが許さない的な。


「大丈夫よ。なんなら朗読でもしてみせましょうか?」


 辞書の朗読ってどうなのとは思うけど。序章なら問題ないでしょ。


 図書室の本に傷をつけないために使っていた布製の手袋を嵌めて、表紙を開く。


 さっきは、突然目の前に差し出されたメーダ国の本に興奮して忘れてたけど。まだ支払いしてないって分かったし、そもそも私に売ってくれると確定したわけじゃないらしいので、念のためだ。


「是非」



 私の手をじっと見つめていた少年が、ゆっくり頷いた。


「あなたがこの本を読んでくださるというのなら、是非聴きたい」


 この野郎。信じてないな?


 目にモノを見せてくれると決めた私は、目を据わらせて文字を目で追った。



『赤の年983年。私は、メーダ国とエードルンド国の相互理解を深めるための礎となるべくこの本を書きおこすこととする。二つの国は近くて遠い。隣り合わせているが、高く険しい山と深い谷と昏い森がお互いを隔てている。それでも、二つの国が共に手を取り合う日がくることを、私は祈る』


 へー。モノ好きなおっさんもいたものだわ。


 あの国には、エードルンド国をお高くとまった気に入らない国だと馬鹿にする人ばかりだったけどな。


 エードルンド国の元貴族令嬢だっていう売り文句で店にでていた私は、さんざん言葉で嬲られたものだった。

 最初の頃こそ言葉もわかんなかったけど、少しずつ理解できるようになってからは、笑顔で罵倒され続けていると知って背筋が凍ったものだった。


 笑顔で慰めるような仕草して貶してるんだよ? そんなことしながら欲情をぶつけるって。すっごい器用だよね。


 言葉が分かるようになって接客拒否したら、めっちゃ文句言って騒いでたっけ。ウケる。


「この著者というか編纂者であるユーノス・ヘイル様という御方は、メーダ国とエードルンド国の友好を願っていたようですね。位置的には隣り合わせていても、険しい山や深い谷と深い森に阻まれて直接交流することがないけれど、それでも二つの国が共に手を取り合う日がくることを祈るだなんて。理想家なのですね」


 ぶっちゃけ『現実見ろよ』と言ってやりたい気持ちはあるが、もうとっくに死んでる方なので、ぐっと呑み込んで笑顔で伝える。


「へぇ。本当に読めるんですね」



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