13.メーダ国への郷愁(ただし食への欲求)
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「教会を建て替えても有り余っちゃうほど大きなお金を借りられてしまったわ」
地元の建設会社に相談して見積りを色々出して貰った結果、3つくらい新しい教会を建てられちゃう金額が私の口座に入っていることが分かった。
まぁね、無理に使い切る必要はない。返済する時まで金が残ってたっていいんだし。
銀行の口座に入れて貰っちゃったから、なんとびっくり返済開始時まで無金利で借りたお金なのに、利子が付いちゃう。つまり増えちゃうのよえ! 凄くない? ぐふふ。
「でも、せっかくだし建て替えが始まったら私にできることなんてないんだし。その間にもう一つ何か進めたいなー」
この地が襲われるまであと4年。それしかない。
ぎりぎり教会の建て替えは間に合うと思う。修繕より楽だって聞いたことあるし、土地は余っているので隣に新しく建てちゃえばいいんだもん。古い建物だってないよりマシだろうし。収容人数いきなり倍だよ。すごい。
情けないことに、自分の領地を襲ったそれの恐ろしさの本当のところを、私は知らない。
広大なヴァロー侯爵領の価値を一晩で台無しにしてしまった、恐ろしい大型ハリケーン。
元々引きこもりだった私は、堅牢なヴァロー侯爵家の屋敷の二階にある自分の部屋から一切出ようと思っていなかったし、誰も私に構うこともなかった。それどころじゃなかったんだと思う。
布団を被り、縮こまって夜を過ごした。それだけ。
そうしてクレアを失った私がそうやって昼夜を問わず自室に閉じこもっていることはよくあることで。なんの感慨もないまま過ごした。
風と雨がすごいと思ったものの堅牢な侯爵邸は鎧戸も頑丈で、外の悲劇を伝えてくることはなかった。
すべてが終わって、誰も呼びに来ないお昼過ぎ。お腹がすいて部屋から出た。
そうして外の有様を知って、ぞっとした。
それからというもの日に日に食べるものが質素になって、家族の表情がどんどん暗くなっていき、父と母が言い争うことが増えていった。
「まぁね、ここヴァロー侯爵領って結構な一大農耕地帯だもんねぇ」
そりゃ、ハリケーンが来ればいろいろ駄目になるってもんだよ。
それまで大きな災害に襲われたことなどなかったヴァロー侯爵領は、たった一回、百年に一度と言われる大きなハリケーンに襲われてひとたまりもなかった。
侯爵邸はともかくとして、領民の家も作業小屋も倉庫も家畜小屋も。川の堤防は崩れ、流れ出した土砂や倒木が道を塞ぎ、倉庫の中では出荷できなかった作物に黴が繁殖し、臭気が漂う。結果、病気がはびこって働き手の数も減った。
とにかくいろんなものが駄目になってしまったのだ。
なによりも、出荷待ち状態だった小麦が全滅してしまったことが大きな打撃になった。
「せめて年間契約を結んでいなければ良かったんだろうけど。でも随時契約とか効率悪いもんねぇ」
ヴァロー侯爵領から出荷されるはずだった小麦がほぼ全損し、国内の小麦価格が一気に上昇。けれど年間契約済だったので、近隣から高額で買い取ってでも納品する義務が生じてしまったのだ。当然だけれど、契約した価格で。
「まとめ買いしてくれる客を優遇するのは当然なんだろうけどさ、やりすぎちゃったんだろうなぁ」
あれって、小麦のままで保管していたから全損しちゃったのかなぁ。
でも多分だけれど、粉にはしてなかったんだろうと思う。挽いてしまうと、日持ちしなくなるから移動先で粉にはするはずだ。
他の保存性の高いものに作り替えた状態でなら大丈夫だったのか。
「洪水が出ても、水に浸らない場所に保管できていたら大丈夫だったのかなぁ」
高台の教会は、洪水で逃げ惑う領民の避難場所にできたらいいなと思って建て替えるつもりだった。家が壊れて野宿すると体力落ちるし。住むところないのって心が挫ける。
「なら隣に新しい教会を作って、元の教会を壊さないでおけば収容人数が倍になるよね」
孤児院も新しくしちゃって、前のも壊さないでいれば全領民は無理でもかなりイケるんじゃないだろうか。うん、そうしよう。
まぁどっちに収容されるかで喧嘩が起きそうだけど、野宿よりマシだと思って貰えると助かる。
「うーん。とりあえず全収穫物は難しくてもさ、避難した領民の食糧だけでも確保したいよねぇ」
でもあの高台に移動させる口実ってどんなのあるかしら。どうしよ。
「うーん? ……あっ、だから孤児院!」
仕事を斡旋するっていって、工場でなにか食べられる物を生産さとくのはどうよ?
小麦使ってさ。
余ってるお金で、私が事業を興すため
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それに使うと言って、小麦を買っておく。→食品作る工場?
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孤児たちに仕事を斡旋するといって、高台に工場と倉庫を作る。
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売りに出す小麦の総量も減って、災害時に備えた保存食もできる。
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ヴァロー侯爵家の借金が減る!
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みんな幸せ! ハッピー♡
「これでしょ!」
書きだしたノートを見て悦に浸る。ふふん。
「でも何を作ろう? 小麦を使った保存食って何があったかしら。堅パンは美味しくないし嫌いだからパス。なんかあったっけ。あぁそうだわ、乾麺があったわね」
今この国でパスタといえば、イモやカボチャを練りこんだニョッキだ。練って成形したものを茹でて、溶かしたチーズに絡めて一緒に食べるのだ。練りたて作りたて茹でたてで、もっちもちで美味しい。
けれど娼館で食べた乾麺パスタは、塩で練って乾燥させたものだった。茹で戻して食べるから日持ちも良くて、保管さえよければ年単位で保存できるという話だった。
「ローストしたお肉を裂いたものとかチーズと卵のソースとか野菜とオリーブオイルのソースとか。いろんなソースを絡めて食べるの。最高だったわぁ」
ほわん、と頭に前に食べたあの味が広がった。うう。食べたい。
あの頃はお上品にちいさくしか口に淹れなかったけど、口いっぱいに頬張ってもきゅもきゅっと噛みしめたい。
手間も日数も掛かるから高級品だったから、娼婦だったターシャが口にできたのは、客が一緒に食べようと振る舞ってくれたほんの数回だけだった。
「あー、思い出したら食べたくなってきた。でも乾麺パスタって、この国では作ってないのよね」
食べさせてくれた商人からウンチクを聞かされた気がする。山形に盛った小麦粉の真ん中にくぼみを作って、熱湯を入れて混ぜて捏ねて捏ねて捏ねて……平べったくして切り分けて……その後は干すだけ? 工程自体は割と簡単っぽかった。だけど、他の地域では気候が違うから作れないんだって自慢してた。
「小麦の種類が違うんだって。でゅ……でゅらむ小麦だったかしら。『俺のと同じで特別に硬いんだ』とか笑って言ってた気がする。うえぇ」
「どうにかして足りない腰を補えないかしら。デュラム小麦をこっちで栽培できないかな。うーん、とりあえずあっちの国の伝統的な食べ物だったんだし、侯爵家として取り寄せだってできなくはないはず。あ、ついでに正しい作り方の載ってる本とか手にはいらないかしら」
適当なあっちの国の薬学に関する本と一緒に取り寄せて貰えたりしないかな。そうすれば娼館の知識に近い内容だって見つるかもしれない。
「今のところ、この国の文字よりあっちの読み書きの方が楽なのよねぇ」
前のターシャに関する記憶を書き綴ったノートを開く。
なんというか、勢いで書いたからだろうか。死に戻ってから書いたのに、散々教え込まれた、あちらの国の文字で書いてた。ただ、手が小さいからか下手くそすぎる。
一応、生まれ故郷のこの国の文字だって書けるし読めるけど、咄嗟に出ちゃうかもしれないから、気をつけなくちゃ。
「でも内容が内容だし、誰に見られてもそうそう読めないこの文字の方が安全だからいいか」
さすがに国を跨いで移動したからさ。ヴァロー侯爵家にこの文字が読める人はいない、はずだ。多分いない。いないんじゃないかな。図書室にも関連資料なんもなかったし。
でも本を取り寄せたらさすがにこのノートの文字が同じだってバレちゃうかもしれないわね。
これからはこのノートの取り扱い方にはより注意を払わなければ。
「うん。順番が逆だという指摘が出てくる前に、クレアにもう一度お願いして、早くあっちの本を探して貰おう」
「あっちの国の本というのは、この本でよろしいですか?」
すっと差し出された本は間違いなくあの国、メーダ国の文字で書かれた辞書だった。後ろの方に文法とか手紙の書き方の作法なんかも載ってる。すごっ。こんな本あるんだ!?
「あー! うんうん、この文字よ。内容的にはちょっと惜しいけど、でも嬉しいありがとう、クレ、ア」
お礼を告げる前に本の内容を確認してしまった。これは感じ悪すぎだったと慌てて笑顔を取り繕って礼をいう。焦りすぎて、余計な言葉まで言っちゃった。タイミング良すぎて驚いたからって。駄目すぎじゃないの、私。
……。
にこっと笑った顔が凍り付く。
「あなた、誰?」




