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11.銀行へ行きましょう

※領民視点でお送りしております





「これは……?」

「神父様。おはようございます」


 にこやかに挨拶するターシャの後ろで、彼女が早朝から連れてきた職人たちが手慣れた様子で教会の外や内部の検査や測量を開始していた。


「お、お嬢様。これはいったい」

「朝早くから、煩くしてごめんなさいね。ほら、善は急げと申しますでしょう? 今なら職人さんたちの手も空いているというので、お願いしてしまいました」


 さらりと凄いことを言われて、神父は背筋に震えがきた。


「え、昨日の今日で、ですか!」

「はい。銀行のご厚意で融資が下りたので。先方の気が変わらない内に、と思って」


 てへ、と舌を出す。


「銀行の、融資を?」


 神父がどれほど頭を下げても、銅貨一枚貸し付けてくれなかった銀行が、と頭を抱えた。


 軽やかに笑う表情もなにもかも。目の間にいるのは間違いなく10歳の令嬢そのものだ。

 それなのに。


「さぁ、神父様。落ち着いて話をするためにも孤児院の方へ参りましょう。これからしばらく忙しくなるのですもの」


 勝手知ったる我が家とでもいうように、ターシャが先を歩いていく。

 幼い声だ。なのに。老獪といわれてすらいる神父にすら、朝日を浴びて輝くその金の瞳に、逆らうことはできなかった。


「金の瞳……まさか」


 敬虔な神父は頭をよぎったその考えに衝撃を受け、一層強く神へ感謝の祈りを捧げた。



 *****


 前日の午後に遡る。


 銀行の営業時間もそろそろ終わりという時刻に、一人の幼い少女が来店してきた。

 付き添いは、侍女ひとり。勿論、店舗前に馬車が停まった気配には気がついていた。

 馬車の中に使用人を待たせているのだろうし、厳密には侍女だけを連れてここにきている訳ではないらしい。そもそも少女が一人で銀行へやってくることも異常なら、そのために馬車を出すことも異常事態である。


 見たこのない顔だった。


 このヴァロー侯爵領の領主家には三人の娘たちがいる。上から、17、15、10歳だ。年齢的には末の娘が当てはまる。

 噂によるとその末娘は極度の引っ込み思案で、懐いているたった一人の侍女以外とは口を聞こうともしないということだった。


 だが、それは間違いだったようだ。

 つい先ごろ、このヴァロー侯爵領で新しい産業が生まれた。

 王都で人気のニキビ治療薬をヴァロー侯爵家が売り出したのだ。

 今や飛ぶように売れているこの薬の効き目は確かで、ヴァロー侯爵領にある銀行の頭取として、近隣のみならず遠い親戚からまで「なんとか融通してほしい」と言われるほどの人気商品となっている。


 その薬を考え出したのも、そうしてその薬を高価なガラスの器に入れようと考えたのも、その末娘ターシャ嬢だというのだから驚きである。


 ヴァロー侯爵ご本人が、末娘への報酬を支払う口座を作りたいと銀行へやってきた時に滔々と娘自慢をしていったのだから間違いない。


「ターシャ・ヴァロー様、ようこそおいでくださいました」


「あら。ありがとう。家の者から連絡が?」

「いいえ。ですが、かねがねヴァロー侯爵様よりお嬢様についてはお噂をお聞きしておりましたので」

「あぁ」


 意味ありげにふわりを笑う。

 言葉を切るタイミングといい、表情といい、10歳の令嬢のものとは思えなかった。


 笑顔の下にあるのは媚ではない。相手の力量を計る視線だ。

 思わず背筋がぞくりとする。


「さぁ、こちらへどうぞ。応接室へご案内いたします」


 一番奥の上等な部屋へと案内した。

 秘書がお茶だけでなく、特別に甘い茶菓子も出してくる。お子様が来る場所ではないので常備している訳ではない。多分秘書の私物だ。愛らしい令嬢に対する厚意だ。咎めるほどのことではない。


 頷いて勧め、お互いに一口飲んだところで会話が始まった。

 どんな交渉が始まるのか、楽しみだった。


「なるほど。口座の残高をお知りになりたいということですね」

「えぇ。実は今朝、ちょっと衝動買いをしてしまったのです」

「それで心配になられた、と」

「はい」


 悪びれることなく頷いた令嬢に、肩透かしを食らった気分だった。

 これが親の欲目というものか、とヴァロー伯爵の笑顔を思い出し、さりげなく額を指で揉む。


「初めて小切手を切ってしまいましたの。後ほど回ってくると思うので、よろしくお願いします」

「ちなみに、何を買われたのでしょう」

「毛布です」

「は?」

「格安だったので」

「一体何故、そのようなものを」


「高台にある教会へ寄付して参りました」


 10歳の令嬢が? 教会への寄付にどうして毛布を選んだのだろう。

 思わずじっと令嬢を見つめて気が付く。嫌な汗が滲んで動悸がしてきた。


「そうそう! それでですね。あの教会の設備といいますか、建物自体がだいぶくたびれてしまっているようでしたので」


 まだ空には陽が輝いている。だがら、この応接室では照明をつけている訳ではない。もちろん、降り注ぐほど陽の光が差し込んでくるわけではない。


 なのに、頭取を見つめる令嬢の瞳が、輝いていた。


「金色の、」思わずつぶやいた声は、令嬢に届かなかったのか、平然と話し続ける。


「いっそ建て替えをしてしまいたいのです。本日は、その際の融資について相談に参りました」


 思わずごくりと喉が鳴った。暑くもないのに汗が滲む手を、握りしめる。


「こちら返済計画です。ヴァロー侯爵家の新事業は順調です。父から毎月の報酬も約束してもらっています。それに、これからまた幾つか事業を展開する予定です。そうしたら返済計画は前倒しにできると思いますわ」


 よどみなく説明を終えると、後ろに立っていた侍女へ令嬢が合図を出す。すかさず侍女から差し出された書類を確認していく。


 そこには建て替えのための費用自体は記入されていなかった。

 令嬢の収入から算出される返済可能金額のみ。


「この返済ですと、お幾らほどご融資いただけるかしら。勿論、この領地の教会を建て替えるのですもの。ヴァロー侯爵が保証人として付いてくださると約束いたしますわ。今日は相談に来ただけなので、侯爵からの書状はございませんけど」


 融資の相談に来て、返済可能金額の提示を先にされたのは初めてだ。

 目の前に座っているのは、本当に10歳の令嬢なのだろうか。思わずこちらを見つめる金の瞳に魅入られたように見つめ返した。


 声が喉に貼りつきそうになるが、平然を取り繕ろい、高位貴族相手の正解を答える。


「も、もちろんヴァロー侯爵さまが保証人としてついてくださるならおいくらでも。必要額を用意させて頂きます」


 下げた頭を、令嬢が前に出した手で抑えた。

 本当に、幼い、小さな手だった。苦労一つしたことの無さそうな手の持ち主なのに。

 その会話の内容は、まるで想定外だ。


「それでは駄目よ。だって借りるのは私で、返すのも私ですもの。今の私の返済能力に合わせた融資額を教えて欲しいの」




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