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第41話 推しヒロインとキス





「……え? 今、なんて?」


「文くんとキスがしたいって言ったんだよ」


「き、キス……!? あの、そういう冗談はよくないって!」


「ダメなの……?」


「だ、だめに決まってるだろ? ほ、ほら! そんなことしたらひよりがお嫁に行けなくなっちゃうし!!」



 何を言ってるんだ。俺。



「なら、文くんが貰ってくれたらいいじゃん……」



 ひよりはふらふらになりながらもベッドから立ち上がった。


 そして、おぼつかない足取りで俺の手を掴み、何も言わず力強く引っ張る。



「ちょ、ひよりー」



 両肩を掴まれ、体重をかけられベッドへと押し倒された。


 その瞬間、脳裏に浮かんだのは、あの時のことだった。


 美鈴の別荘でやったひよりの誕生日パーティの夜、今と同じように彼女に押し倒された時のことだ。



「あの時のこと、思い出してる?」



 俺の本心を見透かし、ひよりは微笑む。


 ひよりのベッドについた両手に体重がかけられ、微かに軋んだ。


 彼女の手は俺の手をしっかりと掴む。その瞳は朧げで、息も荒い。



「わたし、後悔してるんだ……あの夜、ちゃんとこうしておけばよかったって」


「!?」



 耳元で囁くひよりは、頬を赤らめながらも自らの唇を俺の唇へと重ねる。


 勢いが強かったのか、歯と歯がぶつかる形となった。



「んっ、ごめんね……失敗しちゃった。その、初めてだから……」



 そう恥ずかしそうに話すひより。


 確かに歯と歯がぶつかり不格好だったけど、唇と唇歯重なった。これは紛れもないキスだ。



「キ……なんで」


「文くんは、みーちゃんとはまだキスしてないの?」 


「そ、そりゃそうだよっ……!! だってー」


「だって本当は文くんとみーちゃんは付き合ってないんだもんね?」



 !?



「あ、やっぱり。そうだったんだ」



 驚いている俺を見て、ひよりの顔に笑みが広がっていく。



「なんで……知って……?」


「わたしね、考えたの。みーちゃんから文くんと付き合ったって報告を受けたあと、公園のブランコで、雨にうたれながら……ずっと」


「な、なに……を?」


「どうして、文くんはみーちゃんと付き合ったんだろうって」



 ぼんやりとした眼差しで俺を見つめるひより。熱があるせいか息も荒い。しかし、その視線は俺のことを凝視して離さない。



「お昼休みの告白は断ったのに、どうしてなんちゃってデートの告白を受けたのかな? それはデートの間にみーちゃんのことが好きになったから? 違うよね。少なくともわたしの知ってる文くんらしくない。だったら、なんで? 考えられるのはみーちゃんに恋人が出来ないと困る状況になって、文くんに助けを求めた……つまり、恋人役をお願いしたんじゃないのかなって。そして文くんはそれを承諾した。いや、押し切られた……そう考えるとなんだかしっくりくるんだよね。すごく文くんらしいと思う」



 わ、ワァ……


 正直、ここまで的中されると少し怖い。まさか、憶測だけで真実に辿り着いてしまうなんて……



「だから、今の文くんたちの関係性は恋人というより、なんちゃって恋人……てっところかな? あってる?」



 あ、あってる。



「あってるんだ」



 まるで、今のひよりは俺の表情で心を読んでいるみたいだ。



「……ど、どうしてわかったの?」


「わかるよ……だって」



 ひよりは少し恥ずかしそうに視線を逸らし、こう言った。



「ここ最近ね、わたし……ずっと文くんのこと考えたり、気付いたら文くんのことばかり見てるんだ……」



 え、なにそれ……まるで俺のことが好きみたいなー



「……文くんは流されやすくて押せばなんでも引き受けちゃうから、危なかしいんだもん。心配になっちゃうよ」



 あ、はい……すいません。



「で、でも……だったら、なんでキスなんか」


「今、文くんはわたしだけを見てくれてる。だけど、帰ったらきっと、みーちゃんのことを考えちゃうでしょ? 少なくとも、現状はみーちゃんのことに集中してるんだし」


「そ、それは……」



 そんなことない。とは言い切れない。



「わたしの心にはずっと文くんが居て。わたしはずっと文くんを見てる。けど、文くんは違うよね? 私だけを見ていない。私はそれが許せないんだ…… だからわたしも文くんと同じことをするの。文くんの心にずっと私が居られるように、誰かを支える時もわたしの存在がチラつくように」



 熱のせいか、今のひよりはまともな状態じゃない。不安定さがあるというか……


 ふと、昼休みの一花の言葉を思い出した。



『熱がある時って、心が不安定になって思っていることを言っちゃうんです。誰にも言えないようなことも……ですから文学くん。もし、ひよりちゃんが自身の想いを吐き出してしまった時は全部聞いてあげて欲しいんです。そして、どうかきちんと受け止めてあげて』



 こ、これを受け止める……? 予想の100倍重たいのが来たんだけどっ……!!



「………………………」



 思わず、頭がフリーズしかける。この状況は俺のキャパを軽く超えている。



「……文くん?」



 何も言わない俺を見て、不安げな表情になるひより。



「も、もしかして……怒ってる? ち、違うの……困らせたかったわけじゃなくてっ……そ、そうだよね……いきなりこんなことして……気持ち、悪いよね。うぅ……ごめん、ごめんね。わ、私、文くんに、嫌われるのは……やだ」


「嫌いになんか、ならないよ」



 泣きそうになっているひよりの頬にそっと触れる。熱があるからか、ひよりの頬が熱い。



「前にも言ったと思うけど、俺にとってひよりは特別だから……こんなことで嫌いにはならないよ」



 これは紛れもない本心だ。



「えへへ……そっか、特別……かぁ……」



 まるで力尽きたように、ひよりの体が倒れ込む。



「……すぅ、すぅ、すぅ」



 どうやら、眠ったようだ。


 俺は無心になりながら、起こさないようになんとかひよりを寝かせる。


 なんだか……今日のひよりは熱があるせいかわがままになったり、いきなり泣きそうになったり、情緒が不安定というか……子供みたいだったな。


 視線がひよりの唇を意識してしまう。


 どうしよう。


 いまだに嬉し恥ずかしと困惑の感情がぐちゃくちゃに混ざりあっている。


 しかし、いつまでも狼狽えてはいられない。俺なりに整理しなくては。



 まずは大前提として『ひよりは正気だったか』


 NOだな。


 高熱で思考力も低下しており、ひよりは明らかにまともな状態ではなかった。


 では次に。



『あのキスはひよりの本意だったのか』


 これは……どうなんだろうか。


 …………………………NO、だろう。


 ひよりとは好ましい関係を築けていると思う。


 だが、恋愛的な意味でと訊かれると、やはりNOだ。


 あのキスはひよりの本意ではなく、自分だけを見ていて欲しいという独占欲の暴走によるもの。


以前、月見さんが言っていた。ひよりは自分が誰にも取られたくないものにはものすごい執着心を持つと。


 つまり、なんちゃって彼女が出来たことによって、自分から離れないように、蔑ろにされないようにと思う不安と執着心が今回も出来事を引き起こした。


 俺はそう結論付ける。


 ……さて、本当に帰ろう。もう暗くなってきてるし、そろそろひよりのお母さんも帰ってくるだろう。



「ぶん……がく……ひよりを……置いていかないで……」



 驚いて振り返ったが、ひよりの目は閉じたままだ。夢でも見ているのだろうか。



「ひよりを見捨て……ない……で」


「……大丈夫、そばにいるよ」



 そう言いながらひよりの手を握った。



「……ぁ……えへへ」



 ……もう今日はとことん付き合おう。どんなわがままを言っても構わないと言ったのは俺なんだから。


 さて、ひよりのお母さんが帰ってきたら、どう答えようか。


 そう遠くない未来のことを考えながら、スヤスヤと眠るひよりの寝顔を眺めた。




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