第10話 knightly order
「|coat of arms……」
僕が言った言葉を呟くレイフを横目に、僕は歩を進めた。
「カイ」
「落ち着いたところで少し話したい。ついて来てくれるか」
「まあ……行くあてもないし、別に構わないが」
レミュのいるグレイブにレイフを案内し、扉を開ける。
(サー、お帰りなさいませ)
レミュは僕が戻って来るのを待ち遠しかったのか、飛びつくようにも僕の肩に乗った。
「遅くなったかな、待たせたようだね。『レミュ』」
(サー……わたしの名を……そうですか。ありがとうございます)
僕が名を呼んだ事に、リディアの思いを察したレミュは嬉しそうだった。
寄り添うように僕の頬に頭を寄せるレミュをそっと撫でる。
「レミュ。彼はレイフ・リッジウェイ。帰り道でちょっと囲まれてね、助けてくれたんだ。一緒にいいか?」
(はい、勿論です)
「え……ケット・シー? カイ……お前って……」
「ああ、行くあてがなかった僕をレミュがここに招いてくれたんだよ」
「そう……なんだ。こんな家みたいな場所があるなんてな……しかも中まで本当に家みたいだ……驚いたな」
(レイフ様。サーをお守りくださり、ありがとうございます)
「あ……いや。たまたま通り掛かったから……まあ、カイならどうにか出来ただろうけど。俺が来た時には既に二十体程倒してたしさ」
「だが、レイフがいなかったら危なかったよ」
「そっか。役に立ったようで良かった」
(お二人共、ご無事で良かったです)
「それで……カイ、話ってなんだ」
「ああ、そうだな」
僕たちはテーブルを間に椅子に座る。
「レイフ、僕はアンダーワールドに堕ちた理由を探している。さっきレイフが言ったように仲間に裏切られてこうなっているのなら尚更だ。命を落としても肉体から離れて、こうして残存している理由がそこにあるはずだろ。それに……」
僕の声色が重く落ちた事にレイフは眉を顰めた。
「どうした? カイ」
「あ……うん……親友を探したいんだ。今……何処でどうしているのか分からないが、僕を庇おうとして……おそらく……」
言いながら思い浮かぶ、あの時の状況。
目を開ける事も出来ず、ただ耳に落ちたラドの声が今も頭の中で響く。
『カ……イ……』
その後、気づけば僕はこのアンダーワールドにいた。
アンダーワールドでラドに会う事がないなら、ラドは生きているのかもしれない。
だけど……。
雨で冷えていく僕の体に、覆い被さるようにラドは倒れた。
背中に感じていた冷たさに温かさが混じったんだ。
それはラドの体温を徐々に感じたからじゃない。
あれは……血だ。
ラドから流れる血が、僕の体を温めた……。
ゾッと背筋が凍るような感覚に襲われ、硬直する。
……ラド……っ……!
胸が締め付けられる思いに、声に詰まった。
「おい……カイ、大丈夫か?」
「あ……ああ、すまない」
(サー……)
レイフもレミュも、心配そうに僕を見る。
僕は、大丈夫だと笑みを見せたが、苦笑になっていた事だろう。
レイフは僕の心情を察したようで、理由を聞く事を避けるように自分の話を始めた。
「俺には仲間と呼べる奴はいなかった。皆、力を見せつけたがってたからな……誰がどれだけの敵を倒すかで優越を得る。それが自分の利益に直結するし、それで装備も充実する。装備が充実する事で見た目にもそれが分かるって訳だ。領主に対しての忠誠は金品の上で成り立っているだけさ。その均衡が崩れれば、互いに切り捨てる。薄情なもんだよ」
レイフは深い溜息を漏らすと、傍に置いたポールアックスに目線を向け、こう呟いた。
「何の為に命を賭けてまで戦ってんだろうな……」
悲しげにレイフの目が揺れたが、レイフは直ぐに表情を変えて僕を見ると、穏やかに言葉を続ける。
「カイ。coat of arms……その話、お前と同じ紋章を掲げるって事だろ」
「ああ、そうだ」
「戦う理由は?」
真っ直ぐに向けられるレイフの目を、真っ直ぐに捉えた。その目は互いに真剣だ。
「決まってるだろ……」
リディアとの話の中で、僕は決心した。
『あなたは今、この剣を手にしたいと思う?』
『僕の剣であっても、今の僕には剣を振るう理由がない』
そうは答えても、手にしてきたこの剣には既に理由が込められている。
だからこそ僕は、再び剣を手にする事を決めた。
ただ力を誇示する為に、この剣を振るっていた訳じゃない。
それはレイフも同じ事だろう。
「僕は『k』を無くした『night』に成り下がりたくはない。『knight』の本来の意味を取り戻す為に戦う……それが『knight』の使命だと僕は思っている」
「カイ……」
「だからレイフ……」
僕はレイフへと手を差し出した。
「『knight』に相応しい『仲間』と共に戦いたいんだ」
僕のその言葉に、レイフは迷う事なく僕の手を掴んだ。
「ああ。カイ、俺はお前と心を同じくする。お前と同じcoat of armsを掲げる事をここに誓おう」
「ありがとう、レイフ」
(良かったですね、サー。レディもお喜びになられるでしょう)
「そうだな、レミュ」
「レディ?」
誰なんだと問うようなレイフの表情に、僕は答える。
「僕たちの『主』だよ。先に彼女の話をすればよかったかな……つい話を急いでしまった」
「いや……カイがその人を主だと決めたのなら、それも俺の意思に含まれる。決心は揺るがないよ」
「そっか……それは嬉しいな」
レイフの事をリディアに告げる事はなくても、僕には確信があった。
『必ず探し出してみせる、あなたの『knight』を僕自身と共に。まだここに来ていない、あなたが望む残り六人の『knight』も僕が見つけ出す』
リディアはその言葉に頷いた。僕が見つけると言った、その言葉に。
柩の部屋は、その者が来るまで開けない。イニシャルも浮かばない。
そしてそれは、僕があの邸宅に一番初めに来た理由でもある事だろう。
『|knightly order』
僕が信頼を以て共に歩める……。
『knight』に相応しい仲間を集める、と。




