第9話 coat of arms
「それだけの腕があったら、『ただのナイト』じゃないだろ?」
「力任せにポールアックスを振ってるだけさ。俺が持ってる力なんてそんなもんだよ」
ははっと笑う彼を、僕はじっと見る。
彼は長身で細身の体型だ。力任せとはいえ、あんな安定した振り方……。
しかも、一振りで甲冑全てを倒した。
たった一撃で一気に……だ。
一、二体ならまだしも、構え直さなければ一度の振りでは甲冑に当たるごとに打撃力は落ちていく。だが、彼の一振りの打撃力は最後まで同じ威力だった。
「長柄を自在に扱えるって、力だけでは適わない事だ」
「はは。どうかな。だったらこんなところにいないだろ。それより、あんたの名は?」
「カイ・ウィットフォードだ」
「カイ……ウィットフォード……」
僕の名を呟くレイフは、なにやら考え込んでいる。
「その様子……僕を知っているのか?」
「剣捌きを見た時に、もしやとは思ったが……」
なんだか翳りのある表情に僕は眉を顰める。
「僕に言いづらい事でもあるのか? アンダーワールドに堕ちてまで、隠す事なんかないだろ。構わないから言ってくれないか」
「ああ……うん……そうだな……」
レイフは、僕に目線を合わせると静かに口を開いた。
「カイ……自分でも思わないか? 『knight』であって、名が通る奴はそれだけの功績がある者だけだ。knightの大半は名を覚えられる事も名を残す事もない。数も数だしな。そもそも、俺たちが戦う理由は領主にあるだろ。領地を守る為、増やす為、奪われたものを取り戻す為……まあ理由は他にもあるが、要求を飲ませるには条件を盾に交渉するか、領主によっては力ずくで奪うかって事になっていくだろ」
「ああ……そうだな……」
「だが、力ずくで奪うにもただ殺し合うだけじゃない。要は人質……相手側の攻めや守りの壁を崩すにも、捕虜を使っての条件交渉だ。捕虜は交渉材料なんだから余程の事がない限り、殺す事はないだろ」
レイフの言う事は確かな事だ。実際、そういった中で生きてきた。
「でもな、カイ……あんたのような腕のある者が捕虜になったならそれは妙な話だよ。そんな簡単に落ちるタイプじゃないだろ。それに殺されてるって、もしもあんたが捕虜だったなら領主に見捨てられたか仲間に裏切られたかしか考えられないってところだ。だが、その剣をまだ持ってるって事は領主があんたを見捨てたとは思えない。亡骸と共に剣を柩に入れてくれたって訳だろ。亡骸も丁重に扱ってくれたって事だ。そうなると残る答えは一つだが……」
「僕は裏切られたって事か……それも仲間に」
「まあ……断言は出来ないが、俺にはそう思えるよ」
「……そうか」
「冷静に聞けるって事は、分かっていたって事か?」
「いや……」
リディアはそれを知っていたから、僕にああ言ったのだろうか。
『あなた……誰に殺されたのかしら? そして、何故殺されたのかしら……?』
「大丈夫か? カイ」
僕が考え込んだからだろう、レイフが心配そうに顔を覗き込んだ。
「ああ……なんでもない。平気だ」
「そっか。じゃあ、俺、行くな」
「行くって……何処に……」
レイフも僕がレミュのところに行くように、そういった場所がある……?
いや……だけどレイフは……。
他にもレミュたちとは違った輩がいる事は聞いているが、もしそこに行くとしてもレイフなら信用の可否の判断はついているだろう。
そう思いながら、この場を去り始めるレイフの背中を見送っていたが……。
「レイフ!」
呼び声で足を止めさせた。
「闇を彷徨うただのナイトだって言ってたよな」
「ああ、そうだけど……それが?」
「それでアンダーワールドに堕ちた事を納得出来ているのか?」
「納得も何も……」
レイフが僕へと戻って来る。
「こんなところで他に出来る事なんかないだろ……一つの生き方しかしてこなかったんだから……さ」
寂しげな表情でポールアックスをそっと撫でる。
「レイフ……あんただって、こんなところにいるようなタイプじゃないだろ。自分が何故、死んだのか……覚えているか?」
「覚えているというより、理由なら分かる」
ふっと苦笑を漏らすレイフの目が、悲しげに見えた。
「レイフ……」
「俺は……カイ……」
レイフは、グッとポールアックスを持つ手に力を込めると、ふっと苦笑を漏らして言った。
「さっきあんたに言ったのと逆……俺が裏切ったんだよ」
レイフの告白に僕は驚きはしなかった。
逆と言いながら、『仲間』とは言わなかった。
疑念を持つ事もなかった僕は、レイフにこう答えた。
「違ったんだろ……あんたの思い描いた『knight』とは目的も、その考え方も何もかもが違ったんだ」
「……カイ」
「それは僕も見てきた事だからな、分かるよ。戦場に兵士であるナイトの数は必至だろ。侵略で領主が堕ちたなら、ナイトの処遇も変わる。相手側のナイトとして仕えた方がお互いに都合がいい。領主を守る事で自分の生活も守れるんだからな……言い換えれば、生活の保障があるなら主なんか誰でもいいって事だ。中には戦える場所があるなら何処でもいいと思う奴だっていただろ……」
「……ああ、領主の地位が高ければ高い程に、ね……」
この様子……報酬目的があったとは、やはり思えないな……。
レイフにしたってあれだけの腕前だ。そう易々と殺せる相手じゃないだろう。
レイフは深い溜息をつき、月も星もない空を見上げた。
……同じだな。
レイフのその仕草に、同じ思いを抱えているんだと感じた。
「さっきの話だが、レイフ。この現状に納得していないんだよな?」
「……カイ。納得しようがしまいが、示せるものなんかここにはないだろ」
「あるよ」
「カイ……?」
柩の部屋の扉に浮き彫りになる模様は、それをも示しているんだ。
僕は、レイフの目を真っ直ぐに見ると、彼に告げた。
「『|coat of arms』が、ね……?」




