王国の事情
見ていただきありがとうございます。
ぜひ一話から見てこの子達の変化していく過程を楽しんでいただけたら
うれしいです。
その日、村に珍しい客がやってきた。
鉄蹄の音を響かせ、王国の紋章旗を掲げた騎士たちが数騎。
辺境の村ではめったに見られぬ光景に、村人たちは道端から不安そうに見守った。
「王都からの使者、だと……?」
ディランが眉をひそめると、隣のクラリスが真剣な声で答える。
「ええ。あの旗印は王家直属の親衛隊。何かただならぬ事態があったのは間違いありません」
やがて騎士たちは領主館へと馬を止めた。
館の前に出迎えたのは、領主ライナルトだった。
重厚な扉が開かれ、館の奥で、緊迫した空気の中「王都からの報せ」が伝えられる。
館の広間に集められたのは、ライナルト、ディラン、リリアーネ、そして数名の重臣。
親衛隊の長が深く頭を下げ、重い声で告げた。
「前国王陛下――オルウェン三世が、崩御された」
その場に冷たい沈黙が走った。
リリアーネは息を呑み、ライナルトは胸に手を当てて黙祷を捧げる。
ディランはわずかに目を細めただけで、沈黙を貫いた。
「後継は、第一王子レオニール殿下に。王妃ディアナ様もご健在であられる」
その名に、ディランのまぶたがかすかに動いた。
かつて王都の魔法師団にいた頃、幼きレオニールは彼を慕い、王妃ディアナは孤高な彼を気遣ってくれた。
「……あの方々は」
ディランが低く呟く。
親衛隊長は小さくうなずいた。
「はい。新王となられるレオニール殿下も王妃様も、健やかであられる。……そして――」
言い淀みながらも続ける。
「殿下は即位ののち、“かつての魔法師団の異端”を幾度も口にされていたと聞き及びます」
ライナルトは目を見開き、そして視線をディランへ向けた。
その“異端”が誰であるか、誰の耳にも明らかだった。
「なるほどな」
ディランは短く言い、あとは沈黙した。
だが、ライナルトはその意味を噛み締めながら静かに告げる。
「ディラン殿。これからの世は変わる。いずれ王都があなたを呼ぶ日が来るやもしれん」
その言葉に、ディランは答えず、ただ窓の外に広がる夕空を見上げた。
遠い王都の鐘が、風に乗って響いてくるような気がした。
館の広間で前国王の崩御が告げられたあと、しばし沈黙が続いた。
やがて、親衛隊長が声を低めて付け加える。
「新王陛下となるレオニール殿下は、まだ若く、しかし清廉でございます。……王妃ディアナ様も強く殿下を支えておられる。そして――王女セレナ殿下も」
「王女……?」
ライナルトが眉を上げた。
「はい。セレナ殿下は今や十六におなりで……幼き頃から、ある人物に深く憧れを抱いておられるとか」
その“ある人物”の名を、騎士はあえて口にはしなかった。
しかし、その場にいた者の視線は、自然と一人に集まる。
「……やれやれ、妙なことを吹き込んだものだな」
ディランは苦笑を浮かべ、肩をすくめた。
彼自身も覚えている。
かつて王都の魔法師団にいた頃、稽古場の隅でまだ幼かった王女が、きらきらと目を輝かせながら彼の魔法を見つめていた姿を。
恐れも偏見もなく、ただ純粋な憧れだけを瞳に宿して――。
「王女セレナ様は、かつてより殿下と同じく、ディラン殿を“真の騎士”のように語られていたと聞き及びます。……おそらく、その想いは今も変わってはおられませぬ」
ライナルトは腕を組み、深い皺を刻んだ眉を寄せた。
「王都は今、王位継承という大事の渦中にある。だが……新王家がディラン殿に心を寄せているとなれば、いずれ彼を呼び戻そうとする動きも出てこよう」
「俺はもう、王都に縛られる気はない」
ディランの声音は冷ややかだ。
「俺が守るのは、この村と――縁あってここに生きる者たちだ」
だが、その言葉の裏に、ほんの僅かに揺らぐものをライナルトは見抜いていた。
王子、王妃、そして王女――その三人がかつて彼を慕ったこと。
それは、ディランの孤独な年月の中で、数少ない温かな記憶でもあったのだ。
「……ディラン殿」
ライナルトが静かに告げる。
「いずれ、王都が直接あなたを求めてくる。その時、あなたが選ぶ道が――この辺境だけでなく、王国の行く末さえも左右することになるやもしれん」
館の窓から差し込む夕光が、重苦しい沈黙を照らした。
外では村人たちが遠巻きに、親衛隊の馬列を眺めている。
まだ知らぬ未来が、確かに近づいているのを――誰もが感じていた。
そしてその未来の中には、王女セレナという少女の存在もまた、確かに光を放っていた。
彼女の憧れは、ただの憧れに終わるのか。それとも――。
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