少女の居場所
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朝食を終えると、村のあちこちで一日の作業が始まった。
畑では農夫が鍬を振るい、女たちは洗濯や織物に励み、子どもたちが薪を集めて走り回る。
そんな中、ミュナはリリアーネに連れられ、畑の一角に立っていた。
「まずは草むしりからね。これなら力もいらないし、簡単よ」
「う、うん……」
ミュナはしゃがみこみ、両手で雑草を抜こうとした。
ところが――
「きゃっ!」
根を力いっぱい引いた拍子に、土が跳ねて顔にかかる。
鼻の頭に泥がつき、耳まで汚れてしまった。
「ぷっ……あはははっ!」
セリナが横で腹を抱えて笑い出す。
「ミュナちゃん、顔泥まみれだよ!」
ミュナは耳をしゅんと垂らしてうつむいた。
「ご、ごめんなさい……」
すると、リリアーネがすぐに手拭いを差し出した。
「大丈夫よ、ほら拭いて。最初は誰だって失敗するわ」
「……うん」
泥を拭うミュナの姿を見て、ディランがぽつりと言う。
「むしろ一度でうまくやれる方がおかしい」
「そ、そうかな……」
「ああ。人間は失敗して覚えるものだ」
ディランのぶっきらぼうな言葉に、ミュナの表情が少し和らいだ。
⸻
次に挑んだのは洗濯だった。
川辺に桶を並べ、布を水に浸して叩く。
村の女たちに混じり、ミュナも真似をしてみる。
「こうやって、布を石に打ちつけるの」
リリアーネがやって見せる。
「えいっ!」
ミュナも真似をして力いっぱい布を叩きつけた――が。
ばしゃっ!
水しぶきが盛大に飛び散り、近くのセリナの顔に直撃した。
「ぶはっ! み、ミュナちゃんっ! 顔、顔!」
「ご、ごめんなさいっ!」
ミュナは慌てて布で拭おうとするが、それがまた顔にべちゃりと張り付く。
「ぎゃー! ぬれ雑巾はやめてー!」
セリナがじたばた暴れ、周囲は大爆笑となった。
クラリスは腕を組んでその光景を見ていた。
「……悪気はない。だが、もう少し加減を覚えた方がいいわね」
「は、はい……」
耳を赤くしながら謝るミュナ。
だが、その姿に村の女たちも口々に言った。
「素直でいい子だねぇ」
「かわいいもんだよ」
その言葉に、ミュナの尻尾が小さく揺れた。
⸻
昼時。
次は料理に挑戦することになった。
「はい、じゃがいもを切ってくれる?」
「は、はいっ」
ミュナは包丁を手に取り、真剣な顔でじゃがいもに向き合う。
だが――
「いたっ!」
刃先が指をかすめ、赤い血がにじむ。
「ミュナ!」
リリアーネが駆け寄るより早く、ディランがミュナの手を取った。
低い声で呟き、指先に闇色の光を灯す。
瞬く間に傷がふさがり、血の跡も消える。
「……っ」
ミュナはその大きな手に包まれたまま、息を呑んだ。
「慣れないことに焦るな。ゆっくりでいい」
「……ごめんなさい」
「謝ることじゃない」
短いやり取りに、リリアーネが頬を染めた。
(……なんだか、親子みたい)
セリナはにやにや笑い、クラリスは軽くため息をついた。
「はいはい。色恋沙汰に発展する前に料理を続けましょうか」
「ちょっ、クラリスさん、それ今大事なシーンでしょ!」
「大事な場面を邪魔するのもまた人の役目よ」
「そんな役割あるの!?」
わいわいとしたやりとりに、ミュナの口元にもようやく小さな笑みが浮かんだ。
⸻
その日の終わり、夕暮れの空を見上げながら、ミュナは胸の奥でつぶやいた。
(わたし、失敗ばかり……でも、笑って許してくれる。助けてくれる。ここなら……)
しゅんと垂れていた耳が、少しだけぴんと立った。
その日は昼下がり。
陽光が穏やかに村を照らし、子どもたちの笑い声が響いていた。
ミュナは洗濯を干す手伝いをしていたが、まだ動作がぎこちない。
布をロープに掛けるだけで尻尾がふりふり揺れ、バランスを崩しては転びそうになる。
そんな時――。
「コケコッコーッ!」
甲高い鳴き声が響き、村の鶏小屋から数羽の鶏がばさばさと飛び出してきた。
子どもたちが大騒ぎで追いかける。
「に、逃げたーっ!」
「誰か捕まえてー!」
「きゃっ……!」
鶏がミュナの足元をすり抜け、彼女は尻尾をばたばた振り乱しながら慌てて追いかける。
「ま、待ってーっ!」
しかし鶏は意外に素早く、あちこちへ逃げ回る。
洗濯物の間を駆け抜け、パン生地をこねていた女たちの足元を荒らし、村人たちが悲鳴と笑い声を上げる。
「こらーっ! 今日の卵の親なんだから!」
「ミュナ、あんた捕まえて!」
「わ、わたし!?」
必死に追いかけるが、すばしこい鶏に手が届かない。
だが、次の瞬間――。
ミュナの耳がぴくりと動いた。
小さな羽音、土を蹴る音――。
その位置を正確に捉えたミュナは、一気に飛びかかり――
「と、捕まえた!」
両手に鶏を抱き上げ、尾をぱたぱた揺らす。
その姿に村人たちが歓声を上げた。
「やるじゃないか!」
「獣人の勘ってやつかねぇ!」
頬を赤らめながら鶏を返すミュナ。
失敗続きだった自分が、初めて役に立てた気がした。
⸻
夕方。
今度は子どもたちの遊び場で小さな騒ぎが起こった。
「た、助けてー!」
見上げれば、一本の木に登った子どもが枝にしがみついている。
足を滑らせて登りすぎ、降りられなくなったらしい。
下で母親が必死に呼びかけている。
「どうしよう、落ちたら怪我するわ!」
村人たちが集まるが、木は高く、大人でも登るのは難しそうだ。
その時、ミュナが一歩前に出た。
「わ、わたし、やってみる!」
「えっ、ミュナ!?」
リリアーネが驚く。
だがミュナは耳をぴんと立て、木の幹に飛びついた。
するすると身軽に登り、あっという間に子どものそばへ。
「大丈夫、捕まって」
「う、うん……!」
尻尾でバランスをとりながら、子どもを抱えてゆっくり降りていく。
無事地面に着いた瞬間、母親が泣きながら子どもを抱きしめた。
「ありがとう、ミュナちゃん!」
周囲から拍手が起こり、ミュナの胸が熱くなった。
自分の力で誰かを助けられる――その喜びが、全身を包み込む。
⸻
しかしその夜、さらに大きな騒動が起こった。
畑の方から怒号が響く。
「いのししだーっ! 畑が荒らされてる!」
村人たちが松明を手に駆け出す。
暗闇の中で、巨大な猪が畑を掘り返していた。
牙を剥き、荒々しく唸り声をあげる。
「ひぃっ!」
「だ、誰か追い払え!」
男たちが棒を振るうが、猪は怯まず突進してくる。
大人が跳ね飛ばされ、悲鳴が上がる。
ミュナの体が勝手に動いた。
「待って!」
耳が敵の動きを捉える。
猪の突進の軌道を読み取り、身を翻してかわす。
そしてディランが背後から呪文を唱えた。
「《闇縛》」
黒い影が地面から伸び、猪の脚を絡め取る。
暴れる巨体が土に沈み込み、動きを封じられた。
「今だ、ミュナ!」
ディランの声に応え、ミュナは跳躍した。
敏捷な動きで猪の頭に飛び乗り、目の前にぶら下げていた鈴を鳴らす。
甲高い音に猪が怯み、動きが止まる。
その隙に村人たちが一斉に縄をかけ、猪を引き倒した。
やがて大きな体はぐったりと横たわり、畑に静けさが戻った。
⸻
「す、すげえ……」
「ミュナちゃんが……猪を止めた……」
村人たちの視線が一斉にミュナへと向けられる。
耳をぴんと立てた彼女は、息を荒げながらも立っていた。
「わ、わたし……役に立てた……?」
「もちろんだ!」
農夫が大声で答え、皆が口々に称賛の声を上げる。
リリアーネは誇らしげに笑い、セリナは「やっぱかわいい子はやるときやるね!」と肩を叩く。
クラリスはわずかに口元を緩めて言った。
「ようやく、この村の一員らしくなってきたわね」
その言葉に、ミュナの胸は熱くなり、瞳が潤んだ。
――居場所が、確かにここにある。
猪の騒動が収まった夜。
村は妙な熱気に包まれていた。
捕らえられた巨大な猪は縛られ、すぐに解体の準備に回される。
肉は貴重なご馳走だ。ましてやあの大きさなら、村中の腹を満たすに十分だろう。
「宴だ! 今日は宴にしよう!」
誰かの一声で、村の広場に焚き火が組まれ、次々と木材が積まれていく。
夜空を焦がすように火が燃え盛り、子どもたちは目を輝かせ、大人たちは笑い声をあげる。
つい数時間前まで恐怖に震えていたはずなのに、いまやその空気は一変していた。
香ばしい匂いがあたりに漂い始める。
肉を串に刺し、焚き火で焼かれ、脂がじゅわりと滴る。
香りに誘われ、村人たちは思わず唾を飲み込む。
「こんなに豪勢なご馳走、年に一度あるかどうかだ!」
「いやぁ、ミュナちゃんのおかげだな!」
その名が呼ばれた瞬間、ミュナはびくりと耳を立てた。
焚き火の赤い光に照らされ、彼女は恥ずかしそうに尾を揺らす。
「わ、わたしは……ただ必死で……」
「いやいや、あんたが猪の注意を引かなかったら、何人怪我してたかわからん!」
「間違いなく、あんたのお手柄だよ!」
酒を片手に笑う村人たち。
セリナは豪快に肉をかぶりつきながら叫んだ。
「ミュナ、もうここはあんたの村だよ! 今日からは胸張って居ていいんだ!」
クラリスは口元を隠しながらも、わずかに笑みを漏らした。
「認めざるを得ないわね。……あの動き、ただ者じゃなかったもの」
リリアーネは目を細め、しみじみと呟く。
「……神の導きかしら。あなたが来てくれて、本当によかった」
次々と投げかけられる言葉に、ミュナの胸は熱くなる。
これまで居場所のなかった自分。
売られ、孤独に震え、未来を諦めかけていた自分が――。
今はこうして、笑い合う輪の中にいる。
「……っ」
頬に涙が伝った。
焚き火の光に照らされながら、ミュナは嗚咽をこらえた。
「ありがとう……。みんな……ありがとう……」
その一言に、広場の空気はさらに温かくなる。
子どもたちは「ミュナお姉ちゃん!」と駆け寄り、大人たちは「これからもよろしくな」と肩を叩いた。
やがて、酒と肉と笑い声に混じり、誰かが古い歌を歌い始めた。
農作の豊穣を願う民謡だ。
子どもたちは手を叩き、大人たちは声を合わせる。
セリナが腰に手を当てて立ち上がり、即席で踊りを始める。
「さぁ、飲めや食えや歌えや踊れ! 祝いは今夜だ!」
「わ、わたしも……?」とミュナが戸惑えば、すかさずセリナが腕を引っ張る。
「当たり前でしょ! ほら、耳も尻尾もリズム取ってるじゃん!」
「きゃあっ、ちょ、ちょっと……!」
尻尾をぶんぶん揺らしながら、慣れない踊りを披露するミュナ。
それを見た子どもたちが真似してはしゃぎ、大人たちは笑い転げる。
「いいぞミュナ! かわいいぞ!」
「もっと踊れ!」
照れ隠しに耳を倒しながら、それでもミュナの顔はどこか嬉しそうだった。
やがて夜も更け、村人たちは焚き火の残り火を囲みながら眠りにつく。
笑い声が途絶え、広場は穏やかな静けさに包まれた。
その片隅で、ミュナは一人、星空を仰いでいた。
そこへ足音が近づく。
「……眠れないか」
ディランだった。
彼は静かに隣へ腰を下ろす。
「は、はい……。なんだか、まだ胸がどきどきしてて」
耳を伏せ、尻尾を膝に巻きつけるミュナ。
その姿は、戦いの時の勇敢さとはまるで別人のようにか弱い。
「……みんなが、わたしを受け入れてくれた。こんなこと、今までなかったんです」
「そうか」
ディランは夜空に視線をやる。
星々の瞬きが、彼の横顔を照らす。
「お前は強い。だが……それ以上に、人を思いやる力がある。それが村の心を動かしたんだろう」
「わたしが……?」
「ああ。俺が保証する」
短い言葉だが、確かな重みがあった。
ミュナの胸の奥に、温かな火が灯る。
「……あの、ディランさん」
「ん?」
「もし……わたしが、また迷ってしまったら。……その時は、隣に居てもいいですか?」
その問いに、ディランはわずかに笑みを浮かべた。
「好きにしろ。俺は逃げも隠れもしない」
その答えに、ミュナの尻尾がぱたんと揺れた。
恥ずかしそうに顔を伏せ、それでも心は安堵で満たされる。
「……ありがとうございます」
二人の間に、穏やかな沈黙が流れる。
焚き火の残り火がぱちりと弾け、遠くで梟が鳴いた。
星々は静かに見守っている。
その夜――ミュナは初めて、「未来を信じてもいい」と思えた。
少し長くなってしまいましたが、読んでいただきありがとうございます。
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