新たな仲間
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森を駆け抜ける夜風は冷たく、枝葉がざわめきを奏でる。
その闇の中を、ディランは少女を抱えながら進んでいた。
腕の中のミュナは小さく身を縮め、彼の外套に包まれている。
まだ震えが止まらず、耳も尾もぴんと硬直していた。
彼女にとって、あまりに急激な出来事の連続だったのだ。
「少し揺れる。我慢できるか」
「……だ、だいじょうぶ……」
か細い声が外套の奥から響く。
震えの中に、それでも必死に応えようとする意志があった。
ディランはその様子を確かめ、小さく頷いた。
⸻
だが、背後からは怒声が響いてきた。
「待ちやがれっ! 魔導士め!」
「獲物を奪って逃げられると思うな!」
森を抜け出した盗賊の残党たちが、必死に追いすがってくる。
足音が土を蹴り、枝がへし折れる音が闇を裂いた。
(数は十……いや十五か。まだ残っていたか)
ディランは足を止める。
腕の中のミュナが不安げに見上げる。
「……どうしたの?」
「このままでは追いつかれる。片を付ける」
彼はミュナを近くの木陰に下ろし、外套をかけ直した。
「ここで待て。必ず戻る」
「……こわい……」
「大丈夫だ。お前を二度と一人にはしない」
その言葉に、ミュナの瞳がかすかに見開かれた。
涙がにじむ中、彼女は小さく頷いた。
⸻
ディランは歩み出る。
盗賊たちの影が、松明を掲げて森を照らしながら迫ってきた。
「いたぞ! あの男だ!」
「女を返せ!」
叫びと共に矢が放たれる。
だが、矢は彼の周囲で霧のように掻き消えた。
「なっ……?」
「魔法か!」
ディランは片手を掲げる。
瞬間、森の闇が濃く凝縮し、黒い槍となって放たれた。
――ズドンッ!
槍は一直線に盗賊の一人を貫き、木へと縫い付ける。
悲鳴が響き、仲間たちが動揺する。
「ひ、ひるむな! 数で押せ!」
だが次の瞬間、闇の鎖が地面から伸び、盗賊たちの足を絡め取った。
悲鳴と怒号が入り混じる中、一人、また一人と闇に引きずり込まれていく。
⸻
ミュナは木陰からその光景を見ていた。
恐怖と同時に、胸の奥が熱くなるのを感じていた。
(……あの人……強い……)
自分を助けてくれた人。
今も命懸けで守ってくれている人。
その背中は、彼女にとって救いそのものだった。
⸻
最後の盗賊が闇に呑まれ、森は再び静けさを取り戻した。
ディランは振り返り、木陰へと戻る。
「……もう大丈夫だ」
「ほんと……?」
「ああ。もう誰も来ない」
彼はミュナの小さな手を取り、立ち上がらせた。
その手は冷たく震えていたが、少しずつ力を取り戻しつつあった。
「これから……どうなるの……?」
「俺と一緒に来るか?」
「え……」
ディランの声は穏やかだった。
拒める余地を残しながらも、確かな温もりを含んでいた。
「行くあてがないなら、俺のもとで暮らせ。無理にとは言わない」
「……いく……」
答えは早かった。
涙を浮かべながらも、ミュナははっきりと頷いた。
その瞬間、彼女の胸の中に小さな灯がともった。
⸻
ディランは彼女を抱き上げ、再び歩き出す。
森を抜ければ、村まではそう遠くない。
夜空には満天の星が瞬き、彼らの道を照らしていた。
「ねぇ……」
「なんだ」
「……ありがとう」
その小さな声は、夜風に溶けていった。
ディランは答えず、ただ彼女の頭をそっと撫でた。
夜が明け、村の屋根に朝日が差し込んでいった。
土壁の家々に光が反射し、畑を覆う露がきらめく。
小鳥のさえずりが響く中、ディランは腕の中の少女を抱えたまま、村の門をくぐった。
門番をしていた若者、レオが目を丸くする。
「ディランさん……? お、お帰りなさい! そ、その子は……?」
「……少し事情があってな。行くあてがない。しばらく俺が預かる」
淡々とした声。だがその背後に、どこか護る者としての決意が漂っていた。
レオはしばし口ごもった後、ふっと笑って頷いた。
「ディランさんが連れてきたなら、俺たちが口を出すことじゃないっすね」
⸻
村の広場に入ると、人々が次々と集まってきた。
鍬を持った農夫、洗濯物を干していた女たち、子どもたち。
皆が好奇の目を少女に向ける。
「まぁ……かわいらしい子じゃないの」
「耳と尻尾……獣人か?」
「盗賊に攫われてたのを助けられたらしいぞ」
囁き合う声に、ミュナはおずおずとディランの背に隠れた。
尾がしゅんと垂れ、琥珀色の瞳が不安に揺れる。
その時――
「おはようございます、ディラン様!」
元気な声と共に、リリアーネが駆け寄ってきた。
領主の娘でありながら、村の復興に積極的に関わっている少女だ。
栗色の髪を結び、今日も作業着姿で鍬を担いでいる。
「その子は……?」
「助けた。名はミュナだ」
「ミュナちゃん……」
リリアーネはしゃがみ込み、目線を合わせて微笑んだ。
「怖がらなくて大丈夫よ。ここはもう安全だから」
柔らかい笑顔に、ミュナは少しだけ緊張を解いた。
「……ほんと?」
「ええ。私も、ここで一緒に暮らしてるの。だから大丈夫」
⸻
さらにそこへ、クラリスとセリナも現れた。
クラリスは知的な眼鏡を光らせ、落ち着いた声で言う。
「なるほど、ディラン。あなたらしい拾い物ね。弱き者を見捨てられないのは美徳よ」
「拾い物って……」とリリアーネがむくれる。
一方のセリナは明るく身を乗り出した。
「きゃー、かわいい! 耳、触っていい?」
「ひゃっ……!」
ミュナが慌ててディランの外套に潜り込む。
ディランは小さく咳払いした。
「やめろ。怯えている」
「はーい、わかりましたよ~」
セリナは舌を出し、悪びれず笑った。
掛け合いのやりとりに、ミュナは戸惑いながらも少しずつ安心していった。
彼女の周囲には、温かさが確かにあった。
⸻
その後、村人たちの協力で小さな小屋が整えられた。
ディランの家の隣にある、使われていなかった小屋だ。
掃き清められ、藁が敷かれ、炉に火が入る。
「ここで休むといい」
ディランはミュナを部屋へと導いた。
「……わたし、本当にいていいの……?」
「お前の居場所だ。無理に追い出す者はいない」
「……」
ミュナはしばらく黙っていたが、やがて小さく「ありがとう」と呟いた。
その耳がふるふると揺れ、尻尾がそっと動いた。
⸻
その夜。
村の広場では小さな宴が開かれた。
盗賊退治と新しい仲間の歓迎を兼ねて、農夫たちが酒を持ち寄り、女たちが煮込みを振る舞う。
「ほら、ミュナちゃん。たくさん食べて」
「ありがとう……」
温かいスープを口にした瞬間、ミュナの瞳から涙が零れた。
何日も冷たい水と硬いパンしか与えられなかった。
こんなに温かいものを口にしたのは、久しぶりだった。
「おいしい……」
「そりゃよかった!」
農夫の妻が朗らかに笑う。
ディランはそんなミュナを見守りながら、盃を傾けた。
隣ではリリアーネやセリナがはしゃぎ、クラリスが苦笑しながら見守る。
笑い声が夜空へと昇っていく。
ミュナは心の奥で、小さく呟いた。
(……ここが……わたしの……居場所……?)
その胸に、確かな温もりが広がっていた。
朝の光が差し込む。
ミュナはまだ慣れない藁の寝床で、ぴくりと耳を動かした。
暖炉の残り火がわずかに赤く、窓から射し込む光が毛並みにやわらかく反射する。
「……ふぁぁ……」
小さなあくびと共に、尾がもぞもぞと揺れる。
ここで眠るのも三日目。けれど、胸の奥の不安はまだ消えない。
――本当に、自分がここに居てもいいのだろうか。
そんな迷いを抱えたまま、外に出たミュナを迎えたのは、爽やかな村の空気と――
「おはよう、ミュナちゃん!」
リリアーネの明るい声だった。
彼女はすでに作業着姿で、鍬を担いでいる。
栗色の髪が朝日にきらめき、笑顔は相変わらず快活だ。
「お、おはようございます……」
「うん、元気そうでよかった。今日は畑仕事を少し手伝ってもらおうと思うの」
「わ、わたしにできるでしょうか……」
「大丈夫。失敗しても笑えばいいのよ」
リリアーネが軽くウィンクすると、ミュナは少しだけ緊張を解いた。
⸻
そのやり取りを横から見ていたのはセリナだった。
「おっはよ~! あれ? 今日も耳ぴこぴこしてるじゃない」
「ひゃっ……!」
セリナが手を伸ばすと、ミュナは慌ててディランの背に隠れる。
すでに後ろに立っていたディランは、朝の空気を吸い込みながら苦い顔をした。
「セリナ、やめろ」
「え~、ちょっとくらい触ってもいいでしょ?」
「お前は猫を見つけるとすぐ撫でたがる子どもか」
「いや~、かわいいんだもん」
セリナの悪びれない笑みに、ミュナは小さく首を振った。
「……な、撫でられるのは、まだ……」
「ほらね、断られた」
クラリスが呆れ顔で横から口を挟む。
「あなた、相手が嫌がっていることを強要するなんて、商人以前に人間として失格よ」
「うぐっ。クラリスさん、それは痛い……」
セリナが肩を落とす横で、クラリスはメガネを押し上げ、冷静な声を続ける。
「ミュナ。嫌ならはっきり言っていいの。ここはあなたの意志を尊重してくれる場所だから」
「……うん。ありがとう」
ミュナは小さく笑みを浮かべた。
胸の奥に、ほんの少し温かいものが宿るのを感じる。
⸻
朝食の場。
村の共同かまどで焼かれた黒パンと、野菜のスープが並ぶ。
子どもたちが走り回り、大人たちが笑い合う。
その光景に、ミュナは思わず見入ってしまった。
「どうした」
隣に腰掛けたディランが問う。
「い、いえ……ただ、こういうの、初めてで……」
「初めて?」
「わたしのいた集落では……食べ物は取り合いで、笑いながら食べるなんてなかったから」
その言葉に、リリアーネもセリナも表情を曇らせた。
けれどディランは、淡々とパンをちぎりながら言った。
「なら、これから覚えればいい。ここでは、笑って食っていい」
ミュナはその一言に目を丸くし、そしてゆっくりとパンを口に運んだ。
――噛めば噛むほど、小麦の甘みが広がっていく。
自然と頬が緩み、耳がぴこぴこと揺れた。
「……おいしい」
「そう、それでいい」
ディランの短い言葉に、ミュナの胸の中の霧が、少しずつ晴れていった。
少し長くなってしまいましたが、読んでいただきありがとうございます。
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