不穏な知らせ
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辺境領の小さな村を浄化してから数日後。
ディランは領主館の執務室に呼ばれ、領主ライナルトと向かい合っていた。
「――盗賊団の襲撃だと?」
ディランの問いに、ライナルトは深くうなずいた。
「南の街道沿いで荷馬車を狙う連中だ。二十名ほどの武装集団と報告を受けている。人質を取って籠もっておるらしい」
部屋の隅に控えていた家令のオルフェンスが、羊皮紙の報告書を差し出した。
「商隊の護衛も応戦しましたが、多勢に無勢。現在は近隣の村に避難し、援軍を待っているとのことです」
「ふむ……」ディランは報告に目を通し、心中で算段を立てた。
盗賊団二十名。訓練された兵士ならば手強いが、所詮は野盗。闇魔法で動きを封じれば、大きな被害を出さずに制圧できるだろう。
「私に行かせてもらえますか」
「助かる。正直、兵だけで挑むには不安が大きい。村の治安維持に人を残す必要もあるしな」
ライナルトは重々しくうなずき、すぐさま兵士三名を同行させることを決めた。
兵士の名は――
• ベルンハルト:槍兵、三十代の精悍な男。
• ユルゲン:弓兵、二十代前半で快活な性格。
• カロル:盾兵、無口な大男。
「我ら三名、命を賭して殿下――いえ、ディラン殿にお供します」ベルンハルトが深々と頭を下げた。
「殿じゃない。ただの追放魔法使いだ」ディランは苦笑する。
すると、背後の扉がバタンと開いた。
「わたくしも行きます!」
飛び込んできたのは、領主の娘リリアーネである。
「リリア、話を聞いていたのか」
「はい、お父様。放っておけませんわ! 領民が危険に晒されているのに、領主の娘が黙って見ているだけなんて耐えられません!」
ライナルトは額を押さえ、深いため息をついた。
「また無茶を……」
クラリス――領主の妹であり、領地経営を補佐する才女――もすぐに入ってきた。
「兄上、止めないと。あの子は血気盛んすぎます」
「クラリス叔母様、止めないでください!」リリアーネは顔を赤らめ、まっすぐディランを見た。
「わたくし、役に立ちたいんです! この方のお役に!」
唐突に名指しされ、ディランは思わずむせた。
「お、俺の?」
「ええ! あの井戸を浄化なさった時も、あの時の姿を見て……わたくし、感銘を受けました! ですから!」
クラリスが冷ややかな目を向ける。
「つまり、英雄気取りをしたいだけですね。お転婆娘め」
「ち、違います! 本気です!」
掛け合いの末、結局リリアーネも強引に同行することになった。
ライナルトはしぶしぶ「ディランに任せる」と言い、護衛として侍女マリアも随行することになった。
「まったく……騒がしい旅になりそうだ」ディランは小さく嘆息した。
灰色の雲が垂れ込めた午後、辺境の街道を五台の馬車と十数騎の騎乗がゆっくりと進んでいた。
その先頭を歩くのはディラン、そして槍兵ベルンハルト。
「……この辺りは魔物も多いと聞きますが」ベルンハルトが槍を肩に担ぎながら低く言った。
「盗賊団にとっても棲みにくい土地だ。逆に言えば、わざわざここに根を下ろしたということは、相当腹が据わっている連中だろうな」ディランはそう返す。
後方ではリリアーネが馬上から声を張り上げていた。
「皆さん! 気を引き締めてくださいませ! 領民を守る戦いです!」
横を歩く侍女マリアが苦笑しながら小声で言う。
「お嬢様……それ、兵士さんたちに言うよりもまず、ご自分の落馬に気をつけられた方が……」
「マリア! それは秘密とお約束しましたでしょう!」
兵士ユルゲンが笑いをこらえながら振り返った。
「お嬢様は馬にまだ慣れていらっしゃらないようで」
「慣れていますわ! ただ、少し鞍が合わないだけです!」
「……鞍のせいにするのは初心者あるあるですね」
「ユルゲン!」ベルンハルトが鋭く睨む。「軽口を叩くな!」
しかしディランはむしろ微笑んでいた。
「いいんじゃないか。緊張しすぎるよりは」
無口な盾兵カロルは終始前を向いたまま、一言だけ。
「……笑っている方が、剣も鈍らない」
その言葉に、一行の空気が少し和らいだ。
夕刻、野営の支度をしていると、リリアーネがディランの隣に腰を下ろした。
「……ディラン様」
「ん?」
「わたくし、足手まといになっていませんか?」
問いかけは意外と真剣で、瞳はかすかに揺れていた。
「正直に言えば、戦場ではまだ心許ない。だが――気持ちは本物だろう?」
「もちろんです! 領民を守りたい、その一心です!」
ディランは火にくべた枝がはぜる音を聞きながら、彼女を横目に見た。
「なら、それで十分だ。人を守ろうと思える奴は、戦場に立つ資格がある」
リリアーネの顔がぱっと明るくなる。
「……ありがとうございます!」
その様子を見ていたマリアが、ニヤリと笑った。
「お嬢様、顔が赤いですよ」
「な、なっていません!」
「火のせい、ですか?」
「火のせいです!」
兵士たちが遠巻きにくすくすと笑っていた。
三日目の昼。
森の奥から鳥が一斉に飛び立ち、耳をつんざくような金切り声を上げた。
「止まれ!」ベルンハルトが槍を構える。
木立の影を探ると、荒縄で縛られた荷馬車がちらりと見えた。
その周囲を、粗末な鎧に身を包んだ男たちがうろついている。数は……二十。
「間違いない、盗賊団だ」ユルゲンが弓を構えながら囁く。
「人質も……いますね」カロルが低く唸った。
ディランは視線を凝らし、荷馬車の後ろで縮こまる数名の人影を認めた。
女、子ども、そして血を流した護衛兵。
「……助け出す。できるだけ死人を出さずに」
そう言い切ったディランの声は、冷たく澄んでいた。
木々のざわめきの中、ディランは右手を掲げた。
「――《影縫い》」
足元から広がった影が、不気味に揺れながら地を這う。次の瞬間、盗賊の一人の足を絡め取り、地面に叩きつけた。
「うわっ! な、なんだ!?」
「影だ……影が生きてやがる!」
盗賊たちがざわめく間に、ベルンハルトが槍を突き出し、ユルゲンが矢を放った。
「今だ! 突撃!」
兵士たちが一斉に飛び出す。
カロルの盾が唸りを上げ、盗賊の剣を受け止める。その背後からリリアーネの声が響いた。
「――《ライト・フラッシュ》!」
まばゆい光が森を照らし、盗賊たちの目をくらませる。
「ぐあっ、目が! 見えねぇ!」
「今よ!」
リリアーネの初級光魔法に合わせて、兵士たちが敵を押し込んだ。
ディランはその間も冷静に影を操り、次々と盗賊の武器を絡め取っては地に落とさせた。
「チッ……なめやがって」
荷馬車の影から、ひときわ大柄な男が現れた。
頭目ハルド。鉄片をつなぎ合わせたような鎧をまとい、棍棒を振りかざす。
「こいつらを人質にしてんだ! 近づけば殺すぞ!」
棍棒の先で示された先には、縄で縛られた数人の男女。その中に、若い女性が涙を流していた。
「……やめろ」ディランの声は低く冷ややかだった。
「てめぇに命令される筋合いはねえ!」
ハルドが棍棒を振り下ろす瞬間、影が伸びてその手を絡め取る。
「なっ……!? う、動かねぇ!?」
「動けぬ者に人を傷つける資格はない」
ディランが静かに手を握り込むと、ハルドの全身を影が覆い、棍棒ごと地面に縫い付けた。
人質たちが解かれ、兵士が介抱を始める。
その中から、一人の女性が立ち上がった。
栗色の髪を肩まで垂らし、商人らしい上質な衣をまとっている。
「……あ、あなたが……助けてくださったのですか」
女性はふらつきながらもディランに駆け寄り、彼の手をぎゅっと握った。
「わ、わたくし、セリナ・フロイラインと申します! 命の恩人様! どうか……わたくしをお嫁にしてください!」
「……は?」
ディランが固まる。
背後でリリアーネが真っ赤になって叫んだ。
「な、ななな……何を言っているのですかあなたはぁ!?」
「え、えっと……命の恩人様には、一生をかけて尽くすべきだと母から教わりましたので!」
「そ、それとこれとは別問題ですわ!」
ユルゲンがぼそりと呟く。
「これは……早速ハーレムの兆しかな」
「ユルゲン!」ベルンハルトが肘で小突く。
マリアが口元を押さえて笑いをこらえていた。
「お嬢様、顔が……真っ赤ですよ」
「ち、違います! これは怒りの赤さです!」
クラリスは遅れて現場に駆けつけ、冷ややかな視線を送った。
「まったく……敵より厄介な女難に遭っているようですね、ディラン殿」
「……勘弁してくれ」ディランは額に手を当てた。
盗賊団は全員捕縛され、兵士たちに引き立てられていった。
救出された人質は五名。その中でもセリナは終始ディランに付き従い、離れようとしない。
「お帰りになったら、ぜひ父の商会にお越しくださいませ! 感謝の品をご用意します! それに……わたくし、まだ本気ですから!」
「ま、本気って……」
「お嬢様、危ないです! そんな軽々しく……!」リリアーネが慌てて割り込む。
「わたくしは真剣です! 愛は一瞬で芽生えるものだと存じます!」
「愛とか言いましたわよ!?」
兵士たちの間に、抑えきれない笑いが広がる。
「やめろ、戦場帰りに笑いすぎて気が抜けるだろうが」ベルンハルトが咳払いをしたが、目尻は緩んでいた。
ディランはため息をつきつつ、視線を森の奥に向ける。
「……盗賊は片付いた。だが、これで終わりじゃない。辺境は、もっと大きな嵐を抱えている」
その横顔に、リリアーネとセリナ、そしてクラリスまでもが――
それぞれ異なる想いを抱きながら、じっと見入っていた。
盗賊団を捕らえて数日後、一行は無事に領主館へと戻った。
城門をくぐると、執事のオルフェンスが駆け寄る。
「お帰りなさいませ、ディラン殿。皆さま、ご無事で何より……」
「ただいま戻った」ライナルト領主が答え、捕縛した盗賊を兵士に引き渡した。
ホールに案内されると、すでに豪勢な夕餉が用意されていた。
焼き立ての鹿肉、ハーブを効かせた野菜スープ、辺境では珍しい葡萄酒まで並んでいる。
「おぉ……これは……」ディランは思わずつぶやいた。
「戦勝祝いですよ、ディラン殿」ライナルトが笑う。「あなたのおかげで街道の安全は守られた。遠慮なく食べてくれ」
大広間の食卓を囲むのは、ディラン、ライナルト、クラリス、リリアーネ、そしてセリナ。
侍女マリアが給仕として立ち働いていた。
「さぁさぁ、どうぞこちらを!」
セリナが自ら皿を取り、ディランの前に鹿肉を盛りつける。
「ディラン様には一番大きな部位を!」
「ちょ、ちょっと! 図々しいですわ!」リリアーネが慌てて立ち上がる。
「お父様! わたくしが盛り付けます!」
「いや、別にどちらでも……」ディランが口を開く前に、クラリスが冷静に言い放った。
「男一人に二人の女が肉を取り合うなど、滑稽の極みですね」
「く、クラリス叔母様!?」リリアーネの顔が真っ赤になる。
「わたくしは本気です!」セリナは胸を張る。
兵士ユルゲンとベルンハルトも招かれていたが、二人は視線を逸らして必死に笑いをこらえていた。
「(これは……何という修羅場……)」ユルゲンが小声で呟き、ベルンハルトに肘でつつかれる。
やがて食事が進むと、酒が回り、場は和やかな笑いに包まれた。
だがそれぞれの胸の内には、異なる感情が渦巻いていた。
• リリアーネは「もっと役に立ちたい、もっと隣に立ちたい」という憧れ混じりの想い。
• セリナは「命を救ってくれた恩人と結ばれたい」という直情的な恋慕。
• クラリスは「危うい男に惹かれてはいけない」と理性で抑えながらも、胸の奥に芽生えるざわめきに気づいていた。
そしてディラン自身は、彼女たちの視線を浴びつつも気づかないふりをして、静かにワインを口に運んだ。
「……賑やかなのは、悪くないな」
食後、客間へ戻る廊下で、侍女マリアがディランに声をかけた。
「ディラン様……お嬢様方に、ずいぶんとお慕いされているご様子で」
「……からかわないでくれ」
「ふふ……でも、おかげで館が明るくなりました。お嬢様も、クラリス様も、あんな顔をされるのは久しぶりです」
ディランは一瞬言葉を失い、窓の外の星空を仰いだ。
「……俺はただ、静かに生きたかったはずなんだがな」
だが――静かに生きるはずの辺境の地は、彼にますます喧騒をもたらしていくのだった。
少し長くなってしまいましたが、読んでいただきありがとうございます。
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