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音は奏でられる

ぜひ楽しんでください。

 エルミナの街に再び夜が訪れた。

 戦いを終えた後、街の残骸に淡い灯がともり、ようやく人々が息を吹き返し始めていた。

 だが――その静けさは、嵐の前の“沈黙”に過ぎなかった。


 「……音が、また鳴ってる」

 セリナが耳をすませた。


 確かに、遠くから微かな旋律が響いていた。

 それは風のせいでも、残響でもない。

 血のように重たく、甘く、どこか哀しい――リュシフェルの音だった。


 ディランが杖を握り締める。

 「……まだ終わっていなかったか」


 イリスが青ざめた顔で振り向く。

 「彼は、確かに消えたはず……!」


 「奴の魔法は“音”に魂を宿す術。

  姿を滅ぼしても、旋律が生きていれば蘇る」


 アルノルトが剣を構えた。

 「つまり、まだ“どこかに”核があるのね」


 「そういうことだ」

 ディランの瞳に闇が揺れる。

 「この街そのものが、奴の“楽器”になっている」


 夜空の下、王立音楽院の跡地へと戻る。

 瓦礫の間を吹き抜ける風が、まるで誰かの囁きのように耳をくすぐる。


 イリスが足を止めた。

 「……誰か、呼んでいる?」


 「姫、離れるな」

 アルノルトが手を伸ばすが、その瞬間――


 音が爆ぜた。


 視界が白く染まり、周囲の建物が音符のように崩れ落ちる。

 光の中から、白銀の髪が再び現れた。


 「――第ニ楽章《残響》へ、ようこそ」


 幻奏のリュシフェル。

 だがその姿は以前とは違った。

 仮面の下の頬は割れ、黒い血が流れている。

 それでもその笑みは、どこまでも優雅だった。


 「この音はまだ終わっていない。

  君たちは“前奏”で満足したつもりかい?」


 ディランの声が低く響く。

 「貴様……まだ魂が残っていたのか」


 「魂? いいや、私は“音”だよ。

  音に終わりはない。――まして、君のように美しい闇を見つけたのだから」


 リュシフェルが指先を弾く。

 その瞬間、空気が震え、地面から黒い弦が立ち上がった。

 弦が一本ずつ鳴るたびに、空気が切り裂かれ、光が歪む。


 「姫、下がれ!」

 アルノルトが叫び、イリスを庇う。

 だがその直後、ディランの耳に、異様な“調律音”が走った。


 「……まずい! “王血”を狙っている!」



 リュシフェルの周囲に現れたのは、無数の光の弦。

 それらはまるで生き物のようにうねり、イリスの足元に絡みついた。


 「きゃあっ――!」

 イリスが倒れ込む。

 弦が肌に触れた瞬間、紅の光がほとばしった。


 「やめろっ!」

 ディランが闇の結界を展開するが、弦は結界の内側に潜り込むように侵入する。


 「……ああ、美しい。

  “王の血”――これほど純粋で、これほど儚い旋律があっただろうか」


 リュシフェルの声が甘く響く。

 イリスの身体から、金色の光が弦へと吸い取られていく。

 その光は血の輝きのようで、空中で音符となって散った。


 「やめろ、リュシフェル!」

 ディランが詠唱を放つ。

 「《虚界穿光ディメンション・レイ》――ッ!」


 黒い光線が音の結界を破り、リュシフェルの片腕を吹き飛ばした。

 だが、彼はなお微笑んでいた。


 「……これでいい。音は“完成”した」


 弦が一斉に切れ、イリスが崩れ落ちる。

 彼女の瞳は半ば閉じ、唇が震える。


 「……ごめんなさい……皆さん……」


 「喋るな、イリス!」

 セリナが駆け寄り、彼女を抱きしめる。

 その手に血が滲む。


 リュシフェルは空へと手を伸ばす。

 「この旋律は、次の楽章への“鍵”。

  王血の音は、魔王の眠る深淵へと響く……」


 ディランが杖を振り上げた。

 「――逃がすか!」


 だが、リュシフェルの身体はすでに音の粒となって霧散していた。

 その消滅の瞬間、彼の囁きが残る。


 「また逢おう、闇の調律者ディラン……次は“氷葬”の地で」


 風が吹き抜け、静寂が戻る。

 ディランは跪き、イリスの頬に触れた。


 「……脈はある。だが、血が……“王の印”が奪われた」


 アルノルトが唇を噛む。

 「王血を奪われるとどうなる?」


 「封印が“弱まる”。

  魔族はそれを使って、魔王の復活を早めるつもりだ……」


 沈黙。

 誰もがその意味を理解していた。


 セリナが拳を握る。

 「なら、もう待ってられない。

  あたしたちが――先に動く番だ」


 ディランはゆっくりと立ち上がった。

 その瞳に、決意の闇が宿る。


 「リュシフェル……そして、ザハリエル。

  “八魔将”――絶対に、この手で終わらせる」


 イリスは王都の治療院に運ばれた。

 彼女の命は救われたが、奪われた血の印は戻らない。

 その枷のような呪印が、胸の上に刻まれていた。


 「……私のせいで、封印が……」

 イリスが目を伏せると、ディランは静かに首を振った。


 「違う。お前の血があったから、奴の完全復活を防げた。」


 

「とりあえずはミュナやみんなの所に帰ろうと思う。」

 


 セリナが笑って立ち上がる。

 「あたしも行くよ。みんなに会いたいし」


 「もちろん、私もです」

 イリスが苦しげに微笑んだ。

 「封印を共にした貴方の近くにいるべきです。」


 その言葉に、ディランの目がわずかに和らぐ。


 「……ああ。」


 夜風が窓を叩く。

 遠く北の空に、白い光が瞬いた。

 氷の国から届く、凍てついた祈りのように――。




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