王血会談
物語がまた大きく動くでしょう。
王城ラグランジェの最奥、円形の議場――聖環の間。
歴代の王と賢者の肖像画が並ぶ神聖な空間に、今、三つの国の血筋と英雄が一堂に会していた。
中央の円卓には三国の象徴が刻まれている。
レグナント王国の金竜、バルゼナ王国の蒼い鉱冠、ザルハン王国の砂月。
その三つの紋章を囲むように、王族と代表者たちが席についた。
ディアナ王妃が立ち上がる。
「……これより、《王血会談》を始めます。
ここにいる皆が、この大陸の未来を担う者たち。
闇の再来に抗うため、血と誓いを交わす日です」
彼女の声に、誰もが息を呑む。
その視線の先にいるのは、黒衣の賢者――ディラン。
王妃が軽く頷くと、彼は立ち上がった。
「俺がザルハンで見たもの、そして封印の地で知ったことを話そう」
静寂が訪れた。
円卓の中央の魔導水晶が淡く光り、ディランがその掌をかざす。
――砂嵐、崩れ落ちる神殿、黒き魔方陣。
光の中に映し出されたのは、ザルハンの封印遺跡での光景だった。
「封印は、確かに成功した。しかし、そこにあった“血の紋”が問題だった」
ディランの声が低く響く。
「ザハリエル……あの仮面の魔族は言っていた。“王の血こそ、魔王を呼び戻す鍵”だと」
「王の……血?」
イリス姫が小さく息を呑む。
その横でアルノルトが眉をひそめた。
ディランは頷き、続ける。
「奴らは“王権の系譜”を探している。つまり――各国の王族の血だ。
封印を解く儀式に、三つの国の王家の血が必要だと知った」
「では、我ら三国が狙われるということか……!」
バルゼン四世が拳を握りしめる。
「すでに我が国は紅蓮王イグナドに焼かれ、多くの民を失った。次は他国が――」
「はい」
リィナが静かに言葉を継ぐ。
「ザルハンでは“呪われし血脈”が古文書に記されています。
王の血は天と地を繋ぐ《鍵》であり、同時に闇を開く《扉》でもあると。
魔族はそれを利用しようとしているのです」
議場に重い空気が流れた。
誰もが、すでに避けられぬ戦いの予感を感じ取っていた。
⸻
その沈黙を破ったのは、王妃ディアナだった。
「……ならば、我らはそれを逆に利用すればいいのです」
「逆に?」とセリナが呟く。
ディアナはゆっくりと立ち上がり、中央の水晶に手をかざした。
すると、水晶の奥に古代文字が浮かび上がる。
それは封印術の構文――だが、普通の魔導士には読めない。
「我ら王家の血脈は、闇を封じることもできる。
古より伝わる《王血の盟約》――それこそが魔王封印の真儀」
「……まさか、封印の力が王族の血そのものに宿っていると?」
ディランが目を細める。
「ええ。そしてそれを知る者はもうほとんどいない。
王家の系譜を狙う者たちは、その“封印の鍵”を開くために血を求めているのです」
「つまり、奴らは全ての王族を“生贄”に変えるつもりか……」
アルノルトが歯を噛み締める。
イリス姫は顔を伏せ、小さく震えた。
「だからこそ、今日ここで決めねばならない」
バルゼン四世が低い声で言う。
「三国の王家と英雄が、互いの血を守る盟約を結ぶのだ」
ディアナ王妃が頷き、壇上に立つ。
「“王血の誓い”を――ここに」
⸻
議場の中央に三つの聖杯が並べられる。
それぞれ、金、銀、黒曜石。
ディランが魔法陣を描き、三国の象徴を繋ぐ光の環が浮かび上がった。
ディアナ王妃、バルゼン四世、リィナ王女が、それぞれの指をわずかに切り、聖杯に血を垂らす。
光が眩く瞬く。
空気が震え、古の詩が響く――
> 王の血は光を呼び
> 英雄の影は闇を断つ
> 八の影を越えし時
> 真の王、目覚めん
「……これは……」
ディランが目を見開いた。
水晶に刻まれた文字が変化し、八つの印の一つ――“幻奏リュシフェル”が、淡く脈打った。
「動いた……!」
セリナが叫ぶ。
会場の空気が一瞬で張り詰める。
ディランは立ち上がり、光を凝視した。
「――来るな。もう次の“災厄”が動き出している」
アルノルトが剣を構える。
「場所は?」
「……北東、“エルミナの都”。かつて音楽と学問の国と呼ばれた地だ」
ディランの声に、全員が立ち上がった。
王血の会談は、戦いの宣告へと変わる。
⸻
王妃が静かに言った。
「ならば、我らの盟約は試されるのですね――“幻奏の国”にて」
「……ああ」
ディランは頷き、マントを翻した。
「リュシフェル。
“幻奏”の名を冠する八魔将――奴を止めなければ、音は闇に堕ちる」
円卓の上に残る光が、一筋の旋律のように震えた。
まるで、遠くで誰かが“音”を奏で始めているかのように――。
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